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14話

「…………」


 『疑似視覚』発動から、なんやかんやで体感二時間ほど。


「えぇと、その『変わり者の魔法使い』さんは魔法を使うのが得意なのでしょうか?」


「五大国の中でも魔法の腕だけを見れば一、二を争います」


 士門の口が微かに開かれ、息を吸い込むスーッという音がした。


 つまりだ。

 これはあれだろうか。

 友人に無理やり見せられたウェブ小説で見たことがあるあの展開なのだろうか。

 主人公に自覚はなく、けれど他者からしてみれば考えられないほどのことを為している、異世界もの定番のあれなのだろうか。


 そう――無自覚チート、とかいう。


 まあ、正確にはチートなのは士門ではなく、士門が今動かしているこの体の元の持ち主マリンなのだろうが、それを知らないサヴァ―リに何を言っても無駄だろう。

 とりあえずやらかしたということは士門も理解できた。


 状況的には随分と拙い。

 カイセルトがでっち上げた設定では、マリンは儀式の影響で記憶と魔力の使い方が完全に頭から抜け落ちた、ということになっている。

 が、しかし。

 サヴァ―リの目の前で『疑似視覚』という魔法を発動させ、その上でおよそ二時間の間、それを維持しているという、どうやらこの世界の人間にとっては耳を疑うような所業を行っているのだとすれば、当然。


「…………」


 サヴァ―リの警戒心は更に高まる。

 恐らくだが、この先どれだけドジっ子を発動させたとしても魔法に関する知識だけは絶対に吐かないだろうと予感できるほどに。


 それにしても、なんとまあ綺麗な無自覚チートをしてしまったものだと士門は心の中でひとりごちる。

 気づけそうなことではないかと思いかけるが、そういえばここまで開示された情報に魔法に関することはほぼ無かった。

 予備知識も無しにそこまでの推測を立てて動くのは難しいと言わざるを得ないだろう。誰かが魔法を使う場面にも出くわさなかった手前、周囲から情報を吸収するのも至難だった。


 既にサヴァ―リの中で魔法に関する知識の提供はお口チャックだったのだ。

 そこに一、二を争うほどの腕前を持つ魔術師とやらを超える長時間の魔法の維持と来れば、お口チャックからお口ロックくらいに昇格してもおかしくない。

 出来ればサヴァ―リの口から聞きたかったのだが――決してカイセルトから嫌味言われながら教えられるのが面倒臭いわけではない――その望みは士門自身が断ち切ってしまった形となった。


 とはいえ、だ。

 サヴァ―リがいない間に掴んだ情報もある。

 ヤラの給仕、マームに首を裂かれそうになった時、頭の中に名前を聞いたことも無い魔法が突然浮かんだ。治療の際に関しても同様に。

 切羽詰まった、それこそ命の危機に瀕するような状況であれば、マリンの知識が自動的に士門に教えられる可能性が出てきたのだ。

 だからと言って死に向かうような命知らずではないが、これはこれで使えそうな情報である。もう少し正確な境界線が知りたくもあるが、サヴァ―リが監視している状態では難しいだろう。

 とりあえず士門の胸の内に秘めておくとして。


「まあ、便利ではありますし」


「そう、ですか……」


 誤魔化そうとしたところでどうせ報告されるのが目に見えている以上、下手に情報を騙るような動きをして、いらぬ不信感を与える方が避けたい。

 実際便利だし、と思いながらの発言に、サヴァ―リは多少の歯切れの悪さを見せつつ、それ以上の詮索をすることはなかった。


 サヴァ―リの報告を受け、第二皇子マガセルがどう動くのかが読めないところだが、そこはそれ。

 最低限のことはしただろうとポジティブに考える。

 むしろこの世界に生きる人類にとっての普通を教えずに放りだしたあのカイセルトとかいう糞皇子が元々の元凶だとまで考えながら、士門はサンドイッチを一口。


 パンの微かな甘みとハムとスクランブルエッグの塩気、そこにレタスの瑞々しさが絶妙に絡まり合う。やはり美味しい。

 目の前には広がる大自然。

 地球にいる間にこういうところに一度は来てみたかったな、なんて思いながらもう一口サンドイッチを食べたところだった。


 忘れていた存在が士門に声をかけてくる。


「マリン、それはそんなにびみなのか?」


 ヤラである。

 サヴァ―リの言葉から推測できたマガセルの人物像と、マリンのチートに頭を働かせていた士門は、その間近くにいたにも拘らず、第十皇子の存在を完全に頭から消していた。

 慌てて振り返ると、サンドイッチの方に視線を向け、興味深げにそれを見つめるヤラの姿が。


「お腹が、空かれたのですか?」


 視線は雄弁に食べてみたいと語っている。

 が、立場的に果たして渡していいものなのか否か――いや、駄目だろ。

 勿論美味しいものであることには違いないが、皇子に食べさせるほど高級感溢れる食べ物かと問われれば、サヴァ―リには悪いがノーである。


 不敬罪で殺されたくはない、と先程どう対応していいのか分からずその皇子を抱きかかえた男が思考を巡らせる。

 が、答えを導き出すより先にマームが、


「ヤラ様、ヒオカ達が昼食の準備をしております。そちらで召し上がりましょう」


 そう言って近寄ってきた。

 すぐにヤラの前に立ち、制止させる。ちなみに背後にいた士門には背中越しに結構な敵意をぶつけながら。


 本当にマリンは何をしたんだと思いながらも、マームは士門にとって渡りに船だ。

 ここぞとばかりにマームに続く。


「そういうことでしたらヤラ様、どうぞそちらでお食事を取ってください。こちらはまた気が向いたら」


「いやだ!」


「で、ですが折角給仕さんが準備しているわけですし」


「おなかすいた! いまたべたい!」


 年相応に、空腹を盾に要求を通さんとするヤラの姿は、士門には皇子のそれには見えなかった。もしかしたらカイセルトにもこんな時があったのかと想像し、いやそれはそれで気持ち悪いな、と思ったのはさておき。


 仕える主が駄々をこねるとどうやら給仕的には弱いようで、マームは何とか言葉での説得を試みるがヤラは聞いてくれない。後ろに控える二人の給仕もどうすればいいのか分からず右往左往。

 士門の隣のサヴァ―リも助けにはなりそうにない。


 そう冷静に分析する士門はといえば、子供を相手にした経験の少なさが手伝って、やはり戦力にはなれそうにない。

 子供一人を女五人で落ち着かせられないというのがこの状況だった。恐るべきは子供の底力――ではなく、相手をしている女の方だろう。


 士門的にはもう最悪あげても構わないかと思っているが、それをすればマームからの恨みの丈が伸びるだけだと容易に想像がつく。


 さてどうしたものかと再度思考を巡らせようとした――次の瞬間。

 空気が、変わった。

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