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44話

 時間は遡る。

 士門がギメリアと別れ、厨房を目指して歩いていた辺り。ヤラと遭遇する、幾らか前のことである。


 その士門と別れたギメリアと共に、カイセルトはある場所へ向かっていた。

 その場所とは――


「――お呼びでしょうか、皇帝陛下」


 皇帝が座る、玉座の間。


 広大な縦長の空間の最奥に、ラドルグ帝国皇帝、ハイレナス・ラドグラーゼは座していた。

 その姿を見据えながらカイセルトは一礼する。


 遠目に見えるハイレナスは、青い瞳を無感動に己が息子に向け、口を開く。

 同時に、威圧感を放ちながら。


「話があった、カイセルト」


「は、何なりと」


「違和感が、あった」


「と、言いますと」


「『反乱軍』と自らを称する弱者の集まりだ。この俺が奴らを殲滅したあの日、微かなそれがあった」


 ハイレナスは片腕を玉座につけたまま、もう片腕を上げ、その掌を眺める。

 カイセルトは、その動作に僅かばかり目を細めた。


「果たして、あれは『反乱軍』とやらの本体であったのかと」


「しかし、長を名乗る愚物がいたことは確かにございます。皇帝陛下のお考えを下回るほどに、この国に住まう『魔人族』に弱者が溢れているということでは」


「故に、我が給仕に調べさせた」


 と、そんな言葉があって、カイセルトは悟る。

 ハイレナスに、カイセルトの言葉を聞くつもりは欠片もない。

 話があった、とそう言ってはいたものの、その実、カイセルトをここに呼んだ目的は他にあるのだろう。


 ――想定内。


「すれば、どうだ。『反乱軍』の残党が再起を図っている。新たな武器を手に、新たな長を据え、再び我が城への侵攻を企んでいる」


「それは……由々しき事態でございます」


「ああ、そうだ。カイセルトよ、これは由々しき事態に他ならん。奴らの行動は、即ち我が従属国たるフィンティル公国に、皇帝たるこの俺に断りなく兵器を製造させたことに相違ない」


「……皇帝陛下の仰る通り」


「俺に悟らせぬその手腕、なるほどそれなりの才人がいるものだと微かに関心したが……そうではないな、カイセルトよ」


「はて、皆目見当も」


 瞬間、さらに溢れる、こちらを圧殺せんとするほどの威圧。

 カイセルトの後ろに立つギメリアが思わず身震いするほどのそれを前に、カイセルトは眉一つ動かさずにハイレナスを見据える。


 ハイレナスは無表情を崩し、息子たるカイセルトと同じ、嘲るような笑みを浮かべて続ける。


「戯言を。そこまで堕ちたとは言わせぬぞ、『稀代の神童』。俺が認めた男よ」


「…………」


「手引きした者がいる。奴ら弱者を率いた強者がいる。しかしそれは弱者に紛れた強者には非ず。強者の中の強者だ」


「……『反乱軍』を手引きしたのは、王族だと?」


「俺は迂遠な会話を好かん。――カイセルト、貴様だろう。『反乱軍』などを率いた者は」


 ハイレナスはその言葉と共に立ち上がる。

 そしてゆっくりと、カイセルトの元まで歩いてくる。

 到達まで、およそ一分。


「俺の首を狙ったか。それともこの国を奪いにきたか」


「…………」


「どちらにせよ、粗末な手だ。小細工は、圧倒的な力に敗れるが定めよ」


「そこは同意しましょう。力には、同じく力でしか対抗できない」


「ほう。で、あるならば何故使わない」


「さて。こちらに何か奥の手でもあると? こちらの都合など、何もかもお見通しでございましょうに」


「二度は言わん。何故使わない。十年前、先日蘇った女から得た力を」


「……使えない――」


「――とは言わせんぞ。貴様には、俺に迫る才がある。認めよう、『傲り者の魔法使い』に次ぐ力があると。使えないはずはない」


「皇帝陛下ともあろう御方が実力を見誤るとは。現に今第五皇子である私に、この国最強の下につけるだけの実力など持ち合わせてはおりません」


「そう、か。ならばこれ以上は問うまい。さて、カイセルトよ」


 そう話を切ったハイレナスとカイセルトの距離は、目前。

 手を伸ばせば触れる。一歩踏み込めばぶつかる。

 そんな、紛れもない至近距離。


 威圧はそのまま。

 ただ距離だけを詰め、ひたすらにカイセルトへ向けている。


「皇帝たる俺をここまで引き寄せた。何を目論む、カイセルト・ラドグラーゼ」


「先程、皇帝陛下自ら仰っていたではありませんか」


「……革命を求むか? 『稀代の神童』」


 一瞬の間を置いて、ハイレナスは問う。

 それは、余りにも。


 余りにも、皇帝と呼ぶには無様な問いだった。


 故に、カイセルトは嗤う。

 想定内、と。


「――嗚呼。やはりだ、皇帝よ」


「……ほう。久しく見ていなかったな、貴様のその瞳を」


「ラドルグ帝国皇帝、ハイレナス・ラドグラーゼ。貴様でさえ、その程度か」


 今ここに。

 少なくとも立ち居振る舞いと策略において、優劣が決まった。


 先程と立場を逆に、無感動にハイレナスを見据えるはカイセルト。

 その瞳には、十五年も前、『稀代の神童』と謳われたあの頃の不気味な輝きが宿っていた。


「貴様が最後にそれを見せたのは……十年前であったか」


「あぁ、そんなこともあったな。全く、忘れるに値する記憶だ。我が父よ、どうだろう。両者ともにあの記憶を消すというのは」


「はっ、我が息子よ。俺の目的は察しているはずだ。愚問だろう。俺が欲するは、我が国の希望たる力だ」


 既に皇帝に対する言葉遣いはなく。

 あったのは、ただ不遜で傲慢なカイセルトそのもの。

 類稀なカリスマと、他を圧倒する実力を以て最年少で第一皇子の座についた『稀代の神童』に他ならない。


 対するハイレナスもまた引くはずはなく、どこか取り繕うことをやめた息子との会話を楽しむかのように、口角を上げる。

 カイセルトと同じく、深淵を宿す青の瞳は、映した者を敵と認識していた。


 爆ぜるのは空気。

 突出した実力を持つ両者の間に存在できなくなったそれが、音を立てて逃げ道を探す。

 玉座の間は、たった二人の『魔人族』によって揺れていた。


「貴様が持つそれを、俺もまた手に入れよう」


「不可能だな」


「言い切るか。故は」


「勘違いをしているようだ、ハイレナス・ラドグラーゼ」


 カイセルトはハイレナスに見えるように指を二本立て、煽る様に少し左右に振りながら告げる。

 その一言に、告げられた本人は僅かに目を細め、


「勘違い、か」


「あぁ、それも見ての通り二つだ。致命的な見落としだな」


「……その無礼、今は捨て置こう。言え」


「言われずとも。一つ、貴様の求める力とやらは、力ではなく呪いだ。正に働きかけるものではなく、負を齎すもの。それすら理解できないか、最強」


 そう言って指を一本畳むカイセルトの表情には、無に近いながらも確かな嘲りがあった。


「そして二つ。こちらは更に致命的だ」


「何?」


「――そも、俺が三日前に行った儀式はマリンを蘇らせるものではない」

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