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16話  ※別視点あり

 気づけば左手が伸ばされた。

 士門の意思とはおよそ関係がない。何故伸ばしたのか、皆目見当がつかない。

 だが分かる。『適応』の力、その持ち主である『魔女』マリン・モーガンル・ラドルグホープの体を使っているが故に分かる。

 これこそが『適応』なのだと。


 伸ばされた手が止まった、次の時には。

 人差し指と中指の隙間に、円錐の物体が挟まっていた。

 それが何なのかを観察する間もなく、士門の体は左膝を立て、滑らかな動作で円錐を指で挟んだ左手を払うように動かした。


 弾き出されたように放られた円錐は恐ろしい速度で空を行き、庭から見える随分と離れた真正面の丘目掛けて消えていった。

 そこまでの一連の行動に一体どんな意味があるのか、士門に分かることはないまま。


「…………」


 とりあえずマリンの力――恐らくはスキルだろう――の発動のさせ方が分かったのは良いことだとして。

 士門は立てていた膝を折り、左手を下ろす。

 内心で、使い手の意思とは関係なく体が動くというのは些か恥ずかしいものがあるなと呟きながら。


 ◇


 位置に付く。

 恙なく、決して不備はなく。

 計画は綿密に練ってきた。奴らの知らぬ兵器もこちらの手にはある。


 ちらとその兵器へと視線を伸ばし、この数日をかけて体に馴染ませた相棒を撫でる。

 硬く、武骨で、しかしどこか安らぎを男に与えるそれは――地球の知識に当て嵌めればライフル、それも対戦車を念頭に据えたもの。

 名はない。作られた職人に名づけの権限はなかったためだ。

 故に男はその鉄の砲――銃を仮称として『フェルセマ』と呼んだ。


 男はラドルグ帝国の北に位置する、最も貧困が激しい地の生まれだった。

 弱肉強食。弱きを喰らい、強きのみが生き残る。その『魔人族』に共通する認識に相違はない。事実、世界とはそういう風にできている。結局は強者だけが生き残るのが世界の摂理なのだ。


 しかし、である。

 その序列の最高位に位置するのが果たして現皇帝、ハイレナス・ラドグラーゼで相応しいのだろうか。


 ――否。

 たとえ命を落とそうと、同胞が死のうと、皇帝ハイレナスの力の程をこの目で見ようと、決して違えずこれだけは即答できる。

 否であると。


 あの男は、傲慢に過ぎる。

 『傲り者の魔法使い』という二つ名からもそれは察することが出来るだろう。

 奴は強く、圧倒的に強いが、しかしそれだけだ。

 国を国として回すことも、貧困に喘ぐ民を救うこともありはしない。


 ああ、確かにその在り方は『魔人族』の絶対不変の原則に沿った生き方であろうよ。

 だが、それは王の在り方ではないのだ。


 その志を共にし、手を組み力をつけ、王族に反旗を翻した者たちこそが『反乱軍』。

 ラドルグ帝国に新たな風を巻き起こす、まさに台風の目。


 男はその『反乱軍』の幹部の一人。

 遠距離からの魔法攻撃、弓での射撃を得意とし、二つ名に『鷹の目』を持つ者だった。


 その腕前を買われ、『反乱軍』に相当数の被害を被った一件の直後に『反乱軍』主導者より『フェルセマ』を渡され、この日まで腕を磨いてきた。

 部下数人との幾度とない計画の擦り合わせも、およそ完璧なものだといっていい。

 今回の狙いは第十皇子ヤラ・ラドグラーゼ。まだ五歳になったばかりの幼い子供ではあるが、しかしあの憎きハイレナス・ラドグラーゼの血が流れると思えば罪悪感も抵抗感も無くなるというものだ。

 行動を調べ上げ、この日この時間に庭に出ることは既に把握している。

 後は給仕の気を部下四人で引き、油断し切ったところを『フェルセマ』で一発。ヤラの頭を撃ち抜いて作戦は終了する。


 弱肉強食を常とする以上、所謂下剋上と呼ばれる状況になることはあり得る。

 皇帝然り、皇子然り、だ。

 そして、殺した者は殺された者の立場に居座ることが可能。

 即ち、皇帝を殺せば皇帝の座に就くことを約束され、皇子を殺せば皇子と成る。

 たとえどれだけ反対されようと、実力至上主義たるこの国において、王族殺しは覆しようがない称号であり権利。


 皇帝を殺すことが不可能であることは先日の一件で身に染みている。

 故に、『反乱軍』が狙うのは十人いる皇子のいずれか。

 決して狡賢い逃げの一手と思う事なかれ。

 内側から食い破ることもまた戦略の一つ。れっきとした国家転覆の手段なのだ。


 だからこそ失敗は許されない。

 男の背には『反乱軍』の大いなる意思だけでなく、囮となった部下たちの命をも乗っている。

 王族に仕える給仕たちもまた凄まじい実力者。彼らに求める条件が囮であり、その後の生存までは視野に入っていないのは、そういうことだった。

 きっと死ぬ。否、彼らが死ななければ奴らは油断しない。


 今一度引き金の重さを痛感し、呼吸を整えながら『フェルセマ』に取り付けられている小型の望遠鏡を覗く。

 向かいに位置する丘に聳え立つ皇帝の居城。

 そこまでのおよそ二キロの距離を無に帰して、男は城の庭の様子を観察した。

 既に部下は配置につき、今か今かと機を窺っている状態だ。


 全員の視線の先には、庭の高い位置に集まるヤラとその給仕三人。

 給仕の人数だけが懸念材料だったが、今日に限って運はこちらに微笑んだ。


 ――と、思っていた。


「…………」


 微かに横へ望遠鏡を動かせば、そこには藍色の髪の給仕と――銀髪の美女。

 給仕に関しては覚えがある。確か第二皇子マガセル・ラドグラーゼの給仕だったはず。

 しかし銀髪の美女に関しては本当に一つの情報もありはしない。

 ただただ美しい以上の感想が浮かばない、忌むべき対象を前にした男でさえ、思わず息を呑むほどの美貌をたたえた美女は目を隠すように布を巻き、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 完全な不穏分子。一切の未知数。

 あの女が現れたことで一体如何ほどの変化が盤面に訪れるかは測りかねる部分が大きい。

 どうするか、一度作戦を中止にするか。撤退に伴う危険も生じるが、不確定な異常を前にこのまま作戦を遂行することの方が危険度が高いようにも思える。

 第二皇子マガセルの給仕もまた、相当な実力者。


「……チッ、どうする」


 舌打ちし、頭を巡らせれば、そこには囮となってくれた部下たちの声があった。


『よろしくお願いしますよ』


『ちゃんと仕留めてください』


『まあ外さないとは思ってるけど』


『俺たちもやることやるんで』


「…………いや、続ける」


 のしかかった重圧は、引き金を引くために必要な力は、たかが異分子が一つや二つ入り込んだところで消えてしまうほど柔なものではない。

 託されたあの信頼は、決して捨てられるようなものではないのだ。


 作戦中止を伝える道具を放り捨て、『フェルセマ』と望遠鏡から見える景色だけに意識を集中させる。

 他全てを遮断し、目に入る情報のみに照準を絞る。

 撃てる弾数は一発。それ以上は給仕が警戒し、撃ったところで意味が無い。


 『フェルセマ』の弾速は魔法を凌ぎ、音を超える。

 威力は轟級の防御魔法に罅を入れるほど。

 その上で、『フェルセマ』に外付けで取り付けられた筒により、それだけの弾速を維持したまま発砲時の爆音をほぼ完全に抑えることが出来る。

 それでも、だ。

 反応はされる。

 重く大きいとはいえ持ち運びが可能な『フェルセマ』に詰められる弾では範囲的な破壊力はない。貫通力はあっても一つのものを貫通すれば減衰はある。硬ければ硬いだけ、である。

 奴らには自身の命を犠牲にしてでも仕える主を護るだけの気概がある。舐めてかかることはできない。


 故に、一発。

 それが限度。

 一発以上の攻撃はこちらの位置を悟らせ、奴らに反撃の手段を与えることになってしまう。それは避けなくてはいけない。


 自然、『フェルセマ』を持つ両手を微かに震える。

 息は乱れ、意識の集中が途絶えそうになる。


 重い。

 驚くほどに。

 持っている『フェルセマ』が、その引き金が。

 固められてしまったのかと錯覚する。


 が、時間は男を待ってはくれない。


「……動いた」


 部下四人が一斉に給仕への攻撃を開始。

 給仕との交戦を継続しながら、殺気はしっかりと第十皇子に向けている。完璧だ。

 そして、やはり城の給仕は目を疑うほどの腕前だ。明らかに手を抜き、更なる敵への警戒を顕わにしていることが分かる。


 しかし、どれだけ待ったところで増援が訪れることはない。

 何故ならば、増援とも呼ぶべき最後の一人は、二キロ離れた位置で主たる皇子を狙っているのだから。

 警戒は当然といえば当然。先日相当な数の同士を殺された『反乱軍』がそれでも尚侵入してきたとなれば、なにかしらの方策を以て出向いたと考えるのが真っ当である。

 そのうちの一つに、それなりの戦力を投入する、ということがあるのは間違いない。


 だが、それは浅慮というものだろう。

 人とは考える者。

 いつまでも同じ思考をするのだとすれば、それは人ではなく動物に近い何かでしかない。

 男は、そして『反乱軍』は人であった。


 思考を巡らせ、志を同じくする者を集め、協力者を得、今こうして兵器を手にした。

 人間であるが故の所業。紛れもない成果。

 我々を弱者とする、強者を騙る愚か者どもよ。

 この日を以て、その傲慢は打ち砕かれるのだ。


「……しかし」


 そう言って男は視線を、今日になって現れた懸念材料に向けた。

 銀髪の、絶世の美女。

 第二皇子の給仕を侍らせている以上、奴もまた相当な実力を持つかと考えたが、それはどうやら男の思い違いであったらしい。

 部下たちと給仕との戦闘を見るや否や第十皇子を守る様に抱きつくだけとは。

 魔法で護るでも、給仕たちの加勢に向かうでもなく、皇子を前に自身を肉の壁としたに過ぎない。

 まるで魔法のことを知らない赤子のよう。

 少なくとも歳は二十はあるだろうと推測できる体つきだが、果たして今までどんな箱入り生活を送ってきたのか。


 と、思考が逸れるのを感じて男はすぐに切り替える。

 盤面は終盤。

 そろそろ給仕たちにこれ以上の増援は無いだろうと見切りをつけられる頃。


 そう男が考えた次の瞬間。

 部下たちが、ほぼ同時に制止した。否、させられた。

 『魔人族』特有の魔法、支配属性魔法。

 つまり、給仕の攻撃を受けたという事。

 目にも止まらぬ早業だ。気が微かに緩んでいたとはいえ、尚目視できないほどの体の冴え。

 凄まじい。

 凄まじいが、しかし。

 その強者故の余裕こそ、喉笛を食い千切る油断に他ならない。


 動けなくなった部下たちを引き摺り、集まり出す給仕たち。

 戦闘にはもうならないと踏み切って、微かに闘気を萎ませる。

 そんな折だった。


 ほぼ密着に近い形だった銀髪の美女から第十皇子が顔を離した。


 ――機は訪れた。


 ここしかないと本能が告げる。

 引き金にかけた指に力が入る。


「……ふ、ぅ」


 息を整え、力を抜き。

 出来得る限りの自然体で、これまでやってきた鍛錬と同じように。


 ただ狙うだけ。

 ただ撃つだけ。

 それだけで――命中する。


 引き金は、自分でも驚くほど抵抗なく引かれた。

 次に体が感じたのは抑えられた、二キロも離れた位置からではまず聞こえないだろう小ささの発砲音と、十分な反動。

 自分が撃ったのだと直感できる『フェルセマ』の揺れ。


 すぐに望遠鏡で狙い澄ました第十皇子の頭部を見る。


 円錐形の弾丸は空気を裂き、使用者たる男の意思に沿って宙を奔る。

 当たると、男は確信した。

 鍛錬の時を超えるほどの集中力が、今までの自分が感じたことのないほどの全能感が、それを後押ししていた。


 絶対に、この一発は必中だと本能が訴えた。


 故に、望遠鏡に映った光景が信じられなかった。


 第十皇子を抱き留めていた美女が手を伸ばして、第十皇子の頭部目掛けて突き進んでいた弾丸をその細い指二本で挟んで、流れるようにこちらへ投げ返してきたのだから。


「……は――」


 パン、と。


 疑問の声を上げ切るより前に、男の胸からそんな音がして。

 視線を下げれば、そこには穴が空いていて。

 呼吸が、しにくい気がして。

 意識、が、朦朧と、し、ていて。

 分か、るのは――心臓が、潰され、たこ、と、と『フェルセマ』、を触って、い、ること、と――――


 ――それと、あの美女はやはり不穏分子で、作戦は中止すべきだったということだった。


 その判断を誤った『反乱軍』の男は、誰にも、それこそ行った張本人にすら気づかれないまま、何も為せないまま、死亡した。


 ラドルグ帝国の希望によって。

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