37話 ※別視点
「ふいー、ただ今戻りましたカイセルト様」
「……貴様はシモンに付いているはずではなかったか」
「一旦別れました。ずっと監視していたところで、彼が害になるとは思えませんので。そも害ではないわけですし」
「口が回るな、ギメリア」
「我らが『稀代の神童』には負けますとも」
「……ふん、まあいい。それで、首尾はどうだ」
それまで放っていた圧を身体の内へと収め、カイセルトは自身の付き人たるギメリアに問いを投げる。
光源と言う光源がないこの空間で尚、視線を向けられていることが分かるほどに鋭い黒の眼光を受け、しかしギメリアは慣れた様子でそれを受け流して答える。
「自衛の手段はちゃんと教えましたよ。そんなことしなくても、彼女の体を使っているのですから十分だと愚考しますが」
「それが愚考だと分かっているなら上出来だ」
「わーいほめられたー」
おちょくることを目的とした棒読みにギロリと一瞥をくれてギメリアを黙らせる。
だがギメリアはどこ吹く風だ。口笛なんかを吹く余裕まで見せている。
「どれだけ『魔女』の身体が素晴らしかろうが、強かろうが、それを動かすのは所詮異世界で培った価値観を基に生きる凡愚でしかない。その瞬間になれば自ずと手に入ると分かっていようが、教えられることには奴にとって意味がある。俺には分からん感情だがな」
「カイセルト様がそう言うなら、こちらとしては止める理由がありません。それにしても、会って二日の者に珍しく結構な信頼を寄せているではありませんか」
「…………」
「カイセルト様?」
「……そう思われているのなら、俺も気が緩んでいるということだろうな」
その一言に、ギメリアは微かに目を細める。
果たしてその言葉の真意が告げられることはなく。
「それにしても、やっぱりマリン様の身体っておかしいですね」
「大方、貴様のよく言う遊びとやらで挑んだのだろうが……結果は聞くまでもないな」
「それはもう。あれ? この人昨日まで魔力の扱い方知らなかったんだよね? と何度思ったことか。生物としての格が違うとまざまざと見せつけられるのは些か恐怖心が煽られますね。しかも、あれで中身が本物じゃない」
「奴は、マリンは……そういう存在だ。人智を超え、異常を体現する化け物だ」
カイセルトは自身の心臓がある位置に手をやり、その鼓動を確かめながらそう言った。
しかし、それは一瞬だけ。
「――ギメリア」
「はい」
「始めるぞ」
「はい」
「障害はこの国最強。故に、こちらも使え得る全てをつぎ込む。機は熟した――いや、この手で掴んだ。故にギメリア、我が付き人よ」
「…………」
「その命、俺が貰い受ける」
胸に当てていた腕をギメリアに向け、カイセルトは言い切った。
死ねと、そう言った。
しかし、ギメリアがそれに苦情を呈すことはなく。
どこまでも恭しく、尊敬をその身に宿して一礼する。
「その言葉、十年待ちました」
「…………ああ」
「では、私はここで。そろそろ戻らないとシモン様が心配するので」
クルリと身を回転させ、その場を後にするギメリア。
その背中を視線で一瞬追い、すぐに空に移す。
「十年か。はっ、何ともまあ……経ったものだな、マリン」
呟く言葉に力はなかった。
「待ち侘びた、焦がれた。だからこそマリン。俺は貴様とは相容れん」
誰でもない、何処でもない。
まるで神にでも宣言するかのように。
カイセルトは言葉を紡ぐ。
「貴様と共に五年を過ごした男なら、十年前のあの日に死んでいる。『稀代の神童』なら、十五年前のあの日に息絶えた。
――そして、ここにいるカイセルト・ラドグラーゼもまた、終わりを探そう」
夜空を見上げる瞳は細められ。
手は空に伸ばされ。
そして、カイセルトは捨てるようにそこから去った。
「――さあ、始めよう。まずは皇帝、ハイレナス・ラドグラーゼ。貴様だ」




