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41話

「何か問題があるのか? 皇子であるヤラ様の行動を制限するなど、仕える我々には出来ない」


 ついさっきそのヤラ様の行動制限しかけてましたけどね、という士門の意見は呑み込み消化するとして。


「いえ、単純に早い時間にヤラ様とマームさんたちが一緒に行動する理由は何かな、と」


 士門が習慣化していた目覚めの時刻はそれなりに早い。

 自身の体質と向き合い、最終的に導き出した最も体に合った起床時間は五時半であることを加味すれば、そこから多少時間が経とうが、それでも十分に早い時間帯である。

 そんな時間に給仕だけならともかく、ヤラまでもが城内を動く必要はないだろう。


 朝食の線も考えたが、サヴァ―リの案内に食事を取るためだけの空間がなかった以上、基本は自室で取ることが基本のはず。

 だというのに出歩いたとなれば、朝食を取りに来たという前提が合っているのなら作られたその場、厨房で食べるか、或いは持ち出して別の場所で、ということになる。

 庭で食べるのは、恐らくマームが止めるだろうし、わざわざ自室に持って帰るのならヤラが出向く必要はない。勿論、ヤラがその出向きに何らかの意義を感じているために毎日やっている可能性も考えられるが。


 ともあれ、気になったので問うてみたに過ぎない。特段、マームが黙秘したところで困ることはない。

 見れば、マームは渋面を作り、言うべきか言わないべきかを迷っている様子。

 別に無理をして言う必要はないと言いかけるも、


「ヤラ様は、稀に私たちの想像を超える時間に起床なさる場合がある」


「……つまり、今日はヤラ様が早く起き過ぎたのですか。しかも目が冴えてしまい、この状況に、ということで?」


 子供にはそれなりにあることだと聞く。

 士門も、母親から子供時代の困ったエピソードとして聞かされることが何度もあった。

 曰く、たまに凄い早い時間に起きたと思ったら暇を持て余して暴れ出すからとても迷惑だった、と。

 その時の士門と、今のヤラは同じようである。


「睡眠時間が間違いなく足りない。出来れば寝て頂きたいのだが……我々では聞き入れてはもらえなかった」


「あの……私からも言ってみましょうか?」


 思わぬ歩み寄り、弱みを見せるという行動に出たマームを前に、士門は微かに心を動かされた。

 そして、それ以上に睡眠時間が足りないかもしれないという、その一言に心を揺さぶられた。

 子供のころから規則正しい生活を送ることは、即ち後の幸福に繋がる。

 故に、たとえ皇子であったとしても、士門は言わねばなるまい。睡眠に一家言ある人間として。


 無表情の裏で熱意を漲らせた士門のことを見抜いているのかいないのか。

 マームは、


「……すればいい。どうせヤラ様には響かないだろうからな」


「えぇ、では言ってきます」


 投げやりに許可を出す。

 士門は聞くと同時に勇んでヤラのもとへと歩みを進める。後ろで多少の狼狽を見せるマームには気づかずに。


 上機嫌で歩くヤラの隣に並ぶ。

 とはいえ、開口一番に『今から寝ろ』という旨の言葉を投げることは、最悪手に他ならない。目が冴えてしまっている子供は、決して眠ろうとはしないからだ。士門の母親談。

 加えて、仮に眠気があったとしても、頭ごなしに眠れと言って眠るほど子供とは単純な生き物ではない。同じく母親談。


 そこから先の展開を想像し、士門が言葉を紡ぐ。


「ヤラ様、今日は早起きされたと聞きました」


「うむ。ねむくもない。きょうはたくさんあそべるぞ」


 ひとまず眠気がないことを確認。

 少なくともこの段階で睡眠をとらせることは難しいだろう。ベッドに入れば睡魔が襲うかもしれないが、そこまで導くのに相当の抵抗があるはず。


「ですが、これまでにこの時間に起きられたことはありますか?」


「む? ……あったとおもうぞ。なあ、マーム?」


 ヤラは少しの間を空けてから確かめるようにマームに視線を移す。

 そこで士門もマームに視線を向ける。


 マームは問いの答えを淀みなく、即座に言った。


「はい、何度かございました」


「そうだ。マリン、なぜきいたのだ?」


「いえ、特にこれと言った理由はございませんが……ただ、早く起きた日はどうされているのかな、と」


 士門がマームの方に顔を向けながらそう告げれば、マームは目を見開く。

 どうやらこちらの意図が伝わったようだ。

 後は簡単。


 思い至ったマームが、士門に続いた。


「そういう場合は、陽が落ちる頃に眠られる」


「あら、そうでしたか」


 士門の意図を把握し、丁度良い具合にパスをくれたマームに心の中で感謝しつつ、視線をヤラに向け直し、


「困りましたね、ヤラ様。このままでは、ヤラ様が仰っていた一日一緒というのは難しいようです」


「う、むむ……ね、ねむらないようにどりょくする」


「それもよろしいですが、一度お昼寝してはいかがでしょうか?」


「しかしそれでは、どちらにせよいちにちいっしょはむりではないか」


 そもそも、ヤラの言う一日一緒が実現したとして、それは恐らくマームがいるため、良くて夕食前辺りまでであるため、どう頑張っても一日ずっと一緒は不可能であるのだが、それは言わないお約束。

 ここで優先するべきは、まだ年端も行かない少年の成長を守ることである。


 子供らしく不満を口にするヤラに、士門は奥の手を投入する。


 と、いうところで歩きながらの会話であったために、いつの間にやら話す舞台は城内の廊下から、一度外に出る渡り廊下に移り変わる。

 朝日の光が眩しくヤラ達を照らす。

 切り札を切るにも絶好のシチュエーション。

 ここしかないと言わんばかりに、士門は足を止め、ヤラがそれに気づいて足を止めるのを待ってから、その言葉を口にした。


「ご安心を。明日もご一緒いたします」


 目線をヤラに合わせるようにしゃがみ込み、少し抵抗はあるものの、マリンの身体の魅力を最大限に活かすようなポージングで。

 微かに口角を上げるところまでやってのけ、士門は言った。


 その破壊力たるや、並の男なら圧殺するほど。士門は気づいていないが。

 ともあれ、その一撃を向けられたヤラの反応は、


「…………ほ、ほんとうか」


「はい」


「いっしょだな? うそではないな?」


「勿論です」


 どうせ明日も明後日も予定なんてないし、と内心で独りごちりながら、士門はヤラの問いに答えていく。

 士門が答えるたびに、ヤラの表情が明るくなっていくのを感じながら、上手く行ったことにホッとした。


 この方法は、常日頃からヤラとの接しているマーム達では、使ってもほとんど意味のないものだったと言える。

 習慣の外に突然降って湧いたマリン、もとい士門であったからこそ使えた戦法だ。

 そこにマリンの美貌を加えたことで、およそ盤石となったのだ。士門本来の容姿でもこうはいかなかっただろう。


 問題があるとすれば、ヤラが士門に向ける視線が、どこか幼稚ながら熱っぽいものに変わっていっているような気がするくらいだろうか。

 そう、例えるなら、幼い頃に話した年上のお姉さんに初恋してしまった、みたいな、そんな感じの。


(いやいやいや、違うだろ。俺の勘違いだろどう考えても)


 士門、魔性の女、違う。ただの、社会人男性。


 思考が、その嫌な勘に引っ張られて鈍くなるのを自覚しつつ、それは表に出さないようにしてヤラとの対話に戻る。


 ヤラは言い切った士門に、満足げに笑って士門のいる位置から数歩だけ前に出て手を伸ばし。


「では、やくそくだ」


「はい」


 士門もまた、その手を握ろうと手を伸ばす。

 それより先に、ヤラは更に言葉を紡いだ。


「マリン、ぼくとあし――」

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