39話
士門が『疑似視覚』を発動させる間に前を行っていたギメリアが、急かす様にこちらを呼ぶ。
監視兼給仕として士門の傍にいたサヴァ―リの代わりとは思えない口調ではあったが、ひとまず無視。
急いでギメリアの隣まで走ると、そこでギメリアは長い指で自身の顎を擦りながら呟いた。
「ふーむ……しかしあんまり行けるところってないんですよねぇ。サヴァ―リ様から聞いていると思いますが。面白そうだからと言う理由でカイセルト様の私室に突撃するのも手ではありますが……」
「お付きとしてはだいぶ拙い発言では?」
「残念なことに今私室にカイセルト様いないんですよ。つまらないですねぇ、居たら揶揄いの一つや二ついたしますのに」
「あの……ギメリアさん?」
「む? やだなーシモン様、ただのご奉仕ですよ。そんな、悪意とか微塵も、誓ってありませんよ。やー、ほんとほんと」
にやにやしながらのその発言に、信じられる要素はどこにもなく。
こいつ本当にあの第五皇子のお付きやってるのかな、と思わざるを得ない。
というか、だ。
「初対面の雰囲気とは別人のようになりましたね……」
サヴァ―リの時もそうであったが、初対面と印象が違い過ぎる。
この城の従者とでも呼ぶべき立場の人間は、そういう風にあれと教えられているのだろうか。だとしたらとんでもない教育方針である。弱肉強食だの五大国の中で最も残酷な国だのを誇っている前にそこを直せよ、とは士門の心の言。
ギメリアは士門のそんな含みもあった言葉を受けて、少し目を細めてから、
「私、面白いものに対しては取り繕わないと決めておりますので。今はカイセルト様とシモン様にだけですよ。他ではしっかりしてますからね?」
「ここではしっかりしてないってことですかね、それは?」
「黙秘で」
「…………」
「……あぁ、後。生きていた頃のマリン様への態度に、引っ張られるものがあるのかもしれません」
ギメリアの口から放たれた音は、微かに寂しさを孕んだものだった。が、それだけではない。何か、他にも沢山の感情を混ぜ込んで生まれる、混沌に似た色合いのそれ。
士門はカイセルトを思い出す。
彼もまた同じように持ち得る全ての感情を吐き出すかのような声で、表情であったな、と。
カイセルトのお付きをしているのなら、当然ギメリアは生きていた頃のマリンを知っている。ともすれば、何故マリンが死んだのかすら把握しているかもしれない。
故に滲み出た感情の奔流は、士門には少し重たい。
けれど、それでも士門は問うてみた。
「……マリンさんって、ギメリアさんから見て、どんな人でしたか?」
心臓のあるあたりに手を置いて、返ってくる胸部の柔らかさを感じながら士門はギメリアを真っ直ぐに見据える。
僅かに躊躇いを見せるギメリアは、しかし士門に応えるように答える。
「そう、ですね。まー、一言で言うなら――子供、でしたかね」
「子、供」
「ですです。無邪気で、お転婆で。それでいて、極偶に何を考えているのか分からない時がある。それがマリン・モーガンル・ラドルグホープを見た、私の偽りない感想です」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
ラエスタルの話を聞く限り、マリンは異常を喰らった異常だ。
けれど、接してみればどうやらその正体はただの少女のようで。
ホッとしたような、むしろゾッとしたような。不思議な感覚が士門を包み込む。
どんな人物なんだろうと、思っていた。
何故『魔女』と呼ばれたのか。何故ラドルグ帝国の希望と呼ばれたのか。城の者から恨みを買う理由は何か。
色々と知りたいこがあった。
でも今はそれとは少し違っていて。
少しだけ。気の迷いくらいの感情かもしれないけれど。
「――会ってみたかった、ですね。私も」
心からそう思えたのは、間違いなく士門が士門であるが故だった。
「…………はい。見ていて、楽しい人でしたよ。案外、シモン様と気が合うかもしれませんね」
「それは……どうでしょうか」
思わぬ返しに士門が歯切れの悪く言葉を紡げば、ギメリアは何度目かの悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……っと、あれ?」
「どうかしましたか」
「いや……あの…………忘れましたね」
「何を?」
「いやん言わせないでくださいな。嗜みってやつですよ」
「……はぁ、そうですか。取ってきてもらって構いませんよ。ここで待っていますから」
何やらよく分からないことを言っているが、忘れ物をしたことは確かな様子。
ならば、士門は特にすることもないし、散歩はゆっくりやるものである。別に忘れ物を取りに行っても問題はないだろう。
「いえいえ、勝手に歩いていていいですよ。私は後で追いつきますので」
「そうですか? それなら、分かりました」
「では、そういうことで。失礼します!」
それだけ言うと、ギメリアは駆け出した。
みるみる内にその姿は小さくなっていく。『魔人族』の身体能力の高さに数度目の感嘆を浮かべていると、不意に。
背中を向けたままのギメリアが、士門に大声で言ってきた。
「眼鏡取ってきまーす!」
「眼鏡かい」
口から飛び出たツッコみは、幸運にも言った本人以外の耳に届くことはなく消えていった。ついでにギメリアの姿も見えなくなった。
一つ、大きく溜息を吐いてから。
「さて。どこに行きますかね」
気持ちを切り替えて、ギメリアの言葉に甘える形で散歩の目的地を設定する。
とはいえ、サヴァ―リもギメリアも言っていた通り、想像以上にこの城で行けるところは少ない。
皇子の私室は当然のように駄目であるし、皇帝の使う場所もまた立ち入りは禁止だろう。
士門が歩けるのは、城の廊下か、いつもの庭か、カイセルトの私室か。
「後は……あっ」
と、そこで。
士門はサヴァ―リに止められていた場所を思い出す。
書庫と厨房である。
書庫は本当に立ち入りを禁じられている可能性があるが、少なくとも厨房は入っても大丈夫な場所のはずである。
問題があるとすれば、士門、もといマリンに料理人が怯えを見せるであろう、ということだけだ。
「……結構問題だけど」
そう思い、行くのを止めようかと思考が傾きかけたところで踏みとどまる。
こうしてありとあらゆる人に気を遣っていては、士門は本当に何もできなくなってしまうではないか。
そう、何も堂々と厨房に入っていかなくたっていいのだ。例えば覗き込んだり。方法は幾らでもある。
「行ってみますか」
士門は腹積もりをして足を動かすこととした。




