15話
変貌はマームを筆頭とするサヴァ―リを含んだ給仕たち四人。
ヤラに向けていたどこか困ったような瞳を、一瞬にして鋭く剣呑なそれに変え、ヤラから視線を外す。
何処を見つめているのかは士門には分からない。
分かるのは一つ。
今士門が感じているひりつくようなマームたちの雰囲気。
それこそが『魔人族』の本来あるべき姿だということ。
即ち、弱肉強食を常とする種族において最も強い存在の住まう城で、その血を引く者に仕えるだけの実力者の、戦闘態勢。
皇帝程ではない。カイセルトにも及ばないだろうか。
それでも、十分に凄まじい。
と、不意に。
目の前にあったはずのマームの後ろ姿が掻き消え、気づいた時にはヤラの後ろに。
しかし見えたのはマームだけではない。
黒のローブで全身を覆い、顔には口元を隠すように布を巻いた人物。
それが両の手に短剣をそれぞれ持ち、マームと剣戟を繰り広げているところを士門の『疑似視覚』は捉えた。
呼吸をする間隙すらない高速の剣のぶつかり合い。金属の甲高い衝突音が庭に響き渡る。
それを予期していなかったヤラは、その突然の音に思わず耳を塞ぎ、恐怖からかしゃがみ込んだ。
マームと何者かの戦闘を視界に捉えていた士門は流れでその光景を目にし、迷わずヤラを護る様に抱き留める。
ヤラの頭部が丁度胸部装甲に当たり、くすぐったいがそんなことを気にしていられる状況でないことは既に分かっている。
素人なりに警戒しながら、周囲を見渡せば戦っているのがマームだけではないと分かった。
後ろに控えていたヤラの給仕も、サヴァ―リでさえも。
突然現れた黒ずくめの何者かとの交戦を余儀なくされている。
一体どこから、いつの間に。
疑問が沸くが、その答えを出すほどの余裕がない。
黒ずくめの数は、給仕の数と同じ四。
双方一対一で交戦している状態だ。
出来ることなら、このままヤラを連れて城内部に逃げ込みたい。
が、黒ずくめの狙いはヤラなのか、向けられる殺意が余波で士門にも刺さっている。
ここから動き出すことは可能だろう。だが、動いた瞬間交戦を止め、命を捨ててでもヤラの首を狙いに来るのではないかという、半ば直感に似た不安が士門にはあった。
見たところ、マームたちと黒ずくめの実力は拮抗しているように見える。
早々に片付け、ヤラから危険を取り除こうという動きはあるが、それは実現には至っていない。
つまりヤラを逃がせるのは士門しかいないということだが、動けば狙われる可能性がある以上不用意に動いてヤラを危険に曝すわけにもいかない。
先の自分の推測を信じて危険覚悟で動き、教えられた魔法で迎撃することも出来るが、それでは明らかに敵とはいえ、人間を殺すことになってしまいかねない。カイセルトに地球での価値観は捨てろと言われようが、その一線を超えたくはない。
いつになく思考が巡り、深く葛藤する。
どうすることが最善なのかと悩む頭に、音が聞こえた。
マームの声だった。
「『反乱軍』ですか。皇帝陛下の居城たるこの場所に足を踏み入れたいのであれば、正規の手続きを踏んでいただかねばなりません」
「…………」
「どのようなご用件でしょうか? 人数は如何ほどで?」
「…………」
「困りましたね。お答えいただけませんか……そうなれば、こちらも相応の対応をせざるを得ません。――手加減はもう、結構でしょう」
瞬間。
握っていたナイフが消えたと錯覚するほどの速度で煌めき、相対していた黒ずくめの左の二の腕を切り裂いた。
出血は微量。裂けたのは薄皮一枚とその下の皮膚の僅かのみ。
だが。
「『止まりなさい』」
こと『魔人族』を相手に、攻撃を命中させることは、即ち死を意味する。
マームの言い放った冷たい一言で、黒ずくめは一切の動きを停止した。
『魔人族』のみが扱える魔法――支配属性魔法である。
士門も聞いてこそいたものの、実際に目にして初めてその魔法の厄介さに気づいた。
まだ未熟な者が扱うならいざ知らず、この城で給仕を務めるだけの実力者がその魔法を使うということは、相手にとっては凄まじい技量を持つ強者に一撃も貰ってはいけないという条件付きで戦闘を行うことに他ならない。
それがもし、皇帝ともなれば。
ともすればあり得なくはない展開に若干気分を悪くしつつ、ひとまずマームと黒ずくめとの決着を見届ける。
「他愛ない。実力はそれなりと言ったところですか」
「ですね。先日皇帝陛下が一掃されましたし、残党でしょうかね」
「……すみません。ヤラ様を狙ったことへの怒りで殺してしまいました」
「…………」
どうやらマームとほぼ同時に他三人の戦闘も終了したらしい。
一人はマームと同じように余裕そうに、もう一人は申し訳なさそうに黒ずくめを殺してしまったことを報告。
そして最後の一人、サヴァ―リは無言で動けなくなっているらしい黒ずくめを差し出した。
口ぶりからして全員最初は手加減をしていたようである。
一切そんな風に見えなかったのは士門が戦闘に関して素人であるためか、はたまた給仕たちの演技の技量が高いためか。
どちらにしろ、もっと早く戦闘終わらせてくれよ、と心の中で思う士門だった。
「しかし残党とはいえ、これだけの実力で城に侵入するのは無謀です。後一人か二人は潜んでいると思ったのですが」
「丁度私たちがヤラ様の近くにいる状況で殺気を飛ばしてきたので、私もそうだと踏みましたけど……」
「逃げ帰りましたかね」
「話は侵入者からいくらでも聞けます。ひとまず奴らをヤラ様から離しましょう」
と、そんな具合に給仕間で話が纏まり出す。
それを頃合いとみて、士門は抱き留めていたヤラを離す。
黒髪の少年はそれに気づき士門の胸から顔を上げると、
「も、もうだいじょうぶか?」
心配そうに言った。
士門が思っていた以上に落ち着いていたことに驚きつつ、そういえばあんな状況だったのに割と冷静に状況を理解できていた自分も若干変だなと思い至る。
関係ないので棚上げするが。
「お怪我はありませんか?」
マームたちがあそこまで迅速に対応した以上、大丈夫だと分かっているが念のため傷がないかを確認。
ヤラは自身の体の至る所を見てから、
「ないぞ」
端的に無傷を報告。
これにて、突然のことではあったが、黒ずくめの襲撃はあっという間に閉幕となった。
「良かったです」
そう言って、締めくくろうと思った矢先だった。
――鼓膜を打った、微かな異音。
何かが来ると判断するまでに時間はかからない。
周囲の景色が驚くほどに動きが遅くなり、その停滞に士門だけが取り残される。
その不可思議な状況に動揺するでもなく、士門の視線はマームたちに向く。
先の音に気づいている様子はない。気づいているのは士門だけだ。
何かが来る。
何かが来ることだけが分かっている。
それの正体は分からない。魔法かもしれないし、石かもしれない。
それに敵意があるのかも、偶然飛んできただけのものかも。
分からない。
分からないからこそ、募るは恐怖。
数秒先に起こるかもしれない状況への恐怖。
払拭する方法は、現状無い。
――否、無いわけではない。
思い出すのはマームに刃を突きつけられたあの瞬間。
命の危機を感じ、名前を知りもしなかった魔法を教えられ、発動しようとしたあの時だ。
士門は何と思ったか。
適応だ。
世界への適応を願った。
それが結果として実を結ばなかったとはいえ、新たな魔法を思い出させたことに繋がったのだとしたら、試す価値はある。
望むのは『適応』だ。
この状況への『適応』だ。
――――――。




