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4話

「……分かった」


 その声に、カイセルトは心底嫌そうな顔を浮かべた。

 そんな顔をする印象を持っていなかった士門は思わず言葉を止め、目を丸くしてその表情を見つめた。

 まさかカイセルトに苦手とするような人物がいるとは。傍若無人にして傲岸不遜な皇子様もやはり人間と言うことだろうか。


 士門のその思考を察したのか、見つめる瞳を見返して、カイセルトは言う。


「貴様にとっても苦手な相手のはずだ……いや、奴を好く者はこの世にいないか」


「その発言はまずいんじゃ……」


 皇帝を奴呼ばわりするのは流石に不敬が過ぎることくらい、その文化に慣れ親しんでいない士門でも分かる。

 だが、カイセルトは士門の忠告を聞き入れることなく、というか聞き流して続ける。


「準備しろ。奴は気が長くない。待たせれば待たせるだけ機嫌を損ねることになる」


「いや、準備って言われても、服ないんですけど……」


「クローゼットを漁れ。ここはマリンの部屋だ。サイズの合う衣服の一つや二つあるはずだ」


「は、はい……」


 とりあえず周囲を見回してクローゼットを探す。

 ひたひたと音を立てながら素足で石の床を歩き、見つけたクローゼットを開けるとすぐに中に入っている服の一つを取り出す。


 が。


「な、なんだこれ……どうやって着るんだ……」


 見たことも無い、というよりは触れる機会がなかった女性ものの服文化を前に、男鳩羽士門は為す術がなかった。

 どこから手を付ければいいのかまるで分からないそれを理解しようと奮闘するも、着るという工程に入れない。


 もたついていると、それを察知したカイセルトが、


「ちっ、何をしている! 下だけでいい、下着を穿け」


「上は!?」


「中に全身を纏えるローブがあるだろう! それを羽織れ」


「羞恥心で死にそうですが!」


「全裸で向かうより幾分マシだ。その程度の羞恥心は今のうちに捨てておけ!」


 その、こちらの事情を一つも考えない暴論に抗議したくなるが、今士門がもたついて待たせているのはあのカイセルトをして、好く人間はこの世にいないと言わしめた皇帝だ。

 これ以上待たせて機嫌を損ねるのは、士門の身の安全を考慮すれば回避したい。正直カイセルトの立場はどうでもいいのだが。


 こみ上げる羞恥心を捨て、ついでに男としての尊厳も捨てて、士門は女性用の下着を穿く。

 この体の元の持ち主、マリン・モーガンル・ラドルグホープの感覚だろうか。妙にフィットする心地よい感覚が士門の股間辺りを覆った。


 その男を捨てた感覚に若干涙目になりながら、クローゼットからカイセルトの言っていた通り全身を纏えるローブを取り出し、出来る限り胸部装甲が見えないように気を付けて羽織る。

 が、メロン二つを隠しきれずに不自然に胸の辺りが膨らんだシルエットになってしまう。


「…………」


「羞恥心は捨てろと言ったはずだ。向かうぞ」


「え? って、うひゃぁ!」


 不意にカイセルトに抱きかかえられる。

 咄嗟に出た声が女性の悲鳴だったことに赤面し、そして今の士門の体勢がお姫様抱っこのそれであることに気づいてまた赤面する。


 しかし、いつまでもこの調子ではいけないと持ち直して、とりあえず胸を押さえるように手を置き、いつでも行けるように唇を結んだ。


「はっ、覚悟は出来たようだな」


 そう言うと同時、扉が独りでに開かれる。

 それに驚いたのも束の間。


 視界が一瞬で切り替わった。

 薄暗いマリンの部屋から、仄かな光源が照らす階段を駆け抜け、そして外へ。

 城の北部に位置する吹き抜けまで一直線に走り切り、現在空中を滑空中。


 凄まじい速度と余りにも非現実的な光景に目を回す士門。

 しかしその耳を、カイセルトの声が打った。


「貴様はこれよりマリン・モーガンル・ラドルグホープを名乗れ。これは命令だ。貴様がマリンの肉体を使っていることは貴様と俺のみの秘密だ、口外は許さん」


「は、はい」


「不服そうだな」


 そう言われ、士門は内心でそりゃそうだと悪態をつく。

 突然カイセルトと士門しか知らない秘密だと言われても、こちらとしては困るだけ。

 しかも間違いなく士門が中に入っているマリン・モーガンル・ラドルグホープの初お披露目が今向かっている場所だ。

 せめて、どういう設定なのかをしっかりと共有してほしい。そうしなければ合わせるものも合わせられずに露見してしまう。


 そういう抗議の意味を込めた瞳は、しかし鼻で笑われかき消される。


「先に奴と話すのは俺だ。貴様はそれを聞いて悟るがいい。なに、情報は十分にくれてやる」


「…………」


「さて、次だが」


 更なる抗議の視線、意味を為さず。


「奴を前に、下手なことを言うな。あれで異様なほど勘が鋭い。小さな綻びはすぐに見抜かれるだろう」


「……どうしろと?」


「当たり障りのないことだけを言っていろ。或いは黙れ、無表情でな。最悪、俺が割って入る。どうせ壊れようと大した痛手ではない関係だ。惜しくはない」


「…………そう、ですか」


「はっ、その異世界人としての価値観は捨てるんだな。糞の役にも立たないぞ。あぁ、そうだ。マリンの口調だがな、それでいい」


「分かりました」


「――到着だ。気を引き締めろ。恐らくだが、知らされた時点で既に随分と遅刻している」


「ん? はぁ!?」


 突然の爆弾発言に、カイセルトに呆れていた士門が我を取り戻してそう叫んだ。

 が、カイセルトは聞こえているはずだというのに意に介さず、唇の前に人差し指を持っていき、


「俺はそう言う立場にあるということだ。行くぞ」


 そうして皇帝の待つ玉座の間への扉が、開かれた。

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