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2話

「え、うぇ、な、ん!?」


 声にならない声を上げて、士門は自身の体の異常への困惑を表明する。

 が、発した声すらも女性の高いそれだ。どう頑張っても士門が今まで慣れ親しんできた自分の声ではない。

 声に出して少しでも紛らわそうとしたと言うのに、それがむしろ逆効果となって士門を襲う。


(ま、まじで何がどうなってるんだよ)


 と、声を発するのをやめて心の中で愚痴りながら、士門は更なる状況の整理を行――おうとして、それを誰かの声によって止められた。


「――成功ではあるようだな」


 その声が聞こえたのは士門の丁度真後ろ。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは士門の今の体と同じく褐色の肌と、黒髪をもつ青年。歳は十七、八あたりだろうか。顔立ちは大人びた印象を受け、身に纏う衣服の荘厳さがそれを引き立たせていた。


 どこからどう見ても美青年。

 地球ではまずお目にかかれないだろう顔面偏差値である。


 しかし、士門の視線はそこではなく、その青年の額に向けられていた。


「角……?」


 そう、青年の額に黒色の角が生えているのだ。

 一瞬コスプレ大会の会場の可能性が視界をかすめる。角は偽物には見えないが、最近の特殊メイクの技術力を以てすれば或いは本物に見せかけることも可能かもしれない。

 まあ、どれだけ特殊メイクの技巧が優れていようが、士門の体が女になっていることに関しての説明はできないが。


 ともあれ困惑を抱いた思考を巡らせていると、青年は視線を士門から、その周辺に移し、ぐるっと見渡した。

 釣られて士門も青年と同じ方向に視線をやると、


「……人いたの?」


 今士門がいる空間に光源が少なかったためはっきりと見えなかったが、目を凝らせばローブを着た十数人もの人間が、どこか疲弊した様子で立ち並んでいるのを確認できた。

 位置関係的には、大理石のような素材でできた台座の上にいる士門を、青年含めた何者か達がぐるっと囲んでいる具合だ。


 反射的に両手で胸を隠そうとするも、上手く行かない。

 それもそのはず。

 この体、全体的に細い。だというのに胸部装甲にメロン二つを採用した謎機体だ。コンセプトが知りたい。

 何をどうしたって細腕二本でメロンを抱えきることなど出来ない。


「くっそ……」


 と、割とどうでもいいところで士門が悪戦苦闘しているのを尻目に、青年は疲弊した様子の人間にこう告げた。


「まず、儀式への尽力、心より感謝する。貴様らがいなければ成功はなかったはずだ。そして――席を外せ」


 有無を言わさぬ、とはこのことか。

 状況に置いてけぼりの士門でさえ感じるほどの威圧感を醸し出しながらの反論させる気一切なしの青年の言葉に、しかし一人が反論する。


「で、ですが! 貴方様お一人では危険です! 我々も共に!」


 どうやらそれが他全員の総意であったらしく、うんうんと頷く青年と発言者を除く全員。

 多数決であれば圧勝だが、青年は一言。


「疲弊した貴様らに気遣われるほど柔ではない。二度は言わぬ、席を外せ」


「…………は」


 絞り出すような了承を口にして、ローブ姿の十数人はこの空間から出ていった。

 士門としては、真っ裸の状態で数十人に見られながら会話するのは勘弁してほしいが、先の会話を聞いて、この青年一人と一対一で会話をするのも危ない気がしてきて複雑な心境だ。


 とはいえ、もう今この空間には士門と青年の二人だけ。

 こうなってしまった以上、このまま今の状況を探っていく他ない。

 まあ、一応士門の中で信じたくない結論が出てはいるのだが。主に友人のおかげで。


「さて――異邦人よ」


「…………」


「何を考えているかは知らないが、素直に喋った方が身のためだ。無論、貴様がこの俺に勝てるというのなら黙秘を止めはしないがな」


 その言葉を受けて、士門はもう一度青年の姿を確認する。

 これ以上ないほどに似合っていると言っていい高貴な衣服を身に纏い、鋭い気をこちらへ僅かながらに放つその姿は、士門がこれまで生きてきた中で会った誰とも類似しない。

 青年が先程士門に言ったように、士門もまた青年を異邦人と――否、もはや異世界人と形容してしまいそうだ。

 それほどまでに目の前の青年は、士門の常識に当て嵌まらない。

 服装も、その顔のイケメンぶりも、何故か生えている角も。


 そして、もう一つ。

 士門の視線がゆっくりと上半身から下半身へと移っていき、およそその半ば。

 腰に当たる部分に差し掛かったところである。


 ――どう見ても剣のものにしか見えない柄が、腰の左右に一つずつ。

 つまり、帯剣している。武装している。


 相手は武装しており、自分は武装していないどころか一糸纏わぬ真っ裸。

 加えて、士門は喧嘩の経験を持ち合わせていないし、この体の間合いも分からない。ともすれば歩くことすらままならない可能性があるほどだ。

 どうあがいても勝ち目はないだろう。


 というか、これだけ理路整然と理由を並べるまでもなく、本能が告げている。

 目の前の青年に、鳩羽士門は敵わないと。


「はい、分かりました」


「賢明だな。力の差も分からず命を棒に振るような愚図ではなかったことをまずは喜ぶとしよう」


 なんとなく、いちいち鼻につく奴だな、と士門が考えてしまったのはさておき。


 少なくとも、最低限の対応――こちらの言葉に応答してはくれそうだ。

 微量でも情報が欲しい士門としてはこの機を逃す手はない。

 青年の機嫌を損ねないように、上手く引き出すことをこの場での目標と定めて臨む。


「質問があるのですが」


「構わん。貴様が今頭に浮かべた疑問のほとんどは回答が可能だろうからな」


「では遠慮なく。……ここはどこですか?」


 士門が生きた街なのか。それとも別の都市なのか。はたまた他県、或いは海外か。

 もしくは――


「――貴様も感じているだろうが。ここは貴様がこれまで生きていた世界とは異なる世界、異世界だ。あぁ、ここはどこか、という質問だったな。で、あるならば詳細に述べようではないか」


 そう言うと、青年はどこか芝居がかった動作で手を広げ、士門を見つめて、


「ここは北東に位置する国、ラドルグ帝国。その皇帝たるハイレナス・ラドグラーゼの居城だ。

 貴様には悉く突きつけよう。心して聞き、逃げずに刮目せよ。

 ――ようこそ異邦人、いや異世界人よ。我らが世界アレーナが誇る五大国の中で最も残酷な国へ」

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