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45話

 ハイレナスが細めた目を見開く。

 驚きと、困惑と、その上で確かな怒り。

 刹那の停滞を生んだカイセルトの発言を即座に呑み込み、その上で感情を最後の一つに収束させたのはさすがは皇帝といったところだろうか。


 が、遅い。

 悲しくなるほどに、カイセルトにとってハイレナスのその対応は想定内。

 驚きが生まれることも、最終的に怒りを孕むことも。

 一瞬であれど、動きを止めることも。

 何もかもが、想定内。


「その程度なのだ、ハイレナス・ラドグラーゼ」


「――っ!」


 腰に携えていた双剣を抜き放ち、殺意すら感じさせずに左右から薙ぎ払う。

 まさに不意の一撃。

 完璧に決まる、はずだった斬撃。


「チッ」


 それを、ハイレナスは腰に差していた剣で反射的に受け止めた。

 これ以上ないほどの暗殺は、しかして成功することなく終わりを告げる。


 人の限界たる反射神経が、身体能力が、何より皇帝として、最強としての誇りが身体を動かしていた。

 仮にハイレナスが皇帝でなければ、防ぐことのできないものであったことは間違いない。

 だが、ハイレナス・ラドグラーゼはそれだった。ラドルグ帝国を統べる皇帝であった。


 この一瞬の攻防。カイセルトの敗因があったとすれば、そもそも挑んだこと。

 皇帝たる己に、刃を向けんとしたこと。

 それが、唯一にして絶対の敗因だ。


「貴様の負けだな、カイセルト」


「……はっ。だ、そうだ。どう思う、ギメリア」


 刃を交えたまま、カイセルトは意識を微かに後ろへ向け、その方向に立つ付き人に問う。

 返ってきたのは、


「えぇ、全く――見当外れですね! 『魔炎霊融(レイジングブレイズ)』!」


 巨大な炎塊。

 襲い来るそれに、回避は不可能と判断したハイレナスは、ギメリアと連動して離脱したカイセルトのおかげで空いた己の剣に支配属性魔法を纏わせ迎え撃つ。


 構えなどない、ただ無造作な一閃。

 が、それはハイレナスが振るうが故に、最強の一閃となり得る。


 炎塊と剣が交わった瞬間迸るのは強烈な衝撃波。

 かたや炎、かたや剣。だというのに、まるで物体同士が衝突したかのように音を立て、拮抗する。

 圧しているのはギメリアの作った炎塊、に見えるが、その実ハイレナスが余裕をもって対処に臨んでいるだけ。

 前へ前へと進む炎塊の勢いに逆らわず、歩いてきた距離を無にされた――つまりは玉座まで戻ったところで、呆気なくそれは斬り捨てられる。

 二つに割れた炎塊は玉座の左右を焼き、壁に穴を空ける。


「…………」


 微かな違和感。

 ハイレナスの知識にも『魔炎霊融』という魔法はある。

 火属性轟級魔法。分類としては絶級魔法に届かぬ魔法。

 しかし、斬った際の感触は轟級とはまるで違う。絶級のようであり、けれど絶級のそれではない。


 その答えは、果たして術者にあった。

 カイセルトの付き人、ギメリアの頬に伝う一筋の汗。

 肩で息をしており、どうやら顔色も悪い様子。


 と、ハイレナスは感触の違いの原因を知る。


「『過剰魔法』……なるほど、捨て身か。そこまでして我が首を欲するか?」


 自らの命を削り、魔力を生み出す邪法。

 禁断とはされていないものの、使う者など、それこそ絶級魔法を使う者よりも少ないほどに危険視される魔力運用法。


 見破られたことへの焦りか、カイセルトが一瞬視線をギメリアにやる。


「……ギメリア」


「何なりと」


「貰い受けた命、ここで使うぞ」


「えぇ……勿論ですとも!」


 瞬間、ギメリアの身体から異常な量の魔力が吹き出す。


「ほう。無駄と分かって尚使うか。カイセルト、唯一の付き人に対し無慈悲であるな」


「無駄? 無駄と言ったか、ハイレナス・ラドグラーゼ」


「無論だ。先の一撃、そうでなくして何とする」


「――過剰風属性轟級魔法『旋風廻砲(ストームロア)』!」


 現れたるは、渦巻く気流そのもの。この玉座の間に収まるように凝縮された、本来であれば巨大な嵐。

 それが、ハイレナスに向け放たれる。


「学ぶことを知らぬか」


 準備するだけの時間があるために剣を構え、再度支配属性魔法を纏わせるハイレナス。

 魔法を目前まで引きつけ、その膨大にして圧縮された自然の暴力を捻じ伏せようと剣を振るわんとした、その刹那。

 確かにカイセルトの声を聞いた。


「――先の一撃は、開戦の狼煙だ」


 その言葉にハイレナスが微かに目を細め、その真意を探ろうとした瞬間。

 後方より飛来した何かによって、身体を吹き飛ばされる。


「やはり、その程度だ。ハイレナス・ラドグラーゼ」


「……ひとまず、難所は突破……ですか、ね」


 二度の『過剰魔法』に身体が悲鳴を上げたギメリアは、それを無視してカイセルトにそう言った。

 しかしカイセルトは、ハイレナスが吹き飛び、激突した玉座の間の壁を見上げ、


「チッ、いや」


 大きく舌打ちをした。

 完全に一部始終を捉えていたわけではないが、それでも断片的な視覚情報と本能で悟る。

 遅れてこそいたが、間一髪、致命傷になり損なう程度にハイレナスが防御したことを。


「あれを受けて尚死なないか」


 不意討つところまでは完璧と言っていい。

 カイセルトの攻撃を不意討ちと思い込んだことも、ギメリアの二度の『過剰魔法』を意識したことも、全てがカイセルトの想定通り。描いた未来の上だった。

 しかし、最後に、皇帝が皇帝たる所以を見せつけられる。


「再び動き出すまでそう時間はない、か。ギメリア、急ぐぞ」


「はあぁ……ぃ」


 震える身体に鞭を打って立ち上がったギメリアと共に、カイセルトは玉座の崩壊した、玉座の間を後にする。


「シモンを回収し、計画を次に移す」


 ――残された玉座の間にて。


 致命傷をかろうじて、紙一重で避けることに成功し、それでも片腕と両足を犠牲にしたハイレナスは、しかし意識を保っていた。


 動くことは叶わないまでも、思考する余裕があった男は、今しがた己を襲った攻撃の正体を探る。

 『傲り者の魔法使い』、世界に五人しかいないリミテッドウィザードの頂点に立つハイレナスにこれだけの傷を負わせるもの。

 すぐに思い至る。


 それは、ラドルグ帝国が誇る、現状最強の物理兵器。

 発射にのみ魔法を使用し、ひたすら破壊に特化した砲。

 速さは光に達し、撃った瞬間に着弾すると言っても過言ではない最速の代物。


「……『殲禍』か。それすら用意するとは、やはり認めざるを得ん。俺に次ぐ者だと」


 その破壊力故に付けられた名を持つ兵器は、護るべき国の最高位を撃ち抜いた。

 カイセルトの目論見の、輪郭を察する。

 全容ではない。断片的なものに過ぎない。


 即ち、この国最強を行動不能にすること。


 それは見事に成功したと言っていい。

 文句のつけようはなく、ハイレナスすら出し抜いた。


「ならば、次なる手を打つだけのこと」


 残った右手に握られた剣に支配属性魔法を三度纏わせ、城の壁に突き刺す。

 発動するのは、『魔人族』にのみ使うことを許された魔法。

 類稀な才覚を持つハイレナスだからこそ出来る芸当が、今為される。


「――城内にいる、全皇子並びに全給仕に告げる」


 城が震え、ハイレナスの発言と同じ振動を城全体に伝える。

 城すら支配して見せたのだ。

 そうして告げられる次なる命令は――


「――カイセルト・ラドグラーゼ、その付き人ギメリア。そして、『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープを捕らえろ」

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