25話
陽が落ち、そして昇る。
新たな一日の開始。
その合図である朝日の光が、士門に届くことはない。単純にマリンの私室に窓がなく、外の明かりを取り入れることが出来ないためだ。
そんな士門が一日が始まったことを知ったのは、
「――良い夜は過ごせたか?」
「皮肉ですよね?」
他でもない、昨日士門を思考に潜らせた張本人。
異世界に来て初日だというにも拘らず、士門に無理難題をふっかけ続けたカイセルト・ラドグラーゼその人だった。
どう考えてもこちらを煽っているようにしか見えない発言を前に、思わず確認を取れば当然返ってくる言葉は決まっている。
「愚問だな。自己すら掴み切れぬ凡愚にやる言葉などこれで十分だ」
「……返す言葉はございませんが」
「ふん、昨日の貴様とは多少違うようだな。命令は遂行できたか、『魔女』よ」
「最低限、やることはやりました」
「心許無い返事だな」
カイセルトの言葉に、士門は内心で同意した。
何故ならば、士門が思考を巡らせ、そして辿り着いた答えが『睡眠』なのだから。
睡眠時間はおよそ五時間。地球にいた頃の士門であれば考えられない時間だが、不思議とマリンの体に不調はない。
幾つも考えた。
どうすれば自分を自分と証明できるか。
それはある例外を除き、文句なしに悪魔の証明である。
何を以て自己とするのか。そんなもの、そう易々と導き出せるものではない。
しかし、士門はその例外に位置していた。
マリンの体を使い、マリンの意識が混ざりあいかねない状態にある。
だが、それ以前の、鳩羽士門としての記憶がある。鳩羽士門として生まれ、学び、働き。
そして、睡眠に情熱を注いだ記憶がある。
その記憶こそが、鳩羽士門が、その名の男が、地球で生き、人格を形成した証。
どうあろうとマリン・モーガンル・ラドルグホープと交わらない、士門だけの領域。
ので、寝た。
この世界で目覚めた直後と同じように。
部屋の中心に据えられた台座に寝そべり、力を抜き、目を閉じて眠った。
不満点は幾つもあるが、それでも動かしていた頭を休みにつかせた。
笑ってしまうほどに馬鹿みたいで、短絡的なことこの上ない。
だが、それでいい。
今この状況、マリンという女性の体を使っている士門には、このくらい簡単なことでいいのだ。
たったこれだけで、この状況であるがゆえに、士門は士門を認識し、確立させられる。
「……まあいい。貴様のその言、嘘か真かは戦いを見て判断してやる」
「ありがとうございます」
「貴様の失態は俺の失態だ。忘れるな、ともすれば俺と貴様、双方の首が飛ぶことを」
「はい」
「……行くぞ」
身を翻し、部屋を出ていこうとするカイセルト。
その後ろを士門はついていき、いつの間にかいた――というよりは部屋の前で待機していたのだろうが――サヴァ―リがさらに後ろを歩く。
向かうは第一皇子、バラム・ラドグラーゼの待つ、決闘の場所。
微かに早まった鼓動に、士門は自身の緊張を悟るのだった。
◇
歩く中で足を踏み入れたのは、先日のサヴァ―リの案内では立ち入れないとされた一帯だった。
確かサヴァ―リの説明だと、王族間でしか使用を許されない場所、だったか。
今回の場合、王族と記憶を無くした『魔女』で決闘することになるのだが、そこは第一皇子の権限で押し通したのだろう。少なくとも今士門が気にかけることではないなと頭の隅に追いやる。
そして辿り着いたのは――果たして何と言えばいいのか。
士門がその光景を『疑似視覚』に収め、最初に思い浮かべたのは小さくはあるが闘技場。
上を青空が覆う中、中心に目を引くようにある、リングに似た空間。
その周りには多少の数の人間なら入れられる客席のような場所。
まさしくコロッセオ。
だが、仮にも王族の住まうこの城にある設備を、闘技場と呼ぶのは如何なものか。
何か他に、もっと素晴らしい呼び方はないものかと思案する士門。
それを尻目に、カイセルトは口を開いた。
「ここが選別の間だ。マリン、急ぐといい。第一皇子は既にいるぞ」
そう言われ、選別の間と呼ばれたこの空間の中心を、士門は今一度見やる。
すると、いた。
動きやすい軽装を身に纏い。
片手に直剣、空くもう片手に杖を持ち。
士門がこちらに気づいたと察するや否や、闘気をぶつける男が、そこに。
第一皇子、バラム・ラドグラーゼはいた。
「…………」
「怖気づくか? 今更無駄なことをする。この場に来た以上、貴様に選択肢は与えられん」
「分かっています」
「はっ、ならば行け。忘れるな、貴様の言がどちらなのか、俺はここで見定めるぞ」
カイセルトの言葉を聞きながら、士門は足を動かして進む。
見据える先は、未だこちらへ闘気をぶつけ続けるバラム。
剣呑な雰囲気を多分に含んだその闘気は、間違いなくこちらへの悪感情から発生したもの。
ラエスタルのそれに似ていて、しかし非なる代物だろう。
第四皇子だけに飽き足らず、第一皇子にすら何かしらの因縁を持つに至ったマリンという女性に、もはや畏敬の念すら沸いてきたのはさておき。
不思議と落ち着いている。
思い返せば、皇帝を前にし、威圧を受けて尚士門の体が竦むことはなかった。
それがマリンの体を使っているが故だということは、朧げながら理解している。
正と負。相反する二つを士門に与えるあたり、『魔女』と呼ぶに相応しい存在だと、半ばリラックスした頭で士門は考える。
そして、遂にバラムの待つ決闘の場に士門は足を踏み入れる。
と同時。
バラムの放っていた闘気が鳴りを潜めた。
「よく来てくれた」
「誘いを、断ることなど出来ません」
「そうか。ならば僕が願うではなく、誘いとして君との決闘を望んだのは間違いではなかったと言える」
王族に共通する黒髪に、同じく黒い角。
整った顔立ちは、どこか優しい雰囲気を醸し出している。所謂優イケメンと呼称される人種。
年齢はおおよそ二十代。後半にギリギリ届かないくらいであろうか。
しかし、手にする物々しい直剣と杖が、その顔とアンバランスさを感じさせる。
が、何より士門の気を引いたのは、カイセルトとラエスタルに見られた傲慢さが欠片も感じられないこと。
というより、『魔人族』の王族としてこれまで生き残ってきただけの実力が、現在感じ取れなくなっている。
先程まで発されていた闘気は紛れもなく本物だった。純然たる強者のそれ。
そう言い切れるのは、皇帝の威圧をこの身で感じているからだ。あれには及ぶまいが、それでも高次元であることは疑いようがない。
その男を前にしてみれば、それを感じないというのは余りにもおかしな話。
十分に上げていたと思っていた警戒を、さらに引き上げるにはこの上ない懸念材料であった。
「それで、我らが希望よ」
「なんでしょうか」
「記憶を失った、とは真か」
「……皇帝陛下の前で、申し上げた通りです」
「そう、か」
突然の問いに僅かな動揺を浮かべながらも、間を置くのみに留めて士門が答えれば、バラムは一度瞑目し。
瞼を上げると同時。
「ならばその言葉、このバラム・ラドグラーゼが偽りと断じよう」
そう宣言し、杖を地面に叩きつけた。
そして。
「これより古からの決闘を、第一皇子の名において行う! 残るは強者のみ! 生きるは強者のみ! 故に、言祝げ! 即ち、こここそが決戦の地! ――儀式魔法『魔人之血戦』!」




