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30話

「……死……え?」


「死んだ。皇帝を超えるとさえ言われた女が、人を遥かに凌ぐ力を持っていた女が、呆気なくな。

 報告したのはその場にいたカイセルト・ラドグラーゼだった。暗殺か、自死か、何もかもが分からない。少なくとも、俺たちには、だがな」


「それはどういうことでしょうか」


「死んだ当の本人と発見者、そして皇帝陛下がどうかは知り得ないということだ。考えられるとすれば、現第一皇子と第二皇子もあり得るか。第三は分からん」


 口ぶりからして第四皇子であるラエスタルは、マリンの死の真相を知らないようだが、皇帝と第一から第三皇子はそれを知っている可能性がある。

 カイセルトが皇帝と第四より上を敵対視する理由は、もしやそれか。となれば第四を含めた理由は不明だが、目の前の男が自身が不利にならないように隠している可能性も考えられる。


「そう、ですか」


「貴様の生は、そこで終わった。それより十年目覚めることはなく、十年が経過した今になって貴様は記憶を失い目覚めた訳だが。

 さて、到着だ」


 そう告げたラエスタルは足を止め、着いた廊下に設置されている巨大なガラス窓の先へ視線を向けた。

 位置にして城の最北端。

 窓の先に見えるのは、広大なラドルグ帝国の敷地だった。

 どこから見ればいいのか分からなくなるほどに、余りにも広い。ラエスタルの視線が指す場所を見つけんと『疑似視覚』を動かすも、それは叶わなかった。


 ここに連れてきた意味とは何なのか。

 思考を巡らせると、不意に。


「貴様がこの国で、この城で『魔女』と、ラドルグ帝国の希望と呼ばれた理由は言ったな」


「えぇ……赤い瞳と『適応』の力と……」


「そう、他に幾つか、だ。正確には二つ。貴様は行使しなかったようだが、その赤の双眸は、真っ当な『魔人族』でいうところの角だ。貴様に角が無いのは、両目がその役割を果たすため。必要が無いから消えたに過ぎない」


「そういえば、確かに」


 ガラスにうっすらと映るマリンの全身。

 その額に、輝く銀髪こそあれ、そこから生える角は見当たらない。

 結局自身の外見を確認することなくここまで経過してしまったことを思い出しながら、士門はラエスタルの発言に賛同した。


「『魔人族』にとって、角とは種族の特性でもある支配属性魔法の発動を補助するものだ。角を持たない他四種族にこの魔法を使えないのはそう言う理屈。

 では角を持たず、その機能を瞳に宿す貴様はどうなるか」


「…………」


「視認、即ち発動だ。目を合わせれば、一方的に見られれば、支配属性魔法による支配は為る。本能的にそれが分かる。故に『魔人族』は貴様の双眸に見られることを嫌い、恐れる」


 目を合わせたがらず、合わせたサヴァ―リやラエスタルが難色を示した理由が明かされた。

 本来であれば、『魔人族』の支配属性魔法は、それを付与した攻撃を当てなければ発動しない。

 そこを見ただけで発動できるとなれば、なるほど強力にも程がある。


「そして『適応』。その本質は貴様の方が理解しているだろうがな。状況への『適応』を行い、半ば反射的に最適解を導き出すと、俺はそう聞いている。真偽は知らん」


 投げやり気味ではあったが、およそラエスタルの言った通りで間違いはない。

 焦点は、その『適応』の許容範囲が余りにも広いこと。

 絶級魔法に対し、絶級魔法をぶつけるなんて荒業すら可能な『適応』もまた、凄まじい性能だ。しかも未だ底を見せていない。


「話を戻す。――そもそも、貴様のその力は一体どこで手に入れたのか。人の手には余るその力は、果たしてどこで。それこそが、貴様が希望とされた理由の、残り二つだ」


 そこまで言って、ラエスタルは指をさした。

 城の最北端であるこの場所から見て、北西。

 釣られて視線を向けた先には――


 ――暗雲渦巻き、その先見えぬ謎の場所。


 雲の先に見えるのは、雷に、雪に、雨に、光。一言では言い表せぬ数の何か。


「あそこは、一体……」


 疑問を口にすれば、ラエスタルは答える。


「この星の創世より予言された、世界を滅ぼす十三の厄災。或いは暴走する魔獣の現象であり、或いは百を超える死を乗り越え、或いは荒ぶる毒で命を屠る。

 あれはその、『破滅への十三(アポカリプス)』の一つ。異常気象を無限に変動させ、訪れる人間を殺し、人類の敵たる魔獣を生み出し続ける地獄。名を『胎造せし二(アビス)』。

 人が生きれぬ場所にして、マリン・モーガンル。貴様がやってきた場所だ」


「人は、生きれないのでは?」


「ああ、だからこそ貴様は注目を集めた。それだけでは済まなかったがな」


「……どういう」


 人が生きられぬはずの場所からやってきた。

 それだけで十分に驚くべきこと。


 しかしラエスタルはそれだけに留まらないと、そう告げる。


「『胎造せし二』は、『破滅への十三』であるが故に、異常な魔力を周囲にばら撒いている。その副産物として、常識に当て嵌まらない物質を発生させた」


「それと、どういう関係があるというんですか」


「『異質なる(ミュータント)鉱石(マテリアル)』。内包する魔力の余りの多さに、扱う者の命すら蝕む代物だ。

 ラドルグ帝国にやってきた貴様はすぐにこの城に招かれ、そして五、六の少女に出来得る限りの聞き取りを行われた。その過程で分かったことだ。

 ――貴様は『異質なる鉱石』を、食っている」


「え?」


「死ぬのではないか? ああ、当然死ぬ。本来であればな。

 偶然か、はたまた必然であったのかは不明だが、貴様は『異質なる鉱石』を喰らって尚、命を繋いだ。それどころか、赤い瞳と『適応』という二つの力を手に入れさえした」


「…………」


「自覚しろ。いや、自覚し直せというべきか。記憶から抜けたのなら今ここで思い出せ。貴様はこの世界で唯一、厄災から発生した異常に適応した『魔女』なのだと」


 想定はしていた。

 士門が出来得る限り、最悪から最善まで、ありとあらゆる可能性の想定を行った。

 それでも尚。

 遥かに超える現実が、視線の先にはあった。


 ラエスタルは固まる士門の姿を一瞥し、一言吐いて去っていった。


「俺からの、マリン・モーガンル・ラドルグホープという女への情報は以上だ。精々噛み締めるといい」


 一人残され、士門は窓の外、『胎造せし二』と呼ばれた異常地帯を見たまま。

 ラエスタルが去った後、数分動かず。

 ようやく呑み込めた状況を前に、心からの言葉を吐き出すように紡いだ。


「……ファンタジーが過ぎるだろ……」

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