38話
「……もう、三日目か」
三日目。
それは士門が異世界に来てから経過した時間だ。
改めて呟いてみれば、自身との感覚のズレに思わず笑いそうになる。
それほどに、昨日までの二日は濃密だった。
果たして今日はどうなるのか。皆目見当が付かない問いではあるが、ひとまず士門の希望としては平和であってほしい。
出来れば決闘することも無く、マリンが引き起こした因縁をほじくり返されることも無く。
普通に、士門が地球で送っていた日常のように、平和に。
無論カイセルトに話を聞きたい気持ちはある。十分にある。
だが、昨日カイセルト自身が時が来れば話すと言った以上、その次の日に詰め寄るというのは些かの抵抗。
まあそもそも。
このラドルグ帝国という場所に、平和があるのかについては議論の必要がありそうだが。
と、そんなことを考えながら寝台として使っていた台座から下りる。
そして視線に入れるのは――
「――器用だなホント……」
壁に体重を預け、立った状態で、しかし表情はどこまでも緩んだギメリアの姿だった。
正直、表情さえ見なければ燕尾服を着た中性的な美形である。
すらりと伸びる四肢も、引き締まり細い体躯も、短めの茶髪も、どれもが高水準を保っており、その上で男か女か判断が難しい塩梅に顔が整っている。
声が男にしては高いので、士門の中では女認定だが、その真実や如何に。
「いや本当に……なんでこんな体勢でこの表情して寝られるんだ」
付き人としては大丈夫なのかと心配になるくらいには油断し切っている様に見える。
仮にも元第一皇子のお付きなわけだし、実力が伴っていないわけはないのだが、それでも尚半信半疑くらいに持っていくだけの緩み具合が、今のギメリアの表情にはあった。
その表情からは、昨日の戦闘狂を思わせる好戦的なそれは見受けられない。
「…………」
昨日のことを思い出し、士門は微かに苦い顔。今いる場所がマリンの私室で、そこにいるのが士門とギメリアの二人だけだから出来る顔である。
突然魔法戦闘に発展したのは本当に驚いた。
いや、正確には魔法戦闘に発展した直後は驚いてはいなかった。戸惑いはあったが。
しかし、問題はそのあとだった。
そこまで激しいものにはしないだろうという士門の考えを透かし、その上で外すかのように轟級魔法をぶちかましてきたのである。
バラムとの一件が頭に過った士門は、これ以上城を壊すわけにはいかないと、衝突ではなく無力化を意識しながら『適応』した。
結果として庭にクレーターが出来ることはなく、マリンの『適応』によって身体が選ぶ最適解は多少なりこちらで方向を絞れることが判明する。
したが、いくらなんでもやり過ぎである。
それやって怒られるのあんただろうに、という士門の思考も無視してギメリアはその後も戦闘を続行。
士門としては実戦で魔法を使えることには少なくない意義を感じたが、それでもこれ以上やるのは拙いと判断し、試しに赤い瞳で支配属性魔法をかけてみようかと思ったところでギメリアがギブアップ。
言い訳は魔力切れだったけれど、どう見ても魔力が切れているようには見えない余裕だった。
本当に遊びたかっただけなのか、それとも他に目的があるのかと頭を回転させかけた士門に一言、『一度別れましょう』とだけ言ってギメリアは姿を消し、魔法戦闘はちょっとよく分からない閉幕となったのだ。
その後は、特にすることもないのでマリンの私室に戻り、未だ切れる様子のない魔力でちょこちょこと魔法を行使しながらギメリアを待ち、夕食を持ってきた彼女と食事を取って、適当に話して就寝。
そして目覚めたらこれである。
昨日はカイセルトに言われていた自己の探求に意識を割いた後、すぐに眠りについたのでサヴァ―リがどうだったのかは分からないが、ひとまずこのお付きは監視対象である士門と同じ部屋の壁に寄りかかっての睡眠を選んだようである。
起きた時、肩を跳ねさせるくらいには驚いたのはさておき。
外界からの情報の殆どを絶っているこの部屋の中では、外の状況、ひいては現在の時刻は分からないが、士門は染み付いた感覚から今が朝だと言うことは理解している。
偏に、習慣化した目覚めが士門に時刻を伝えていた。
と、いうわけで絶賛朝なのだ。
だというのに、このお付き、起きる気配がない。
「大丈夫なのか……?」
「――何がです?」
「ひゃああっあぁ!?」
思わぬ返事に、女の高い声で女が出さないような絶叫が上がる。
本当に起きる気配がないなと距離を詰めていたことが災いした。
そう思っていたところにギメリアから声が発されれば驚くのも無理はない。
全身を跳ねさせるようにして大きく一歩引き、そして再度寝ていたはずの彼女を見る。
「はーぁ……何を驚いているんです。さすがにあれだけ近づかれたら誰でも起きますよ……眠ぃ」
「そ、そうですか……」
「私に近づいて何する気だったんです? ほれ、ほれほれどうぞ? 私はなんでも受け止めますよ」
「いや、単純に起きないな、と」
「ふむぅ……そうですか。ま、別に何されようが最低限の抵抗はしますけどね」
そう言いながら瞳を光らせたギメリアに、士門は彼女の言う『最低限の抵抗』の意味合いが士門とは全く違うことを悟る。
恐らく、相討ちとか、そう言う感じの。死んでも一矢報いるといった手合いだろう。
何もする気はなかったが、それでも肝が冷える。
「ははは、頭に刻んでおきます」
「それで……どうします? 起きちゃった以上動かないわけにはいかないんですが、朝食にします? それとも散歩にでも? 私は空腹ではないのでどちらでも」
「そう、ですね……」
空腹は感じていない。
というかこのマリンの体、およそ生物が活動するために必要な営みを必要としない。
食べなくても、眠らなくても、空腹も睡魔も襲っては来ない。
かと言って食べられない、眠れない、というわけではなく、食べたければ食べられるし眠りたければ眠ることが出来る。
これも『適応』によるものか、それとも『異質なる鉱石』を喰らった他の影響か。どちらにしろ、便利ではあるが不気味なことこの上ない。
そんなわけで、朝食を必ず取らなければいけない、ということもない。
朝の散歩。
なるほど素晴らしい響き。地球にいた頃もしていた気はするが、異世界に来てからが濃すぎるせいかどうにも久しくやっていない気分に陥っている。
「では、散歩で」
「承知しました。それじゃあ出ましょうか」
そう言ってマリンの私室から階段を上がって外に出る。
既に何度も見た吹き抜けに視線をやってから、
「あ、っと……」
赤い瞳で周囲を見ていることを思い出す。
このままでは誰かに見られて、また嫌悪感を惜しげもなく向けられる可能性があるので両目をつぶり、『疑似視覚』を発動。
魔法で得られた視覚で周囲をもう一度見回す。
「よし」
「おーい、置いてきますよー」
「あ、はい」




