36話
「――そうそう、シモン様」
それからおよそ一時間の後。
相当な数の魔法名を聞き取り、マリンの知識と身体を頼りに魔法を構築していた士門の耳を、ふとそんな声が叩いた。
まるで今大事なことを思い出したかのような声が。
「なんですか?」
「今大事なことを思い出しました」
「……どうぞ」
「やってはいけないことが一つだけあります。とりあえず一つです」
妙に念を押してくるギメリアはほんの少し違和感を覚えながらも士門は教えられた魔法を発動、維持した状態で頷いた。
「最初に言った通り、魔法とは魔力を使った起こる現象全てのことを指します」
「はい、言っていましたね」
「ですが例外がありまして。魔力で魔法を発動する、という一般的な魔法の発動手順の前にもう一工程挟むものが」
「魔力で魔法を発動する、の前に、ですか」
「魔力は魂から漏れ出た余剰のエネルギーです。先程お教えした強化魔法は、その余剰を本体である魂に戻すことで生命エネルギーを増幅させ身体能力を強化するものでした」
ギメリアの説明に、士門は頷く。
魔法名を教えるたびに、頭の中に溢れ出すマリンの知識が、その説明に偽りなしと言っていた。
「――では、逆は?」
「は?」
「魔力を魂に戻すことが出来るのなら、その逆もまた可能では?」
「……つまり、魂で生成されるエネルギーを魔力として扱うということですか? それは……」
「えぇ、馬鹿ほど危険です。寿命や己の存在を、魂すら削る行為ですからね。それをするのは人類の敵である魔獣くらいのものです。奴らのそれを『覇魔駆動』と我々は呼んでいます」
命を削り、戦うための力とする。
それはおそらく恐怖を伴う行為のはず。
人間であれば理性が邪魔をする。出来るのは、本能に従って生きる獣だけ、とそういうことらしい。
だが。
ギメリアがここでこんなことを話すということは、つまりそうではない。
「使うものはほとんどいません。命が削れるので。でも、使うものがいないだけで、使おうとはしないだけで、技術として確立されているんですよ」
「…………」
「『過剰魔法』。命を削って得た魔力で発動させる魔法の名です。シモン様、マジで、絶対、誓って使わないでくださいね」
「は、はい」
さすがに命が削れると言われて使う馬鹿はいないだろう。
これだけギメリアに念押しされているわけでもあるのだから。
心の底から使う気はないと表明する返事は、どうやらギメリアに確かに伝わったようで、安心したように一つ息を吐いた音が聞こえた。
「良かったです」
「使う気にもなれませんでした」
「いや本当に、使う気になっても使わないでください。マリン様の身体を使っている影響で、魂がどうなっているのか皆目見当がつきませんので。下手すれば『過剰魔法』を使おうとした瞬間にラドルグ帝国巻き込んで大爆発もあり得ます」
「……絶対に使いません」
本気で心配されているのが声色から分かってしまうので、冗談と言うわけでもないこともまた分かる。
教えられて良かったと、心から思う。
ともすればこれから先、偶然にもそれに行き着いてしまうかもしれない。その時に、概要を知っているのといないのとでは大きな差がある。
思い出すのが遅れてしまったことは勘弁してほしいが、それでも早い段階で伝えてくれたのは有難かった。
「さ、てと。そろそろ私が覚えている魔法も限界が近くなってきたので」
「もう切り上げますか?」
そう言ってギメリアの方を見ると。
立ち、ついた土埃なんかを払って。
こちらに悪戯っぽく笑いかける女がいた。
「えぇ……っと?」
それに違和感を覚えてそんな声を漏らす士門。
ギメリアはその士門の反応を無視して、告げる。
「とんでもない。まだ切り上げませんよ。忘れちゃいましたか? 私、『何して遊びます?』って言ったんですよ」
「ぁ……」
そこでギメリアの意図を察する。
彼女は『何して遊びます?』とそう言って、最終的に魔法の勉強を選択した。
よく考えてみれば、この二つは直接的には結びつかないのではないか。
仮に結びつくとすれば、そのもう一つ先。
つまり。
「さあ、今から魔法で遊びましょうか! 折角教えたんですからね!」
「ちょっ!」
「風属性初級魔法『鎌鼬』!」
戦いの火蓋は、突然切って落とされた。




