28話 ※別視点あり
「……は?」
思わず、疑問が口から零れる。
身体が強張り、バラムへの接近を止める。
兄様、と。カイセルト兄様と、バラムは今、そう言ったのか。
士門の中で、カイセルトの年齢は十八やそこら。対してバラムは二十代半ばと言ったところ。
合わない。兄弟であることは確定だとして、どう考えても年齢と関係が合っていない。バラムが兄で、カイセルトが弟であるはずだろう。
にも拘らず、カイセルトを兄と呼んだ。
その理由はなんだ。何がある。士門は知り得ない、何が。
加えるなら、バラムの言うあの御方とは、皇帝ではなかった。
もし仮に、その人物がカイセルトだと言うのなら。
王座に座れたとすら言われるほどの実力者が、どうして弱肉強食を常とするこの国において、悪い立場に置かれている。
何か、何かしらの違和感が士門を襲う。
言語にするにはまだ情報が足りていない。
しかしどこかで繋がりそうな、そんな感覚。
バラムの治療よりも、士門はそちらを優先してしまう。
その隙に、いつの間にか現れた給仕服を身に纏った女性がバラムを運んでいく。
数は八人。バラムに仕える給仕たちであった。
七人が迅速に行動を終え去っていくのに対し、一人のみが未だ固まる士門を向き、睨みつけながら言った。
「この借りは、返させて頂きます」
士門の返答を待つことなく、そのままこの場を後にした。
その一言で、固まっていた士門が我に返る。
反射的に視線を向けたのは、カイセルトがいた方向だった。
しかし、いない。
当然だが、絶級魔法の衝突に際し、辺りは崩壊している。
発動を察知し、余波の届かぬ場所まで避難したと見るのが妥当だろう。
「聞きたいことがあるってのに……」
近くに気配がしないのをいいことに、士門本来の口調で悪態をつく。
バラムから出た情報のほとんどがカイセルトのものだ。本人に聞くのが最も手っ取り早いとの考えだったのだが、何とも間が悪い――否、因果応報か。
もう一度、今度は内心で悪態をついてから、ひとまずどうしたものかと考える。
カイセルトに話を聞きに行く。ラエスタルのもとへ行く。
選択肢はあるが、その前に。
「この惨状、どうすれば」
荘厳であった城を滅茶苦茶にした後片付けを行わなくてはならない。
ここまでの規模となると、相応の時間がかかることは想像に難くない。
こういう状況を何とか出来る魔法が、マリンの知識にないかと頭の中を漁っていると、
「及第点、だな」
「…………厳しいですね」
「当然だ。本来であれば、被害はこれだけに留まらん。下手をすればこの国が滅びかねん」
「そう言われると、こちらとしては言い返せませんが」
退避していたはずのカイセルトが、気づけば声が聞こえる程度の距離まで近づき、その姿を見せていた。
顔に浮かんでいるのは、言葉通り『まあ、それなりだな』とでも言いたげな表情。
憎たらしいほどだが、しかし士門も痛感している。『適応』の限界はそこで終わりではないと。
と、そんなことを考えて。
「いえ、そうじゃなくて。これ、どうすればいいんでしょうか?」
「ふむ……まあいずれこうなる可能性はあった。気にする必要はない」
「えー、そんなこと言われても……」
「はっ、感覚はやはり庶民のそれだな。下らん。今貴様が気にするべきは、マリン・モーガンル・ラドルグホープのみだ。ラエスタルより話を聞くがいい」
意図して今士門が真に疑問としている事柄を避けていると、そう感じた。
確かにマリンについて、士門は知らなければならない。
けれど、バラムの言った内容を加味すれば、カイセルトの情報もまた、士門は知らなければいけないように思う。
この世界に来て、初めて会話した人物。良くも悪くも士門との縁が深い人間なのだから。
「…………」
それ故に足踏みしてしまう士門。
見やり、目を細めたカイセルトは嘲る様に身を翻し、足を動かしながら言った。
「――いずれ。俺のことを話す機会はいずれ来る。否が応にも、な。その日を待て。三度は言わん。今貴様が知るべきは、マリン・モーガンル・ラドルグホープだ」
「…………はい」
少しの逡巡を挟んだ後。
士門はこの場を後にするのだった。
◇
「初めからそうしていればいいものを。やはり価値観は俺と合わんな」
後ろへチラリと視線を向けたカイセルトは、走り去る女の後ろ姿にそう零した。
溶解し、その上で固まった、元城であったものの上を少しずつ歩いて登り、目指すのは丁度良く出来た、ちょっとした瓦礫の丘の頂上。
「急造ではあったが、使った身体が身体だ。精神が安定してさえいれば『適応』を使うに不足はあるまい。それなりの力は備わった。仕方がなかったとはいえ、バラムには悪いことをしたな」
一歩ずつ、一歩ずつ。
それは地味で、けれど着実な確かな歩み。
時間をかけて、ゆっくりと。
――『……あぁ、何故だ。何故災厄に魅入られてしまったのです。何故『魔女』に魂を売ったのですか』
「はっ、奴もおかしなことを言う。そんなはずがないだろう」
嘲笑。
聞こえたバラムの一言は、カイセルトにそれをさせるのに十分なものだった。
一歩。
遂にカイセルトは登り切る。
見えた景色は、高原の風景。
見晴らしは良く、開放感溢れる自然を映した一枚。
その景色に微かに目を細め。
カイセルトは、今まで出したことのない歓喜の声色で告げる。
――『この惨状、どうすれば』
「気にする必要など、どこにもありはしない。ああ、本当に。本当に、丁度良い」
その意味は、誰にも分からないまま。
吹いた風に攫われた。




