59話
「土属性上級魔法『双翼』」
身体が土の双剣を両の手に握り、襲い来る槍を弾く。
一つではない。二つでもなく。
ラエスタルやバラムと似た、四方八方から放たれる無尽の突き、薙ぎ。
それを、両腕がそれぞれ意志を持っているかのように的確に弾き切る。
百を超え、千に届く攻防に、過去二例との違いを上げるとするならば。
『ハトバシモンってのは嘘だろうマリン!』
『答えろ!』
『何故死んだ』
『何故蘇った』
『何故、ここに来た』
一撃一撃に、そんな感情が込められていることが受けるたびに伝わってくることか。
自覚はある。記憶もある。
そうだとも。今の士門の行動は、エユクルからしてみれば、それまで抑えていた本来の実力を発揮しただけに過ぎない。
マリンが、本気を出したに過ぎないのだ。
これではエユクルに伝えきれない。
一分で良いとカイセルトに告げたのが、戯言になる。
どちらも、させてなるものか。
ならばと士門も手を尽くす。
『俺は鳩羽士門だ』
『マリンの記憶はない』
『身体を使っているに過ぎない』
『彼女は死んだと聞いている』
『答えたくても答えられない』
エユクルが取った手法と同じように、士門もまた受ける『双翼』に気持ちを乗せる。
稚拙どころか出来もしないその技術を可能にするのは、やはり『適応』。
――これではまだ、足りない。
瞬間瞬間の最適を選ぶ『適応』で叶う肉体言語は、エユクルには見破られる。
どこか無機質に近いそれは勘づかれる。
だからこそ、もう一手。
行動に移そうとして、
「――――」
違和感に気づく。
エユクルの攻撃が、速くなっている。
既に三度も攻撃を与えている。どれも『適応』し、膂力の上がったマリンの一撃。どうあっても身体に蓄積しているはず。
加えてこの超高速の攻撃は、確実にエユクルの体力を削っているはずだ。
だというのに、更なる加速。
余力を隠していた雰囲気はない。常時全力だった。
考えられる可能性は――スキル。魔法と並ぶ、もう一つの超常。
「あったまってきた」
高速の攻防の中、士門の耳は確かにその言葉を聞く。
予感が確信に変わる。
『適応』が確信に答えを与えた。
即ち、戦闘時間に応じて身体能力を向上させるスキルと。
変化に、思わず次なる一手を打つ手が鈍る。
訪れるのは、続く打ち合い。
一撃入れんと槍を放つエユクルとそれを双剣で受ける士門との更なる、激流のような停滞だ。
ただ、悪戯に時間だけが過ぎていく――わけではなかった。
受ける突きに、薙ぎに、千の域を超えんと放たれるエユクルの攻撃たちに、ある感情が乗っているのが感じ取れる。
『楽しい』
と。
きっと、マリンとの遊びのような戦いはエユクルにとってやはり楽しいものではあっただろう。
だが、それとは一線を画す楽しさが、今エユクルを満たしているのだと士門は感じ取る。
それは果たして正解であった。
――『斬り結ぶ猛者共』。
エユクルが持つスキルの名は、そんなものだった。
レアリティは四。英雄にさえなれるとされるその力は、しかし使い勝手の悪い代物であることは間違いない。
事実、エユクルが『斬り結ぶ猛者共』を使用したのは、幼少期に三度のみ。それ以降は、一度も使うことなくここまでの時間を過ごしてきた。
理由は単純に、効果が発揮される条件をエユクルが達成できる相手に出会えなかったから。
効果は士門が『適応』に導き出され知ったものとおよそ変わりはない。
戦闘の際、その時間に応じて身体能力を上げるというもの。差異は一つ。
武器でも素手でも何でもいい。敵の持つ得物と、己が持つそれ。その二つを合わせて初めて、戦闘とみなされるということ。
つまるところ、こちらの攻撃が相手の得物によって防御されない、或いはその逆の状況――受け流すことなく回避され続けるか、もしくは攻撃も防御もさせてもらえずに攻撃を受け続ければ、『斬り結ぶ猛者共』はその効果を発揮しないのである。
圧倒的な実力差を前にした時、能動的にも受動的にもスキルを発動できない。それこそがこれまでエユクルがスキルを使っていなかった、否、使えなかった理由に他ならない。
現にマリンとの戦いでは、エユクルが攻撃を仕掛けるが、その悉くをマリンが躱すという、傍から見れば二人によって織りなされる舞のような状況になっていた。
見世物にしか見えない、決して戦いとはいえないものであったことは間違いない。
しかし、今はどうだ。
シモンを名乗るマリンが、回避でなく攻撃で以て、防御で以て、エユクルを追い詰めている。
マリンとの戦いにおいて、一度たりとも発動しなかったスキルが、発動している。
それが今、こんなにも楽しい。
永遠に続いてくれとさえ思う、これ以上ない至福の時間。
『もっとやろうぜマリン』
『マリンじゃないって言ってんだろうが。っていうか一分って時間制限もあるからな!』
『俺とお前の仲だろ!』
『一応初対面なんだよなぁ!』
『悪かったな――シモン!』
防御の最中に生じた、ほんの僅かな隙間。
エユクルは迷いなくそこに槍を突き刺す。
「――――!」
状況に『適応』したマリンの腕が、およそあり得ない挙動でその一撃を止め、一転攻勢に出る。
「んぐっ」
その鋭さと、定石を無視した異常な展開の仕方に、マリンと本当の意味で戦闘をしたことのないエユクルは戸惑いを隠せず、そんな音を漏らす。
やはり手加減されていたのだと思い知らされる、一瞬の攻防。
首が痛むほどに見上げても届かない、天と地ほどもある力の差。
マリンが死んだと聞いた十年前から今の今まで、一度として鍛錬を怠ったことはない。実力は確実についている。レアリティ四のスキルも相まって、今のエユクルであれば王族であっても太刀打ちが出来る。ともすれば勝利することも。
けれど勝てない。
それこそが『魔女』。
故にこそラドルグ帝国の希望。
マリン・モーガンル・ラドルグホープが、マリン・モーガンル・ラドルグホープたる所以。
ああ、悔しい。
悔しくないはずがない。
けれどそれ以上に楽しくて、そして。
それすら超えるほどに――
「――終わらせる」
「あぁ、来いよシモン」




