52話
魔力を視認できるマリンの身体。
それが捉えたギメリアは、全身から異様な魔力を放出していた。
これまで士門が見てきた人から溢れる魔力は、その者の身体に纏わる、或いは全身を流れるようにしてある。
少なくともこの城にいる実力者たち、例えばバラムの放っていた魔力は淀みなく、それでいて荒々しく。周囲を威圧するように、統制の取れたものだった。
けれど、ギメリアを覆うそれはまるで違う。
個人差と、そう言うには余りにも異質。
淀みがある。統制はない。
まるで魔力が生き物のように、ギメリアの意思から外れるように、蠢いているのが士門には見える。
果たして、この状態を放置していいのか。
いいはずがない。
これをそのままにして、ギメリアに悪影響が出ないはずがない。
「あの、本当に……大丈夫ですか?」
思わず漏れる安否の確認。
それにギメリアは、
「――ふっふっふ、気づいてしまいましたか、シモン様。えぇ、実は大丈夫ではないのですよ」
と、そう言い放つ。
とはいえ、明らかに暗い印象を孕んだものではない。
むしろ、気づかれたことに喜びすら感じている様子。
違和感と、何となく取り越し苦労なのではないかと士門が感じ始めてきたところで。
続く言葉は、果たして士門の予想通りだった。
「今の私は凄まじく調子が良いのですよ。魔力が見えるシモン様には分かってしまったご様子。いえいえ、教えなかった私にも非がありますね」
「……はぁ」
「ご説明した通り、魔力とは魂が生み出す力の余剰。つまるところ、生きるための力そのものです。即ち、調子が良くなれば魔力とはこれこのように生き物のように動くのですよ」
「本当、ですか?」
流れるように飛び出すギメリアの弁舌に、微かな不信感を覚え、士門が再度問う。
しかし返ってくるのは、そのままのテンションの一言。
「えぇ、無論! 私、貴方には嘘言ったことないですよ?」
「……なら、はい。分かりました」
過ったそれは、ギメリアのその態度に綺麗に吹き飛ばされる。
それ以上会話が続くことはなかった。
「…………」
訪れた少しの沈黙。
嘘はないと、彼女は言った。
ならば士門は、信じようと、そう思う。
決意する、次の瞬間。
沈黙はカイセルトでも、ギメリアでも、士門でもない者によって破られた。
「っ! あれだ! 第五皇子、カイセルト・ラドグラーゼだ! 殺せ、殺せ! 逃がすな! 必ずその首手に入れろ!」
「『反乱軍』か。しかし無駄に張った声だ。王族も集まるぞ」
これまで士門たちが一方的に遠目に見ることはあっても、決して発見されることはなかった。
が、それが今この時を以て崩される。
周囲の人間に知らせるような大きな声は、当然のように人をこの場に集結させる。
それが『反乱軍』だけであるならば、まだマシだった。
だが、カイセルトたちを狙うのは、『反乱軍』だけではない。
「――カイセルト殿下。その身、我らが捕らえましょう」
「はっ、これはこれは。第一皇子バラムの給仕が揃い踏みとは壮観だな」
「その賞賛は有難く。……『魔女』よ、覚悟しろ」
「…………」
「四肢をもいででも皇帝陛下の前に連れて行く」
今ここに、城から逃げんと動くカイセルト達。
それを捕らえることを目的とした王族関係者。
そして殺すことを目的とした『反乱軍』。
その全てが、一堂に会す。
士門達は走り続けたまま。
後ろには、更に集まる追手の群れ。
逃げ三人、鬼数百。
戦力差は覆せないと思えるほどに絶望的な鬼ごっこが、始まることとなる。
――ただし。一つだけ、始まる前に訂正をしておこう。
鬼から逃げるたった三人は、戦闘に長ける『魔人族』の中にあって尚、抜きん出た三人であるということを。
「…………」
「捕らえろ」
「殺せ!」
動き出しは、三方同時。
追手が最後尾である士門に向けて駆け出し、一列に並ぶ三人の先頭を走っていたカイセルトはその立場をギメリアに譲り士門の元まで下がる。
そして士門の肩に手を置き、
「っ!?」
驚く士門に一瞥をくれて行動を迫る。
一瞬の逡巡。
しかし後ろには数瞬後にはこちらへ到達する距離にいる給仕たちの姿が。
決断は即座に行われる。
「失礼しますっ!」
「うおっとと……シモン様? 突然大胆ですね」
「言ってる場合ですかね!?」
前を走るギメリアを抱きかかえ、出来得るだけの速度で全力疾走。カイセルトがその速度に合わせて並走する。
『魔女』と、そう呼んでいいものかと思うほどの加速が、給仕たちと士門との距離を一歩で百メートルは離す。
そのまま二歩、三歩。
そして、四歩目を踏み切ったタイミングで、
「今だ」
「氷属性上級魔法『大氷結』」
今しがたカイセルトに伝えられた魔法を発動させる。
その効果は、周囲の水分の凍結。
空気中に存在するそれを一瞬にして凍り付かせ、出来上がるのは巨大な氷の壁。
――『足止めをする。壁を作れ。足を止めれば起こるのは奴ら同士の殺し合いだ』
厚さはおよそ二百メートルを超え、高さに至っては四百メートルに届くほど。
それが突然目の前に、しかも横幅五百メートル以上に渡って聳え立てば、自然足は止まる。




