17話
『適応』の使用を控えようかと考えつつ、ともあれ飛来した円錐状の何かの排除に成功した士門は再度ヤラに怪我が無いかを確認し、その後にマームたちへと視線をやった。
挟み止めた円錐の延長線上にヤラの頭部があった時点で、あれが『反乱軍』の攻撃であったことは間違いない。
恐らくはまだ攻撃されるだろうし、素人の士門ではなく主の守護を仕事とする彼女らにヤラを任せたいと思ってのことだが、
「…………」
マームは驚きに目を見開き、士門を眺める以上の行動を取ることはなかった。
どうしたんだと内心首を傾げる。どうしたってここで固まってしまうのは拙いことのはず。
そんな驚くようなことが一体どこに――と、そこまで考えて『あれ? この流れまたもやあれでは?』と行き着く。
そして、その思考の答え合わせをするかのように、固まったままのマームに代わってサヴァ―リが士門に問うてきた。
「マリン様……今の攻撃、一体どうやって……」
続く言葉は恐らく、気づいたのか、か。
確かに士門の耳が捉えた異音はほんの微かなもの。マームたちが気づけていなかったことがその良い証拠だ。彼女らほどの猛者をして、聞き逃すほどの小ささであったことは疑いようがない。
それに反応した士門は、なるほど驚くに値するだろう。
そこまで考えて、やはり二度目の無自覚チートをしてしまったのだと表に出さないように意気消沈。
どうやったって、記憶を失ったはずの人間がしていい次元を超えている。悪目立ち――はもうしているだろうが、そこから更にもう一ステップ踏み込んだ目立ち方をするわけにはいかないのだ。
迂闊なことをしただろうか、いやでもあの軌道だとヤラに命中していたはずだし、ともんもんとした思考を繰り広げる。
と、そこで質問の答えを言っていないことを思い出す。
「音が聞こえたものですから」
嘘は言っていない。
何なら士門にもこれ以上の情報はない。
どのあたりからの攻撃なのかも、どんなものを使った攻撃なのかも、一切合切知り得ないのだ。
強いて言うなら、挟み止めた円錐は、どこか弾丸に似たものだった気がするが、アレーナに銃なんてものがあるのか知らないので下手なことは言わない。
『適応』を使って止めて放りました、と言うのも拙いのでお口チャック。
むしろ、それしか言わなかったことで『音が聞こえたものですからつい取ってしまいました? 何か拙いことでも?』という感じの、無自覚チートムーブしていることを士門は自覚していないが、それはさておき。
「そうですか。マリン様、まだ記憶は戻っていらっしゃらないのですよね?」
「? えぇ」
一体それとこれに何の関係があるのかは不明だが、サヴァ―リの表情が想像以上に真剣だったので若干気圧されながらも答える。
すると返ってきたのは、安堵感を滲ませる声色で。
「はい、そう……ですよね。申し訳ありません、おかしな質問を」
「構いませんけれど」
本当に何なんだという疑問は腹に留めて。
ようやく黒ずくめ襲撃という事件の幕が落とされることとなった。
「『反乱軍』はいつもの場所に放ります。サヴァ―リ、貴方は『魔女』を見張る命がありましょう。その者はこちらで預かります」
「は、はい。ありがとうございます」
「ヤラ様、ご希望の昼食に参りましょ――ヤラ様?」
はずなのだが。
マームの声を聞いて、士門も視線をヤラへと向ける。
一度立膝をついた関係で、位置は士門のすぐ隣に変わったその少年を見れば、そこには。
「……ふぁ、ふぁべてない、ふぁふぇべないふぉ!」
士門が持っていたはずのサンドイッチを頬張るヤラの姿があった。
「ヤラ様! ですから昼食は準備がございますのでそちらを!」
「食べられなくなりますよ!」
「すぐに止めませんと!」
そんな具合に給仕三人がサンドイッチを食べるヤラを止め、嫌がるヤラと給仕との逃走劇があり、なんやかんやで捕まって連行――もとい城内部へ戻る直前に、ふとヤラが士門に向かって、
「マリン、おいしかったぞ! あときさま、しんぞうのおとがへんだ!」
と言い残して去っていく、という一幕があって、ようやく閉幕と相なった。
そして現在、士門とサヴァ―リが何をしているのかと言えば、残ったサンドイッチを腹の中に片付けて、バスケットを戻しに行く真っ最中だ。
本日二度目ではあるが、士門にとっては初めての城内部に近い。
一度目の状況があまりに士門に優しくなかったのだから、仕方ない。なんだこの世界来ていきなりほぼ全裸状態で皇帝に謁見とか、頭おかしいんか。
ともあれ、落ち着いた心境で入る初めての城は、とても厳かで、自然と背筋が伸びてしまうような空間であった。
たとえごたつきがあろうと、そこはやはり王族という事なのだろうか。そういえば、あの生意気糞皇子、もといカイセルトも高い身分としての立ち居振る舞いは完璧だった。
この城にいる以上、士門も礼儀作法を学んだ方がいいのかもしれない。
後でサヴァ―リに教えてもらおうかと考えていると、
「着きました。マリン様、申し訳ありませんが、ここでお待ちください」
「私は入らない方がいいのでしょうか?」
目的地としていた厨房に到着したらしい。
入り口を前に放ったサヴァ―リの言葉のニュアンスに、入らないでくださいという含みが見えて、この世界の設備を見てみたい士門は食い下がってみるが、抵抗はあえなく。
「料理人たちが怯えてしまいかねませんので……」
普通に断られた。
次なる一手を思いつくでもなく、士門は厨房に入っていくサヴァ―リを見送った。
あの口ぶりだとマーム以外にも、料理人に何かしらのトラウマを植え付けている可能性の高いマリン・モーガンル・ラドルグホープ。
本当に何をしでかしたのかと、視線を落とした先のメロン二つを見て、そこでヤラの先程の言葉を思い出す。
「心臓の音が変、ね」
ヤラがそう思った原因は、黒ずくめ襲撃において、このメロン二つに顔を一度埋めるようにして抱いたことだろうか。
子供の戯言、と切り捨てることは容易いが、はてさて。
「ひとまず聞くか」
周囲に誰もいないことを確認したうえでの崩した口調でそう呟くと、士門は自身の細腕を胸に当て、心音を感じようとする。
『疑似視覚』で視界は確保したままだが、感覚は胸周辺と細腕に集中させる。
すると聞こえたのはありふれた、ドクン、ドクン、という擬音の似合う鼓動だった。
「気のせいだったのかな」
子供の戯言で片付けていいものだったようである。幸い時間はあるので大して困りはしないが。
体の異常はなさそうだと切り替えて、サヴァ―リを待つことにした。
カイセルト以外の誰かにここで出くわしたらどう対応しようかな、と恐らくは要らない準備をしながら待つこと数分。
どう考えてもバスケットを置いて戻ってくる時間以上に時間をかけてサヴァ―リが厨房から戻ってきた。
違和感を覚えるも、そろそろ行動の一つ一つに目くじらを立てていても疲れるだけなので、料理人と話をしていたことに士門の脳内で勝手にした。
「遅くなりました」
「大丈夫ですよ」
どうせすることがあるわけでもないし。
ともすれば城にいるほぼすべての人間に警戒されている可能性すら出てきたのだから、士門の行動はおよそが制限されたといっていい。
『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープについての情報を集めたいのは山々だが、マリンを知る者に話を聞いたところで返ってくるのはマームの時のような武力行使の拒絶だろうし、書物か何かに纏められていてもそこにたどり着くまでにサヴァ―リに止められることは想像できる。
かといって、現状士門が興味あることといえば、マリンを除けば魔法か王族間でのいざこざだ。
魔法に関しては、サヴァ―リから引き出せないことは判明しているし、王族間の問題に関しても、第二皇子の給仕であるサヴァ―リに問うていい内容なのかと言えば、まあ否である。
ベストは王族に仕えていない、雇われの給仕やら執事やら、もしくは料理人に聞くことだろう。
料理人はマリンのせいで駄目。周囲に雇われ給仕や執事の気配なし。
ううむと頭を働かせ、時間にして一秒に満たない思考の後、士門は告げた。
「サヴァ―リさん」
「はい。なんでしょうか?」
「お城の案内をしていただきたいのですが……」
声色に少しの申し訳なさを混ぜ込んで、王族の息が余りかかっていないと考えられる雇われ給仕たちを探す旅、その名目を。
「案内ですか。……えぇと」
サヴァ―リはどこか渋るような素振り。
が、それは既に士門も承知している。
書庫へ士門が行くことを防いだ時点で、数までは不明だが士門に行かせたくない場所があることは分かっていた。
ので。
「もちろん連れていって頂ける範囲で構いません」
そう念を押しておく。
行かせたくない場所がどれほどあるのかは見当が付かないが、ひとまず城のおおよその構造を把握させてくれるくらいには案内してくれるはず。
士門の中での第一優先は、雇われた人間を探すことに他ならない。城のどこに何があるかは最悪知らなくても何とかはなるだろう。
「分かりました、そういうことでしたら」
そちらの考えは読めている、という半ば牽制にも似たお願いになってしまったのだが、サヴァ―リは特に警戒するでもなく、むしろ微かにホッとしたように了承した。
その態度の裏に隠された真意は、まあ考えないこととして。
士門は異世界アレーナで目覚めて数時間、自身が住まうことになる皇帝の城を探索する運びとなった。




