32話
「選定の間において、サヴァ―リ様はカイセルト様のお傍にいたのでしょう? ならば無事ですよ。我らが第五皇子が万が一、下手を打たなければ、ね」
「信頼してらっしゃるんですね」
「えぇ、無論。こと実力において、私は『稀代の神童』を心底から信頼しております」
清々しいほどに言い切ったギメリアを前に、士門はそれ以上何も言わなかった。
心酔、ともすれば狂信にすら取れるその感情に口を出せるほど士門は人生経験豊富ではない。
触らぬ神に祟りなし。触らぬ信者に害はなし。
と、そこまで考えて、あることを思い出す。
第一皇子、バラム・ラドグラーゼである。
彼も、彼自身の目算の年齢とカイセルトの実年齢が士門の考え通りなら、『稀代の神童』と呼ばれたカイセルトをその目で見、憧れるに至った一人なのかもしれない。
その憧憬を、仮に消し去った人物がいるとするならば。
それは彼の言う通り、マリン・モーガンル・ラドルグホープかもしれなくて。
――『……あぁ、何故だ。何故災厄に魅入られてしまったのです。何故『魔女』に魂を売ったのですか。あぁ、嗚呼……――カイセルト兄様』。
その言葉は、酷く切ないものに今となっては思える。
「……さて、ひとまずカイセルト様からシモン様に伝えろと言われている内容は以上でございまして」
「…………」
「――何して遊びます?」
「はい?」
若干耽った思考の内容が内容故にセンチメンタルになってしまっていたところに、聞き逃せぬ単語が出てきて士門は聞き返す。
今こいつ遊ぶって言ったか?
「ですから、何して遊ぶのかを聞いたのですが」
「えぇー……」
「ですがシモン様が話聞きたいであろうカイセルト様は現在忙しいですし。さっきシモン様とバラム殿下の戦い見てましたけど。他にすることなんてないでしょう?」
「いやまあ、確かにカイセルト様に話を聞けないならすることはありませんが……」
「人生なんて遊びなんですよ遊び。楽しめれば勝ちだしつまんなかったら負けです。あと弱くても負けです。ただし強いからと言って勝つとは限りません。カイセルト様がその良い例です」
自分が仕える主を例えに出すあたり、本当に目の前の女がカイセルトのお付きなのか分からなくなる士門。
とはいえ、言っていることは的を射ているし、実際することはない。
致し方ない、というほどの抵抗ではないが、微かな溜息を吐いて、
「分かりました。ですが、特にこれといってしたいことはありません」
「ふーむ、そうですか。……あ、そうです。丁度サヴァ―リさんもいないですし、マリン様の情報も粗方開示されています。遅ればせではありますが、シモン様」
近寄ったギメリアは少し悪戯っぽく笑って、士門に提案する。
「魔法の勉強と洒落込みましょうか」
◇
そんな言葉を受けて、場所を移して現在何度目かの庭。
他に場所ないのかと内心でツッコミを入れる士門だが、その疑問はそっぽを向いたまま、一瞥もせずに察知したギメリアに答えられる。
「本当でしたら、選定の間の近くに魔法の試し打ちできるようなところはあるのですが。まあ……ものの見事に壊れちゃってるので使えませんね。やー、壊れないようにと色々と工夫を凝らした素晴らしい一室だったのですが、絶級魔法を前にしてはお手上げですよ」
「…………す、すみません」
「ああ、いえいえ。決して責めているわけではありませんよ。単純に、絶級魔法というものが本当に規格外なだけなのです。――っと、そろそろ始めましょうか。ずっとお喋りするのは時間の無駄と言うものです」
そう言うと、ギメリアは何処からともなく眼鏡のような小道具を取り出し、装着。
まだ沈んでいない太陽の光を反射して、きらりと叡智を煌めかせる。
この世界にも眼鏡があるのかと思う反面、どうにもふざけている感じが拭えない士門。本人が人生は遊びだの、楽しめれば勝ちだの言っていたが、本当にこれでカイセルトのお付きとしてやっていけているのかは甚だ疑問である。
カイセルトが鼻で嗤い飛ばしそうな態度どんぴしゃりだと思うのだが。
と、士門がそんなことを考えていると、ギメリアは不意に話を開始した。
わざと見せつけるように眼鏡を指で押し上げた気がするが、ひとまず無視しておく。
「さて。シモン様、質問を一つ」
「どうぞ」
「サヴァ―リ様からはどのあたりまで聞いていますか? 魔法関連については」
「魔法についてはほとんど教えてもらっていないです。魔力がどういうものか、くらいですかね」
士門の言葉に、ふむふむとギメリアは顎を引く。
眼鏡の奥の瞳に納得を浮かべて。
「まあ、道理でしょうね。魔力が何たるかも知らない状態で、中級魔法を発動させたとなれば警戒して然るべき。しかも魔力の運用どうこうを飛び越えての発動ですから。さすがマリン様の身体を使っているだけあります。よっ、『魔女』!」
「からかわなくていいですよ。それで、魔法って具体的にはどういうものなのでしょうか」
「んー、まあ簡単に言えば魔力を使った現象全てのことを総括して『魔法』と呼んでいます」
「なるほど」
「えぇ、その通り。驚くべき適当さなのですよ」
思いこそしたが口にはしなかった意見を的確に当てられ、思わず顔を顰めそうになるのを堪えつつ、もしかしたらギメリアの、異世界丸出しの要素、スキルとやらは読心に似たものなのかもしれないと考える。
先程から察しが良すぎる。それこそ魔法のような鋭さだ。
スキルを使った現場を目撃したことはないが、そうなのではと疑ってしまう気味の悪さがある。
疑ってかかる士門を前に、しかし今度は特に反応を示さずギメリアは話を続ける。




