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24話

 出来ることなら戦いたくはない。

 さてどう返したものかと考えを巡らせれば、結果として生まれてしまった隙をカイセルトは見逃さない。


「渋る理由はなんだ? 聞けば今日、貴様はラエスタルと戦ったそうだな。もう一度交えればいいだけだが」


「……その、簡単に言えば、怖くなりました」


 大人の男が言っていいことではないだろう。

 だが、それは士門の偽らざる本心であった。


 これ以上『適応』を使い、士門は果たして自我を保ち続けることが出来るだろうか。

 確かに戻れた。士門の自我を取り戻すことは出来た。

 ただし、それがマグレではないという確証はどこにもなく。次に『適応』し、マリンと意識を混ぜ合って、それでも士門が士門のまま生きていけるかどうかは分からないのだ。


 故に、怖い。

 怖気づいた。

 心底から自分が自分でなくなるのは怖い。

 幾つもある生の終わり方の中で、ともすればただの死よりも恐ろしい。

 そして。

 『適応』した結果、相手をラエスタルのように痛めつけることが怖い。


 もしかしたら、今士門が恐れていることは、カイセルトたちにとって見れば、取るに足らないことなのかもしれない。

 ここがラドルグ帝国、異世界アレーナで最も残酷な場所であるが故に。


 けれど、士門からしてみればこの恐怖は、ごく一般的なもの。

 退けない、一つのボーダーライン。


「戦いたくは、ありません」


「……はっ、所詮その程度か。貴様の願いは受け付けられん」


「何故でしょうか」


「この誘いは他でもない、第一皇子バラム・ラドグラーゼ。――この国で、最も王座に近い男からだからだ」


 紡がれた名は、新たな皇子のもの。

 カイセルトが警戒すべき者に挙げたうちの一人。

 そんな大物が、士門を名指しでの指名だったことが、ここで明らかになる。


「仮に誘いを断れば、ただでさえ危うい俺と貴様の立場はもはや消えると同義だ。近いうち、皇帝陛下より死刑が言い渡されるかも分からんな。少なくとも、奴には圧倒的強者たる皇帝陛下に進言するだけの発言力がある。あり得ん話ではない」


「……ですが」


 尚も食い下がる士門を、カイセルトは目を細めて見やると、再度嘲笑うように鼻を鳴らして言った。


「大方、過去のマリンに呑まれかけたか」


「……はい」


「で。貴様はどうするのだ。記憶を失った。過去の、魔法の、魔力の、記憶を失った。貴様に残っているのは他になんだ? かろうじて残った言語と――魂に刻み込まれた『適応』の力だけだ。それすら使わないというのなら貴様は何だ? 木偶だ。芥だ。この国において、悉く奪われる弱者に他ならん。ならばここでその命を投げ捨てることが、貴様にとっての最善だ」


 叩きつけられた言葉は、正論。

 士門に今与えられているのは、意思疎通の術と微かな数の魔法、そしてマリンの『適応』以外にありはしない。

 それすら封じて、一体士門に何が為せるというのか。


「…………」


 何かを言い出そうにも、口から出るのは虚無ばかりで、音を成立させることもままならない。


 ある種、カイセルトが士門に放ったそれは優しさだ。

 このままラドルグ帝国に適応できず、堕ちていくくらいなら、いっそここで死んでしまえ、と厳しくも優しく言われている。


 生だの死だの、強者だの弱者だの。

 そんなこと、欠片も考えてはこなかった。

 寝ることへの情熱が他人よりあるだけの一社会人に過ぎなかったのだ。鳩羽士門と言う男は。

 当然、答えは浮かばず、思考は巡らず、浮かぶのはマリンと混ざりあい、自分が自分で無くなることへの恐怖のみ。


 けれど。


「だが、俺はそれを許さん。たかがそんなことで死ぬ貴様を許さん」


 カイセルトはそう言い、士門に近づいてくる。

 そのまま士門の隣を通り過ぎるようにして、先程まで士門が腰掛けていた台座に座り、


「自己が無くなるのが怖い? 滑稽だな、大いに結構」


 笑うように口角をつり上げ、士門の胸に指をさす。

 およそ心臓がある位置だった。


「――消えぬ己を見つけろ。これは命令だ」


「…………」


「何、今の貴様は空。それを入れるには十分な空きがある」


「……は、い」


「『適応』を使い熟せ。それ以外に、貴様に生き残る手段はない。期限は明日、この俺が来るまでだ」


 それだけ言うと、カイセルトは立ち上がり士門の返事を待たずして扉を開け、外へと歩みを進めた。

 その背中を、士門は見送って。


 そして、ふと視線を胸にやる。

 いつ見ても凶悪な胸部装甲。

 その奥。


「………………」


 カイセルトに指さされた心臓が、熱い。

 痛いほどに脈を打つように、士門に熱さを伝えていた。


 果たしてこの現象は、未だこの体に残るマリンの残滓によるものか、或いは士門がカイセルトのカリスマに心打たれたからなのか。

 多分、きっと、前者だろう。

 だが、断言は出来ない。どうしても推量になってしまう。

 それは偏に、士門に、カイセルトの言う消えない己がないからだ。


 故に。

 これはマリンのものなのだと断言するために、やってやろうと士門は思う。

 鳩羽士門は鳩羽士門であると証明して見せると意気込む。

 不思議と、感じていた恐怖は感じなくなっていた。


 思考の海へ、潜る。

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