13話
どこからともなく布を取り出し、それを地面に広げる。
折りたたまれていた時にはそうとは気づけなかったが、大きさは相当なもので、人が五、六人は優に座れそうだ。
一つのしわもなく広げ終わると、若干誇らしげに彼女は言った。
「どうぞ、マリン様!」
「はい……」
確かに手際は良かった。睡眠以外にはまあ無頓着だった士門からしてみれば、目を見張るものがあるくらいには素晴らしいタイムを記録していた。
が、果たして若干とはいえ誇らしげになるほどの技量だったのかと些か気になり、チラリと『疑似視覚』でヤラの給仕たちの方に向けるが、これと言った感嘆は見受けられなかった。
どうやらこれは普通のことらしい。
ここで、サヴァ―リに甘やかされて育ったのでは疑惑が浮上する。
まあ、ドジっ子属性と、可愛らしい容姿を加味すれば男受けはそれはもうとんでもないのだろうが。このシーンを見れば母性とか芽生えるのだろう、知らんけど。
士門は儀式の結果が知られれば死刑という緊張感のせいでいまいち女性関連に興味がないのでパスである。決して今の体が女だからとかではない。そして別に地球にいた時から女性に興味がなかったわけでもない。
くだらないことを考えながらも、サヴァ―リが敷いてくれた布に座り、座ったことで低くなった目線でもう一度景色を眺める。
やはり素晴らしい光景には違いない。とりあえず今日一番の儲けものだ。先も思った通り、城でのごたごたがなければもっと良いのだが。
士門が座るのを待ってからサヴァ―リはバスケットの中からサンドイッチのようなものを取り出して、士門に手渡す。
「どうぞ。食材は余りものですが、味は大丈夫ですので」
「はい、頂きます」
手渡されたのはやはりサンドイッチに近い代物だった。
僅かに違いはあるが、耳を切った食パンの間にハムとスクランブルエッグ、レタスを挟んだオーソドックスな一品である。
普通に美味しそうだな、と士門は感想を内心で述べながら口にそれを運ぶ。
もしかすれば毒なんかが入っている可能性もあるが、記憶を失っている状況でそこまで思いっきり毒殺を警戒するのは違和感がある。というか、士門には毒が混入しているかどうかの判別は出来ない。
となれば先程少しばかり自慢げに布を敷いてくれたドジっ子メイドを信じて食べる他に道はない。
ええいままよ、とばかりに咀嚼し、呑み込み。
「…………美味しい」
普通に美味しかった。
思わず口がそう動くくらいには。
確かに食材を挟んでいるパンは食パンより少し硬いし、食材そのものにもどこか言葉にしづらい違いはある。
あるが、別に舌が肥えているわけでもない一般庶民であった士門にとっては、それは文句なく美味な一品であった。
強いて言うなら、味が薄い気がしないでもないが、贅沢は言っていられない。たとえ皇帝の城だろうと、異世界であれば最高級という言葉が示すものだって変わることくらいあるはずだ。
のでこれといった不満無し。
むしろこれからの生活が楽しみになる一口となった。
体が女性のものなので頬張るわけにもいかず、ちみちみと食べ進め、長方形のサンドイッチを一つ平らげる。
さて、もう一つ、と行こうとしたところでバスケットに手を伸ばすと『疑似視覚』と目が合う視線があった。
「…………」
「…………えぇと、作ったのはサヴァ―リさんですし、食べていいと思うのですが……」
そう、サヴァ―リだった。食いしん坊属性追加だ。
涎を垂らす、とまではいかないが、中々に熱心な視線を士門の方に向けて言外に『食べたい』と訴えていた。
が、給仕としてのプライドが制止させているのか、もしくは単純にしてはいけないことなのか、食欲と理性とが激しくせめぎ合い、現在ギリギリで食欲が勝っている状態だった。
士門としては、言った通り、作ったのはサヴァ―リであるため食べてくれていいし、サヴァ―リの他にヤラたちも何故かこの場にいる状況で自分一人だけ食事しているというのは居心地が悪い。
そんな士門の言葉を受けたサヴァ―リは一瞬目を煌めかせ、そしてすぐに首を振った。
「いえいえ、そんな。マリン様、私は大丈夫ですから」
強がりにしか聞こえない。
本当に最初の印象からかけ離れた少女だなと思いながら、士門はバスケットの中のサンドイッチを一つ取り出してサヴァ―リの目の前に。
士門は布の上に座り、サヴァ―リが布のすぐそばに立っているので一度立ち上がることになったが、ともかく。
「私一人で食べるというのは寂しいですから、お願いします」
「……は、はぁ」
戸惑いを含んだ声色でサヴァ―リは応じると、サンドイッチを受け取った。
士門はそのままの流れで座る様に促す。
「失礼、します」
とりあえずこれで一息つくことが出来ると、士門は内心でホッとため息を吐いた。
チラリと横に座る少女を見れば、自身で作ったサンドイッチを口に運び、美味しそうに食べている。
それを見て士門も二つ目のサンドイッチに手を伸ばそうとして、その途中であることを思い出す。
「あ、そういえばサヴァ―リさん」
「……っんく。はい、なんでしょうか?」
「自己紹介の時の『ぴょん』というのは、一体?」
その一言に、サヴァ―リは顔を赤くした。
「あ、あれは……ですね」
言い淀み、視線を行ったり来たりさせる。
特に焦る理由もないので士門は急かすこと無くサンドイッチをパクつきながら待つ。
すると。
「マガセル様に……言われまして」
「……ふむ」
何となく。
第二皇子マガセル・ラドグラーゼの実態が見えてきた気がしないでもない。
士門が入手できる情報を制限させた時点で士門――マリン・モーガンル・ラドルグホープへの警戒は十分にしていると思っていいだろう。サヴァ―リの独断だったとしても、その判断を迅速に行える人材を手元に置いておく時点で優秀且つ頭も切れるはず。
給仕の特徴と強みも把握していると思っていい。
サヴァ―リの『ぴょん』は、サヴァ―リの羞恥心を煽る限界ギリギリの行為だった。あれ以上のこともあれ以下のことも、あそこまでの破壊力を生むとは思えない。
あの時は思わぬ状況に固まってしまったが、よく考えればそう思えてならない。
サヴァ―リの発言を聞けばふざけているようにしか見えないし、実際そうなのだろうが、それでも尚その裏に透けるのは叡智の残り香。
なるほど、確かにカイセルトが警戒するのも無理はない。他の第一、三、四皇子には会っていないが、第二皇子かそれ以上の曲者のはず。
(やっぱり気抜いていいところじゃないな……)
と、気を引き締め直したところで。
未だ顔を僅かに朱に染める少女に何も言わないのも拙いので、とりあえず一言。
「可愛かったですよ。マガセル様は面白い方のようですね」
半分本音、残り半分は含みのあるその発言に、サヴァ―リは特に不自然な動きをするでもなく、字面通りに受け取ったようで藍色の髪を揺らしながらサンドイッチに口をつけ咀嚼してから小さな声で、
「こ、光栄です」
いや本当に可愛いな良かったのかマガセル皇子これ貴方のお気に入りの給仕なのではいや俺は特にそういう気は起こさないけどさ、と心の内で凄まじい早口で詠唱を終えた士門は、頭の中のサヴァ―リのイメージを勝手に兎にした。
この間僅か〇・一秒。
先程の気の引き締めが早速意味を為さなくなったが、それはサヴァ―リには気づかれなかったようで、強引に紅潮を引かせた彼女が今度は士門に問うてくる。
「そういえばマリン様、『疑似視覚』は私がいない間に一度解けたのでしょうか?」
「? いえ」
突然そんなことを聞かれた士門は、意図を汲み取れず内心首を傾げ、それを声色だけで再現。僅か一日にしてこの妙技に至ったことは賞賛に当たるが捨て置き。
マリンの赤い瞳が『魔人族』に恐怖を与え、それが王族に仕える給仕であろうと変わらない以上、生来の視覚を使うわけにはいかず、現状士門の視覚の代わりになっているのが『疑似視覚』である。
一度発動すれば任意のタイミングで解くことが出来るものだと勝手に思っていたし、両の目を外に晒せない以上解く必要もないと思っていたが、そこでこの質問。
一体どういうことかとサヴァ―リの次の発言を待てば、質問の意図がようやく読めた。というかその発言が来るまで読めるはずがなかった。
「――え。『疑似視覚』は、どれだけ技量の高い魔術師でも一時間が限界のはず。ノウラス王国の『変わり者の魔法使い』でも一時間半で解除されていましたが」




