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5話

 アレーナに息づく五つの種族、『人間族(エンス)』『耳長族(アールヴ)』『小人族(ツヴェルク)』『獣人族(アニマ)』、そして『魔人族(バルドス)』。

 『人間族』は繁殖能力とその者の才能を示すスキル、その強力なものの発現のし易さに、『耳長族』は膨大な魔力量と五つに分けられる魔法の属性全ての使用に、『小人族』は他の追随を許さない製作能力に、『獣人族』は類稀な身体能力にそれぞれ長けていた。


 『魔人族』はと言えば、『獣人族』には及ばないまでも身体能力に優れ、その上で『魔人族』以外には使うことのできない魔法を使うことが出来た。

 その魔法とは、物体に付与し、攻撃の命中した相手を支配できる、というもの。

 命中即ち死を意味する『魔人族』特有の魔法は、事実他四種族にとっても強力な代物であり、特に『魔人族』と敵対している『人間族』からは恐れられていた。


 さて、そんな『魔人族』だが、特有の魔法――『支配属性魔法』――によって、種族内での思想が一つに纏まることとなる。

 弱肉強食、と。

 強い者こそ尊ぶべきであり、弱者は人に非ず。


 そんな思想故に、『魔人族』は総じて傲慢だ。

 協調性など欠片もなく、他人の言うことを聞くなど以ての外。

 そうあるべきと『魔人族』の本能が告げているからだ。圧倒的な力の差を見せつけられない限りは。


 その慣習に例外はなく、たとえ王族であったとしても変わりはない。

 しかし。しかしだ。

 一つだけ。

 例外ではなく、『魔人族』の慣習故に逆らうことを許されず、たった一人を除いて全『魔人族』が等しく弱者とされることがある。


 そう、全てを弱者とする圧倒的強者こそが、ラドルグ帝国皇帝。

 ――ハイレナス・ラドグラーゼ。

 五大国家それぞれに一人ずつ存在する、魔法使いの到達点にして限界点。

 その中でも一、二を争う戦闘能力を持つ『傲り者の魔法使い(リミテッドウィザード)』。


 そんなラドルグ帝国最強にして最高位の存在が待つ玉座の間。

 その扉が、今開かれた。


 現れたのは高貴な衣服を纏った黒髪の青年と、その後ろを歩く銀髪に赤い瞳を宿した美女。

 どちらも見惚れるほどの容姿をたたえ、特に美女の方は、全身を隠すローブの隙間から見える艶めかしい褐色の肌に視線が吸い込まれてしまいそうなほどだ。


 青年の名はカイセルト・ラドグラーゼ。皇帝ハイレナス・ラドグラーゼの子息にしてラドルグ帝国の第五皇子。

 皇帝の命を受け玉座の間に集まった多くの幹部たちが、時間に遅れ、しかし尊大に皇帝までの道を行くカイセルトに、微かに王としての素質を見出す。

 どこまでも洗練されたその立ち居振る舞いが、遅刻と言うマイナスな印象を悉く潰さんとしていた。


 対して、そのあとに付き従うように歩く美女――名をマリン・モーガンル・ラドルグホープへの視線はカイセルトへのそれと比べ、明らかに異なっていた。

 まるでカイセルトの後ろを進んでいることを疎むような視線が突き刺さる。


 ――が、そのほぼすべてをマリン、もとい士門は理解できずにいた。


(人、多すぎだろ……)


 扉越しに伝えられた内容は『皇帝陛下がお呼びでございます』の一言のみ。

 だというのに扉の先へ足を進めてみれば、目を見張るほどの大所帯でのお出迎えだ。

 士門の中では皇帝一人が待っているものだと思っていたので、この光景には面食らった。

 視線をチラリと周囲に向ければ、カイセルトのように高貴な服装に身を包んだ貴族らしき人物がずらりと並び、こちらへ視線を向けている。こんな状況だとは想像していなかった士門は、その視線に孕む感情までもは読み取れはしないが。


 更に付け加えるなら、ここまでの人数に見られていると言う事実が、捨てたはずの羞恥心と男としてのプライドを死者蘇生した。

 カイセルトに言われた通り無表情を貫いてはいるが、内心では今にも悶え死にそうな心境だ。

 今はかろうじてローブで体を隠してはいるが、その実、ローブの下はパンティのみ着用と言う変態っぷり。これを親や友人に知られれば、士門としては死ぬ以外に選択肢がない。


 それでもカイセルトの言うようにし、決してボロを出さないように努めているのは、偏に下手を打って殺されたくはないからだ。

 皇帝にすら秘している儀式とやらの内容が知られ、マリンの中にいるのは実は異世界人の士門だと知られてしまえば、一体何をされるのか想像もつかない。

 少なくともその心配がなくなるまでは、無表情は貫くだろうし、当たり障りのないことしか言わないだろう。


 となれば目下一番の問題は、これから行われるだろうカイセルトと皇帝の会話。

 その会話で得られた情報をもとに、カイセルトの口ぶりからして確定イベントである皇帝との会話をそつがなく終わらせなければならない。

 自然と意識が前を行くカイセルトと、そして両の耳に集中する。


 そうして数十歩の歩みを進め、皇帝が座る玉座への階段――その手前でカイセルトは止まった。

 同調して士門も足を止める。


「――お久しぶりでございます、皇帝陛下」


 カイセルトは士門と話していた時の刺々しい印象を引っ込め、そう告げた。

 皇子であるカイセルトはともかく士門は膝突かなくていいのか、という疑問があったが、そんなことより性格の悪いあの皇子があんな口調を使う事への驚きが勝り、無表情のままほんの僅か目を開く。


 が、どうやらその口調こそが皇帝との会話のデフォルトであるらしい。

 皇帝の方は特にこれと言った驚きも無しに返す。


「息災であったか、我が子カイセルトよ」


「えぇ、勿論でございます。皇帝陛下におかれましても、お元気そうでなにより」


「……して」


「はい」


「随分と遅れたようだが――何か申し開きはあるか? 聞いてやる」


 瞬間。

 カイセルトのそれなど、児戯に等しいと感じてしまうほどに膨大で破壊的な威圧感が、玉座の間を包んだ。

 士門の後ろで、ばたりと誰かが倒れる音が数度した。

 距離の離れていてさえ、人を倒れさせるほどの威圧。


 しかし士門は不思議とその威圧を受けて、特にこれと言った不調がなかった。

 まるで、慣れているかのように。

 どう考えてもそんなはずはなく、士門がこれまでの人生経験で感じた威圧感の中でトップに位置していた課長からのものを軽々と飛び越えて堂々一位、いや殿堂入りを果たすほどだったというのに、一体どういうことなのか。


 そう疑問を浮かべる士門に、カイセルトの声が響く。

 これほどの威圧感を誰よりも近い位置で受けて尚、声色も何もかもを変えずに。


「申し訳ございません。儀式は成功しましたが、その後に苦戦いたしまして」


「ほう?」


「どうやら我らが希望は儀式の影響で記憶を失ってしまったらしく、魔法はおろか魔力の扱いすらままならない状況にあるのです」


「魔力すら使えん、か……。想定にはあったが、しかしそれは最悪に近い場合ではなかったか? 先に言った成功、とは本当に成功と言えるのか?」


「えぇ、それは勿論。ここにいるのは紛れもなくマリン・モーガンル・ラドルグホープ。この国の希望にございます」


「で、あるか」


 皇帝はしばし考えるような間を置いた。


 カイセルトは既に儀式の全容と予想できる結果を皇帝に報告していたらしい。

 その結果のうちの一つとして、記憶を失い、魔力とやらを使えなくなった状態があったようだ。

 つまり、この状況、この説明は、カイセルトが描いた筋書きということになる。


 そこで士門がもの申したいのは、どうして失敗から遠くないケースを設定としたのか、ということだ。

 どう聞いても訝しんでいるようにしか聞こえない声色で押し黙った皇帝を前に、士門はこの先の展開が果たしてカイセルトに読めているのかを心配する。


 何やらラドルグ帝国の希望などと、大層なことを言われたが、聞く限り、それはあくまでもマリン・モーガンル・ラドルグホープであって、異世界人鳩羽士門ではない。

 それが露見した段階で、士門が消される可能性はゼロではないのだ。

 士門が下手を打って露見する可能性は十分に考えられたが、それ以前にカイセルトが皇帝相手に失敗して士門が消されてしまう可能性が出てきたのは、士門にとって最悪の展開だった。


 しかし、今士門に出来ることは話を振られるまで決して喋らないこと、下手なことを言わないこと。

 未だ展開はカイセルトと皇帝の会話中。

 タイミングが訪れるまで、士門はただ立ち尽くし、意識を聴覚のみに集中させるほか無かった。


 ――が。


 幾ら待っても会話は再会されない。

 おかしいと思うまでにそう時間はかからなかった。

 皇帝がそれほど悩むのかと疑問に思い、ふと視線を僅か上にあげる。


 すると。


「……っ!?」


 目の前に、皇帝がいた。

 思わず息を呑む。貫いていた無表情が一瞬崩れた。

 すぐに表情を直しつつ、視線の先を確認する。


 確かに皇帝はいた。

 カイセルト以上に煌びやかな衣服を身に着け、その品位を出で立ちで周囲に顕示している。

 息子と同様の黒い髪は、しかし息子よりも短く切り揃えられ、褐色の肌を晒す。

 額の角も息子同様黒く、血縁を感じさせた。とはいえ、現状確認できている角の色は黒一色なのだが。

 歳は、およそ三十やそこらだろうか。四十には届いていなさそうだ。

 腰には一本の剣。見ただけで素人目にも業物と分かる。


 そして何より目を見張るのが、皇帝であるが故か、圧倒的な存在感。

 士門とは比べ物にならないほどに、存在の格が違う。


 そんな存在が、マリンの体より一回り大きい体で、見下すように青の瞳を赤の瞳に交差させた。

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