49話 ※別視点
『巣霧』が晴れたのは、カイセルト達の離脱より数分の後。
『魔女』の魔力で発動されたその魔法の威力は、中級魔法の域を軽く超え、視界はおろか魔力を追跡することすら不可能となっていた。
動くことすら躊躇するほどの濃霧を前に、サヴァ―リとグルヴァが取った行動は、
「…………」
「行った、か。まんまと逃げられた」
霧が晴れるまでの待機であった。
あの魔法を発動された時点で、サヴァ―リたちがカイセルトを追いかけることは不可能だった。
諦めを含んだグルヴァの声に、サヴァ―リは怒りを消し去り、表情のない顔をそちらへ向ける。
土に汚れ、額と鼻から出血。
得物である異様な長剣は無事であるが、それを使うグルヴァに少なくない疲労が見られた。
「ったく……信じがたい強さしやがって、『魔女』が。あそこまで手も足も出ねぇとは思わなかったぜ」
「呑気なものですね」
「あ? そっくりそのまま返すぜ、王族給仕。追わねぇのか」
「それが出来ないと、分からないのですか?」
冷たく突き放すようにサヴァ―リが言えば、グルヴァもまた視線を鋭くして答える。
「無論分かってるさ。俺が言ってるのはそれもあるが……俺を殺さねぇのかってことよ」
状態を確認し、余力を測った。
サヴァ―リの行ったそれらは、グルヴァに見透かされていた。
まるで、あれだけ見られれば誰でも気づくと言わんばかりに呆れを顔に出しながら、『反乱軍』を率いる男は続ける。
「俺が仮にてめぇの立場ならそうするぜ。何故しない」
「…………」
「答えられない、か。なら話は単純になるな」
覚束ない、とは言わないまでも確かな疲労を蓄積させた身体を動かし、サヴァ―リに刃を向けた。
「ここにいるのは『反乱軍』と王族関係者。なら殺し合うのが普通だろうが」
それは謂わば、『反乱軍』を背負う者としての矜持。
王族に、皇帝に背くと決めた者たちの意志を宿す、確かなもの。
ここで死のうが、生き延びてどこかで死のうが、結局は同じこと。
故に選ぶ闘争。掴み取らんとするは、『魔人族』の自由。
覚悟は決まっている。
全ては、生まれたあの日に母の腹に捨ててきた。
その上で、そこから培った全てを、つい先日放棄した。
――だからこそ、目の前の少女の行動が、グルヴァには理解できなかった。
笑っている。愉快そうに、笑っている。
「何を、笑う。貴様らにとって『反乱軍』は、笑うに値する者達だと、そう言いたいのか」
「……失礼いたしました。先程の貴方の言葉、少々的を外れていたものですから」
「何?」
「仮に貴方が私の立場なら、貴方を殺す、でしたか。いえ、いえ」
サヴァ―リは無造作に一歩を踏み出す。
向けられた剣を器用に避けて、グルヴァのもとへ。
「てめぇ、何のつもりだ」
「私は貴方を殺しません」
「……あ?」
思わず眉を顰めるグルヴァ。
それを待っていたと言わんばかりに、サヴァ―リは言葉を紡ぐ。
手を伸ばし。
主に命じられた通りに。
「我が主は貴方をお待ちしております、『反乱軍』長、グルヴァ様」
「待っている、だと?」
「――この国を、救いたくはありませんか?」
それは、悪魔の囁き。




