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27話

 明らかに目上を指すその言葉を前に、バラムが第一皇子であることを加味して咄嗟に思いつくのはラドルグ帝国皇帝ハイレナス・ラドグラーゼ。

 マームの言っていた『あの方』も、もしかすれば皇帝を指した言葉だったのだろうか。


 となれば、マリンは皇帝からすら恨みを買っていることになる。

 およそ国全てを敵に回したその行動力への想いが、畏敬の念すら突破したが、士門にとって迷惑であることもまた覆しようがない。


 が、ひとまずバラムの話は士門には身に覚えのない話である。


「私は、何も覚えてはいません」


「嘘を吐くな、『魔女』」


「嘘ではありません。仮に嘘だとして、何故私がそんなことをする必要があるのです」


「そんなもの……そんなもの、僕が知ると思うか!? 君のような人智を超えた化け物の思惑を、知り得ると本気で思っているのか!?」


 『双翼』にかかる重みが増す。

 バラムが直剣に伝える力を強めたのだとすぐに分かった。


 そして察する。

 先の『灼火煉獣』と言い、今の問答といい、目の前の第一皇子は正気ではないと。

 それだけのことをマリンがしたのか、はたまたバラム自身の問題か。

 どちらにしろ、まともに話をできるだけの力が、今のバラムにはない。


 一度、冷静にさせる必要がある。


 どうやって。

 ラエスタルと同じように、しかし自己を失わず、圧倒的な力で以て叩き伏せる。


 ――『適応』。

 『適応』『適応』『適応』『適応』『適応』。


 直剣を弾く。

 『適応』を重ねた士門の肉体は、マリンの細腕はそれを為すだけの膂力が何故かあった。しかしその原理はもはや考えない。


 よろめくバラムを追うことはせず、『疑似視覚』を解除する。

 当然、視界は真っ黒に染まり、何もかもが見えなくなる。

 よって、士門は目を開く。


 『魔人族』の恐怖の象徴は、開眼した。


「第一皇子、バラム・ラドグラーゼ様」


「何を……何をする気だ」


「『魔女』でもこの国の希望でもない、ただの私と、踊っていただけますか?」


「…………」


「では、肯定ということで」


 強引に了承を得て、『適応』によるものか、強化された脚力で以て彼我の距離を消す。


 そして『双翼』の片翼が、バラムが反射的に防御に回した直剣を迎え撃つ。

 再びの鍔迫り合い。

 が、『適応』を重ねた士門と、絶級魔法により疲労の色を見せるバラムとでは、士門に軍配が上がる。


「……っ」


「張り合いがありませんね。女性と踊ったこと、あります?」


 無論士門にはない。

 口から流れるように零れ出たその言葉は、士門にブーメランであった。


 その思いを振り払い、見開いた赤の瞳でバラムを見れば、第一皇子ともあろう者が恐怖を顔に巻き散らしていた。

 決闘前の顔面偏差値の高さが見る影もない。

 思い返せば、瞳を布で隠さずにいた時のサヴァ―リの反応も同じようなものだった。

 確かに恐怖の象徴。その対象が皇子にまで及ぶのだから、全く以て『魔女』である。

 その『魔女』の赤い瞳を真っ向から見据えた皇帝は、明らかに第一皇子と隔絶した何かを持っているに違いないが、今は目の前の皇子だ。


 このまま鍔迫り合いを続けることは可能ではある。

 膂力の点で士門が勝っている以上、バラムから均衡を崩すことはまず不可能だからだ。

 退こうが、追従するだけ。士門にとって未知に近い代物である魔法も、絶級魔法を撃ったことで弾切れだ。


 しかしそれでは意味が無い。

 マリンの力で叩き伏せることは変わりない。

 故に士門は『双翼』に込める力を抜き、数歩下がる。


「どうぞ、どこからでも」


 敵の全力を敢えて誘うことを選んだ士門に、バラムは一瞬言葉を失い、次の瞬間には直剣を構え、感情を恐怖から憤慨に変えて疾走した。


「化け物、がぁ!」


「…………」


 士門の言葉通り、四方八方。

 ありとあらゆる角度からの、命を狙う剣戟。

 どこか舞のような美しさを思わせるそれは、実戦で使えるほどに洗練された達人の技。

 ラエスタルのものよりも鋭く、速く、重い。疲労を溜めて尚、これだけの力。

 『適応』がなければ『灼火煉獣』で終わっていたことを考えれば、なるほどこれが第一皇子。皇帝には届かずとも、この国の中で最も皇帝に近い男の力。


 だが、その剣戟が一つでも士門に届くことはない。

 一閃に『適応』し、一瞬に『適応』した士門の、マリンの肉体は、千を超えるバラムの芸術とすら思える斬撃の全てを『双翼』で以て撃ち落とした。


 そこにあったのは、ただ純粋に力の差。

 ともすれば、皇帝すら凌ぐマリンの力を前に、バラムはあるものを幻視する。


「災厄が! 何を以てここを選んだ! あの御方を選んだ!」


「…………」


「君さえいなければ! ――王座に座っていたのは、彼だったのだ!」


 血を吐くように、バラムは叫んだ。

 その内容は、バラムの言うあの御方とやらが皇帝であると予想していた士門にとって、微かに動きを乱れさせるに十分なもので。


 その乱れに乗じて、バラムは距離を取る。

 士門はそれを追わない。

 あれだけの剣戟を繰り出し、既にバラムの体力は限界に近い。

 放てる最後の一閃のための距離なのだと直感する。


 全力。

 乗せられるだけの力を乗せて、バラムは剣を振り抜くだろう。

 それはこちらにとっても都合が良い。

 全力を、全力で叩き伏せる。それこそが、士門の目的故に。


 両者共に、数度目の停滞。

 が、止まったのは身体のみ。

 その身から溢れ出る膨大な闘気は、絶えず動き続けていた。目前の敵を、一人は討ち果たすために、一人は叩き伏せるために。


 張り詰めた緊張が、崩壊し、開けた場を満たす。

 いつ切れるか分からないその糸は――


 ――今、切られる。


「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」


「……シッ」


 裂帛の気合と、息を抜く音。

 それらが聞こえるが速いか、宙に糸を引くのは黒と銀。

 交差は一瞬。後は駆け抜けるだけ。


 しかし、その静寂の光景の終わりを告げるように、パキリと音がして。

 黒が、倒れ伏した。

 傍らには半ばから折られた業物の直剣。彼の愛剣に他ならない。

 倒れ、地面に接した前半身から、じわりと血が滲む。


 それを為した銀の女は、無感動にそれを眺め、一言。


「私の勝ち、ですね」


 言って、士門は倒れるバラムに近づく。

 剣のみに留めるはずが、まだ『適応』を使い熟しているとは言い難いのか、バラムまでも斬ってしまった。

 地面に流れる血はそのためだ。

 申し訳ないので魔法で治そうと、そう思っての接近である。


 が、その最中。

 士門の耳はバラムのある言葉を拾う。

 掠れ、微かに泣くような声で。


「……あぁ、何故だ。何故災厄に魅入られてしまったのです。何故『魔女』に魂を売ったのですか。あぁ、嗚呼……――カイセルト兄様」

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