22話
「…………」
そう問うた士門を見たラエスタルには、決して短くない逡巡があった。
それが何を意味しているのか、士門には分からない。
けれど、ラエスタルはすぐに口を開く。
「俺も……多くは知らん。この城にいるほとんどの者が知っている知識以上のものは、持ち合わせていない」
「それでも、構いません」
「……お前は、ある場所からやってきた」
「ある場所、ですか」
「ああ。名を――」
続く言葉に自然と意識が集まる。
故に、気づかず。
「――やっと見つけました、マリン様!」
藍色の少女は、タイミング悪く合流した。
狙い澄ましたように、遮る様に。
集中した意識をかっさらい、その上で体の感覚にすら訴えるために、後ろから突然抱きつくようにして、サヴァ―リが少しの呆れと焦りを含んだ声を出す。
「……サヴァ―リ、さん」
マリンへの苦手意識、いや恐怖心と呼ぶべき感情は一体どこにやったのか。
もはや密着に近い距離だ。
士門は内心の慌てを表層に出さないように細心の注意を払いつつ、初めての能動的なスキンシップをかました少女を見て、その名を呟く。
「突然どこかへ行ってしまうので大変でした。もうあんなことはしないようにお願いいたします」
「は、はい、すみません」
非があるのはラエスタルの方なのだが、ひとまずそれはさておき。
間違いなく、後ろに立つこの少女は意図してあの瞬間にこの場に出てきた。
直観である。
だが、それを補足する不自然な点が一つ。
サヴァ―リともあろう実力者が仮に士門たちを見失ったとして、ラスタルトの戦いが終わるまでのそれなりの時間、そのままでいるだろうか。
探せるはずだ。見つけ出せるはずだ。
何故ならば、ラエスタルは地すら揺るがすほどの威圧を放ったのだから。
あれだけの存在感を果たして見逃すほど、真後ろにいる少女は、弱いのだろうか。
半ば固定概念と化した、城に住まう者たちの実力の高さへの信頼が、士門の中に生まれたその問いを否定した。
即ち。
サヴァ―リは士門たちの居場所に気づき、いつでも顔を出すことの出来る状態にあって、尚あの時に現れたのだ。
その理由の推測は容易かった。
マガセル・ラドグラーゼ。サヴァ―リが仕える主たる第二皇子が命じたと思われる、士門にとっての枷。
『与える知識の制限』という。
今の今まで、それを枷と感じることは無かった。
それは偏に、士門が制限された結果をマイナスと捉えていなかったからだ。
だが、ことこの状況に至って言えば、それはまさしく枷として士門を縛る。
自分が本当に自分であるのか、確固たる自我を把握し切れない。
その元凶たるは、『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープ。
そして、その女の知識を少なからず持つラエスタルから、今まさに情報は提供されようとしていた。
しかし、こうして第三者の介入が入り、それが自身より身分の上である存在の使いであれば、当然。
「……興が冷めたな」
そう言って、ラエスタルは立ち上がる。
「ま――」
引き留めて、サヴァ―リがいることなど気にせず聞き出すことは出来る。
それを許す者がいるのなら。
「マリン様、一度お部屋に戻りましょう。これ以上ラエスタル殿下を引き留めるわけにはまいりません」
「……ふん。おい、給仕」
「なんでございましょうか?」
「負けは負けだ。明日、マリンと話をさせろ」
「それを決めるのは私ではございません。マリン様に直接言うのがよろしいかと」
「…………まあいい。俺は伝えたぞ」
ラエスタルは踵を返した。
士門はその背中をただ見送ることしか出来ない。
ようやく、正しく認識した。
敵は皇帝だけではない。第二皇子マガセル、姿も知らぬその男もまた、士門にとって確かな敵であると。
故に、そのマガセルに仕える少女が後ろに抱きついているこの状況は、士門にとってはナイフを突きつけられているに等しい。
「行きましょう、マリン様。……マリン様?」
サヴァ―リは離れて、士門に見えない位置で、恐らくは首を傾げたのだろう。微かに聞こえる音に乱れがあった。
それが分かり、士門はようやく意識を落ち着けることに成功した。
「いえ、大丈夫です。初めての戦いで、疲れたのかもしれません」
しかしそれを表に出すことはなく、あくまでも無表情を貫いて、士門は答えた。
「そうですか。では、まだ陽は落ち切っていませんが、もうお休みになられますか?」
「そう、ですね。それがいいかもしれません」
サヴァ―リの言葉に賛同し、士門はこの世界で目覚めた場所、マリンの私室を目指して歩みを進める。
疲れは無い。
ただ今は、落ち着ける時間が欲しかった。




