3話
すらすらと淀みなく、一息に言い切ったその姿はまさに役者。
セリフの内容は不吉なものではあったが。
しかし、あの顔でテレビに出たらスター街道まっしぐらだろうな、などと考える程度の余裕が士門にはあった。
無論動揺と困惑と、数多の感情がない交ぜになって未だ収まる兆しを見せないが、しかしここが異世界であるという最も驚くべき事実は、残念なことに士門自身が青年に言われるよりも早く導き出していた。
半信半疑に近かったものの、そう言われてしまえばすんなりと嚥下できる程度には噛み砕いていた事実だったのだ。
むしろ驚いたのは、ここが城の内部であると言う事。
儀式なんて物騒なものを行っている以上、秘匿された実験場とか、そういうお約束な場所が現在地なのではと薄っすらとしていた思考をものの見事に外された。
しかし最後の言葉が、その原因をこちらに微かに示唆してくれてはいたが。
残酷な世界。
その言葉に隠された真意までは汲み取れないが、どう考えても良い意味ではないだろう。
一つ目の問答で、既に士門が置かれている状況が結構ヤバいことが分かった。
とりあえずこれが知れただけで大収穫といったところか。
さて二つ目に、と思ったが、それより先に青年の方からの質問が入る。
「こちらからも一つ質問させてもらおう」
「……どうぞ」
一瞬の間は士門の警戒の表れだ。
何を言われるのか分かったものではない。
質問がこちらへの要求に近いものだった場合、それを拒否する術が士門には著しく欠けている。
それこそ考えたくはないが、この体へ男として当然の欲求を――だった場合、士門は軽く死ねる自信がある。
舌をかみ切る準備でもしておこうかと本気で考える。
けれど、青年の口から放たれた言葉は士門の予想とは別方向のものだった。
「貴様は一体誰だ」
「…………」
「はっ、そんなことも答えられないか? 愚図ではないという前言を撤回した方が良さそうだ」
と、そんなこちらを攻撃する言葉が続く中、士門は思わず呆気に取られていた。
理由はただ一つ。
質問をこちらへ放った青年の顔が、それまでの印象を大きく覆して、余りに弱々しかったから。
そしてそれを取り繕うかのように浴びせられる言葉の数々。
何かが、士門、もしくはこの容姿に、この青年を揺らがせるだけの何かがあるのだ。
それを全て察することなど出来るはずはなく、何故か聞く気にもなれなかったが、しかしその士門の直感は間違いない。
それだけは確信できた。
一瞬の硬直。
後に。
「鳩羽士門」
「…………」
「それが名前です。地球と言う世界から、来ました」
訪れた沈黙。
ゆっくり、ゆっくりとその場にいる両者に染み渡って、次の瞬間。
青年は笑い出した。
「はははははははは! そうか! シモンか! はははははは!」
「…………何を」
「いや何、俺が想像していたよりも間抜けな名でな。はははは!」
「一応親につけてもらったちゃんとした名前なんですが……」
「俺の価値観には合わんな。改名を勧める」
「簡単に言いますねぇ」
愛着のある自分の名をこれだけ笑われると、年下の行動とはいえ腹の虫が暴れ出してくる。
先の直感はもしや間違いかと思い、抱いてしまった感情を吐き捨てるように言った士門の言葉を受け、青年はにやりと笑った。
「あぁ、それはもう随分と簡単だ。何せ俺は皇帝ハイレナス・ラドグラーゼの息子、第五皇子カイセルト・ラドグラーゼだからな」
「…………よ、呼びにくい名前ですね。改名をお勧めします」
「生憎と、貴様と違って俺は誰に名付けられたかなど関係なく、カイセルト・ラドグラーゼなのでな。改名するのは貴様だけで十分だ、シモン」
傲岸不遜に士門に自論を叩きつける青年――もとい、カイセルト。
カイセルトが皇子だと言うことを告げられた動揺を呑み込んで言った士門の反撃も軽く捌いてしまった。
技術はあちらが上手。舌戦で上を行くのはまずもって無理だろう。
そんな超人イケメンにどうにかして一杯食わせてやりたいと、いらない炎を燃やしながら、士門は問う。
「改名って……どんな名前ですか」
「――その体の」
そこまでカイセルトが口を開いた瞬間に、士門の目が見開かれた。
この世界――アレーナだったか――に来て最も驚かされ、その上で最も謎だったもの。
即ち、現在の士門の体――女性の体についての情報が不意に出てきたのだ。
意識を集中させ、一字たりとて逃さないようにする。
続く言葉は。
「元の持ち主のものだ。名を――マリン・モーガンル・ラドルグホープ」
士門には読み取れないほど大量の感情を内包した、言葉だった。
表情すらどの感情を表しているのか判別は不可能で、その複雑さが士門にそれ以上踏み込むことを躊躇わせた。
沈黙は二度にわたって、場を支配する。
いつの間にか両者の間に割って入り、それ以上の会話を生まれさせはしなかった。
どれほど時間が経ったか。
いや、きっと時間にしてみればほんの数秒のこと。
今までに体験したことのない空気感が、士門に意識を引き延ばさせたのかもしれないが、真相は定かではない。
けれどその時間が、士門のなかに厄介な代物を蘇らせた。
即ち、好奇心。
思わず気になって、それを口にする。
「……マリンさんって――」
が、言い切るより先に、カイセルトの後ろ、この空間の出入り口である扉越しに第三者の声がかけられた。
「――カイセルト殿下。皇帝陛下がお呼びでございます」