31話
何とか呑み込み、嚥下し、マリンという人物が置かれた状況を理解した士門。
しかし、消化し切れたかと言えば、即答でノーだった。
「…………」
大窓とも呼ぶべき、先程までの場所から離れ、適当な別の窓から外に出る。
新しく思い出した――教えられた魔法を発動させ、
「風属性中級魔法『風場』」
風で構成された足場を階段状に設置して、城の上、屋根に腰を下ろす。
標高が高いためか肌寒さを感じるものの、すぐに身体は『適応』した。
それは、士門がマリンの特異性の所以を知ったが故か。
ともあれ今の士門はボーっと景色を、正確には『胎造せし二』を覆う暗雲を視界に収める以上のことをしなかった。
否、出来なかったと言うべきか。
本来人が生きることのできぬ場所からこの国へやってきて、その身に宿した力は人の域を超えたもので、カイセルトと出会って、五年の時を過ごし、突然その生を終えた。
知りたかった、使っている身体の素性は、しかし士門には怒涛としか思えない密度で。
その上で、余りにも不明点が多かった。
何故人が生きえぬ場所で生きていたのか。
カイセルトと何があったのか。
どうして死んだのか。
よく考えれば、実年齢と思われる歳と肉体年齢が、カイセルト同様一致しない。
ラエスタルの言葉を事実とするならば、十五年前の時点で、五、六歳。そこから五年の後に死亡。
なら、十歳程度の少女相応の肉体であるべきだ。だというのに、士門が今動かすマリンの体は二十歳辺り。胸に関してはそれ以上。
『適応』の力があったから、死して尚肉体は成長していたのか。
だとすれば、成長したマリンの姿を見て城の人間がもう少し驚いてもいいはずだ。そのような反応は一つも見受けられなかった。
というか、『適応』という力がありながら、何故死した。
それこそ、暗殺などあり得ない。士門よりも断然『適応』を使い熟していたはずのマリンが、どうしてそれを許すだろうか。
自死であったとして、今度は動機が分からない。
カイセルトから、彼自身のことを聞ければ、その疑問は氷解するのだろうか。
マリンと何があったのかも、何故彼女が死んだのかも。
自分のことで割といっぱいいっぱいだった自覚がある。
その上で皇子たちへの警戒を行い、キャパはオーバー気味だった。
そこに『適応』の副作用があって、パンクした。
だが、いざ自己を固め、己の問題を解決して辺りを見回してみれば、そこにあったのは途方もない情報の山、谷、川、海。
錯覚でしかないが、自然を相手にするかのような感覚だ。
果たして、この情報を捌き、いつか士門がこの城の真実に辿り着ける日は来るのか。或いは、それを諦める日は来るのか。
一つずつ、積み重ねるように問題を解いていけばいいとは思うものの、積み上がったものの大きさが、それを不可能に思わせた。
「はぁ」
当たり前のように溜息が出る。
大自然の景色を前に、しかし昨日のように気分は高揚しない。
問題は城だけでなく、自分、というか自分が今使う身体にもあるのだと強く自覚せざるを得ないからだ。
「……はあぁぁ」
荘厳な城の上に座り、年寄りみたいな溜息を吐く美女(中身は社会人男)の図の完成である。
傍から聞くと意味分からん。
と、士門がもう一度溜息をぶちかまそうかと思った、そんな折。
「――お久しぶりでございますね、マリン様」
「っ!」
後ろから声。
気を抜いていたことを加味しても、気配を消すのが上手すぎる。
『適応』がありながら、暗殺されることなどないだろうと言った手前、殺られるわけにはいかないと素早く振り向く。
すると、そこには。
「あぁっと、今はシモン様でしたか。失敬失敬」
「…………どちら様で?」
マリンの肉体を動かす者が士門であると知る、燕尾服に身を包んだ茶髪の麗人が立ち、笑みを浮かべていた。
反射的に警戒を強める。
それを察したのか、笑みを崩したその何者かは慌てた様子――に見せかけた余裕ある仕草で咳ばらいを一つして、
「名を名乗らぬご無礼をお許しいただきたい」
「構いませんが」
「さすれば、自己紹介をば。私はギメリア。カイセルト様のお付きをやっております、はい」
名乗りを上げた女――ギメリアは、再び笑う。
対する士門はと言えば、まさかの人物の登場に内心で目を見開いた。
「いやー、驚いているご様子。うむうむ、中身が変わっても驚いた時の反応が変わらないところも含めて面白い御方です」
「えぇと、カイセルト様のお付きさんが……どうしてここに? 何か伝言でも?」
「ああ、いえいえ。確かに伝言を頂いてはおりますが、それは主目的ではございません」
「では、何が……」
「それがですねぇ。バラム殿下との決闘において、お二人とも絶級魔法をお使いになったではございませんか。その余波凄まじく、バラム殿下の魔力が途中で枯渇しなければ歴史に刻まれるほどの被害を生んだことは明白です。
と、さて。それだけの衝撃があって、一人の怪我人も出ていないというのは可笑しなもの。まあ、この城にいる者が全員卓越した武人であることはそうなのですが。あそこまで広範囲ですと、回避も難しく」
やけに長々と話すギメリアに、士門が微かな疑心を抱いたところで、待ってましたと言わんばかりにギメリアは僅かに声量を上げ、結論を述べる。
「まぁ、手短に言いますと。シモン様の監視をしていたサヴァ―リ様がお二人の魔法の余波で怪我をされまして、もう監視が不可能とのことで私が参りました。あくまでも緊急故の措置ですがね」
「サヴァ―リさんが? えぇと……大丈夫なのでしょうか」
未だ全容ではないとはいえ、第四以上の皇子をカイセルトが警戒する理由が判明した上、士門にとってサヴァ―リ、そして第二皇子マガセルが絡んだ人物は敵という認識だ。
ので、監視の目として士門の行動を妨害していたサヴァ―リが士門の近くからいなくなることは決して悪いことではないのだが。
とはいえ、怪我をしたとなれば心配してしまうのが日本人。
監視が不可能とまでされたのなら、疑いようもなく大怪我。重傷だ。
命の危険があるのではと、喜べばいいのか心配すればいいのか、どっちつかずのまま安否を問えば、ギメリアはけらけら笑い出した。
「……え?」
「あははははははははは! いや……いや、失敬。ぷ、ははは……いや本当に、申し訳ないっ。はー、はー……あー、面白」
「笑う要素はどこに?」
思わず士門の口調も混じった言葉を放れば、返ってくるのは腹を押さえて、まだ余韻に腹筋を行使するギメリアの笑い声。
そこからたっぷり十秒以上その時間を継続し、なんとかギメリアは乗り切ると、笑い過ぎで溜まった涙を拭いながら言う。
「失礼。会ったことはありませんが、異世界人とは皆、このような者たちかと思うと、中々に面白く。ぷふ……はー、失敬」
「そんなに面白くはないと思うのですが。というか、この世界に異世界人って他にもいるのですか?」
「ええ。あくまでも噂程度、この国ではまず遭遇不可能ではありますがね」
「と、言いますと」
「我々『魔人族』と敵対する『人間族』は、異世界から人を召喚し、主従の契約を結ぶそうなのです。海で分かたれたラドルグ帝国と『人間族』の国、ノウラス王国とでは、移動は困難を極めますがね」
ここに来て、思わぬ情報が舞い込む。
どうやら、異世界人、ともすれば地球の日本に住んでいた人間がこのアレーナにいる可能性はゼロではないらしい。
同郷の人間に会える希望が見えたが、しかし『魔人族』と『人間族』の関係が良好ではなく、また今の士門を取り巻く関係を思えば、まあ無理である。
加えてこの世界を士門より知る人物が移動は困難を極めると言った以上、その無理そうさ加減はさらに強まる。
ひとまず諦めるしかないと割り切って、士門は話の続きを促した。
「そうですか。それで、サヴァ―リさんの方は……」
「ああ、忘れていました。まぁ、大丈夫でしょう」
「でしょう、と言われましても」
「いや何、シモン様の監視となる給仕の選定において、自らの給仕を据えさせたマガセル殿下がたかが怪我程度で監視の座を降りるとは思えない。となれば、これはマガセル殿下にとって一つの作戦。我々への何かしらの策略とみて然るべきです」
「つまり……どういうことなのでしょか」
「有り体に言えば仮病……ま、虚偽でしょうね。サヴァ―リ様は怪我どころか傷一つ負っていないと思われますよ」
事も無げに、ギメリアは士門に告げる。
思う、と決して断言するわけではない口調でありながら、しかし瞳の奥は確信に似たものが見て取れた。




