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48話

「――この女は貰っていく」


 突如として目の前に現れ、ナイフを止めたローブを羽織った男に、士門は目を奪われていた。


 声に聞き覚えがある。

 次の瞬間には士門の後ろに現れた二人目には、今日見覚えがある。

 思わず口にしたのは、男の名前。


「カイセルト、様……」


「探したぞ凡骨」


「邪魔を……!」


「邪魔だと? どうやら皇帝の言を聞いていなかったと見える。貴様が捕らえるべき賊は、ここにもいるぞ」


 そう言いながらナイフを止めていた双剣を巧みに動かし、サヴァ―リを後ろへ弾くカイセルト。

 現れた第五皇子を前に、強引に攻めることはなくサヴァ―リも抵抗せずに後退を受け入れた。


「最優先すべきはマリン様との御命令が出ておりますので、申し訳ありませんがカイセルト殿下。そこを退いてはいただけませんか?」


「断る。何故俺が貴様の命を聞かねばならん。そも、俺は言ったはずだぞ。この女は貰っていく、と。他は知らんがな」


「そうでございますか」


「ちょっとちょっと! カイセルト様、それだと私はどうでもいいことになってしまうのですが!?」


「その通りだ。おいサヴァ―リ、この女はくれてやる。退け」


 一瞥もくれずにカイセルトは士門のさらに後ろにいるギメリアを指さして、無慈悲にいらないと告げる。

 それに当然のように反抗したギメリアだったが、軽くカイセルトにいなされる結果に。


 見知った二人、そう、たった二人ではあるけれど、士門の知る人間が敵意を持たずに駆けつけてくれた。

 そう理解すると同時に、これまであった邪悪な蠢きが沈静化されたような、胸の中の何かが小さくなるような、そんな感覚を覚えた。

 敵ではない存在の大切さが、今の士門には染み入る。


「おい凡骨」


「っ、は、はい」


「何をしている。さっさとその傷を治療しろ。それすら出来ないようならここで貴様を捨てることも考えねばならんな」


「……はいはい、分かりました。生命属性初級魔法『栄癒(ヒーリング)』」


 マリンの知識から持ってきた魔法で、己が肩に受けたそれなりに深い傷を治療しにかかる。

 初級魔法、つまりは一般人でも行使可能な難易度の魔法ではあるものの、使い手が『魔女』であるが故か、そうとは思えない出力で傷を治し、数秒後に完了させる。

 違和感も無し。完璧に治ったと言っていい。


 これで形勢は傾いた。

 いや、恐らくはカイセルトとギメリアだけでも十分グルヴァとサヴァ―リを圧倒出来るのだろうが、その天秤に士門と言う重しが乗ることでさらに傾きを大きくした。

 それはサヴァ―リも、カイセルトも承知のはず。


 だというのに、カイセルトが取ったのは時間稼ぎとしか思えない対話であった。


「貴様の主、マガセルの目的も、思惑も理解している。問うぞ、サヴァ―リ。果たしてこの女はそこに必ずしも要る存在か?」


「私が判断することではありません。マガセル様が願うのなら、それを叶えるのが私の役目でございます」


「……ふん、つまらん矜持だな」


 士門といた時とは、まるで別人。

 それこそ暗殺者のような、或いは冷酷な殺人鬼のような。

 暗い藍の双眸は、意思すら失ったかの如く色彩を欠いていた。

 ともすれば、これこそがサヴァ―リの本性だったのではと士門は思ってしまう。

 可愛らしい語尾に羞恥心を顕わにした少女も、些細なことに達成感を覚えていた給仕も、偽りだったのかもしれない。


 今度こそ、それは確証となる。

 士門の目を欺き、その本性を隠し通した目の前の暗殺者は、敵であったと。


 そんな少女を前に、カイセルトは発言通りつまらなそうに鼻を鳴らす。


「マリンの捕獲を最優先とする。仮にそれが仕える主から貴様への命令だとするのなら」


 嗚呼、と士門は察する。

 声色、カイセルトの背中から感じるこの雰囲気。

 続く言葉は、容易に想像できた。


「――随分と主からの信頼が薄いようだな、給仕サヴァ―リよ。給仕服なんぞを着ているその姿が滑稽でならんぞ。それこそ兎の耳でもつけるといい、獣風情が」


「…………」


 思わず士門は目を細める。

 煽り性能が高いことは重々承知していたことだが、いくらなんでもここまでとは思わなんだ。

 明らかにオーバーキル。低く見積もって死体蹴りはしているレベル。


 刃のようなその言葉を一身に向けられたサヴァ―リは言えば。


「……殺す」


 当然のように殺気を迸らせ、ナイフを握る力を強める。

 士門の耳には、金属で出来ているはずの柄がミシミシと悲鳴を上げていることが確認できた。

 怒りに染まった少女の目は、虚空から憤怒に彩りを変え、カイセルトを見据える。

 もはや暗殺者ではなく、復讐を誓う一体の鬼のよう。


「やはり獣か。怒り如き、律して当然のものを御せんとは」


「『魔女』の前に貴様を殺す、カイセルト・ラドグラーゼ」


 開戦の気配。


 それを感じ取ったのは士門だけではない。

 士門の背後のギメリアもまた同じ。


 前にはカイセルトがいる。

 謎の違和感と言う不安要素は拭えないが、もう一度『適応』しようと――


 ――否。

 二人だけでも、なかった。

 士門へ本能での一閃を放った男が。

 『反乱軍』を率いるグルヴァもまた、その気配を感じ取る。

 気絶に近い位置にあった意識が、それをきっかけに急激に覚醒する。

 瞬間、戻り出す身体の感覚。片手に愛剣。五体満足。脳に幾らかの痛み。

 状況を確認し、痛む頭が弾き出した第一声。


「『魔女』は……」


「チッ、限界か」


 即座にグルヴァの覚醒を感じ取ったカイセルトが、忌々し気に舌を打ち、士門の隣まで一歩で後退する。

 そして、グルヴァが完全に状況を呑み込み、こちらへ仕掛けてくる前に血濡れた士門の肩に手を置き、


『撤退する。奴らの目を眩ます魔法を使え』


「!? ……!?」


 突然頭に流れ出したカイセルトの声に、士門は見事な二度見をかます。

 ここが異世界であることを加味すれば、十中八九魔法であるが、士門の知る魔法のイメージとかけ離れていたがためにそんな反応に。


 カイセルトは士門のそれに煩わしそうに僅かばかり目を細めて、再度口に発することなく士門に声を伝える。


『いいからやれ』


 脳内に直接響くかのような感覚は経験したことのない不思議なものだが、響いたのがカイセルトの不機嫌な声色でのそんな言葉であったために、士門は迅速に実行に移す。


「水属性中級魔法『巣霧(ミスト)』」


 魔法を発動させれば、士門を起点としておよそ半径五十メートルまでを隠す濃い霧が発生する。

 視界は働きこそすれ、目的を果たすことはなく動き続けることとなる。


 しかし術者であるためか、魔力が見えるためか、それとも自動的に『適応』しているのか。

 士門がカイセルトとギメリア、そしてサヴァ―リ、グルヴァを見失うことはない。


「…………」


 カイセルトは撤退と言っていたが、一撃くらい喰らわせてからそうするかと、微かに欲が出たところで、それは止められる。


『撤退と言ったのが聞こえなかったのか愚図が』


「…………」


 未だ肩に置かれたままだった手から伝達されるカイセルトの言葉に、士門は無言で欲を引っ込めた。

 先程戦闘経験が足りないことを実感したばかりだというのに、それが士門より豊富なカイセルトの判断を裏切りそうになったことに、素直に反省する。


 それを感じ取ったカイセルトは、呆れを含んだ視線を士門に向けながら、


『ついて来い』


 そう言って動き出したカイセルトに、間髪入れずにギメリアが続く。

 士門は微かに遅ればせながら、その後を追うのだった。

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