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12話

「『魔女』……貴様、何を企んでいる! ヤラ様に接触した目的を答えろ! 答えねば、ここでその首落ちると思え!」


 凄まじい剣幕でそう捲し立てると、これまた鋭い眼光を士門に向けて刃を首に押し当てる。

 ひやりと、金属の冷たく硬い感覚が首から感じられて、それでもどうしてか士門の心境に焦りは一切なく。

 ただただ冷静にあることを考えた。


 即ち、さてどうするか、と。


 当然ではあるが、士門からしてみれば初対面の女性である。これだけ警戒され、あまつさえ首を落とすとまで言わせるだけの何かをした覚えは皆無だ。

 つまり、目の前の女性がこちらをこれだけ警戒する理由は、先程自身で言っていた通り、『魔女』――マリンにあるということになる。

 ここでマリンの記憶が都合よく士門の脳内に浮上したりすればこの上なく楽なのだが、そんな展開にはなるわけもなく。

 というか、先の皇帝への謁見の場で、マリン・モーガンル・ラドルグホープは儀式の影響で記憶を失った、というカイセルトのでっち上げた設定は周知となったと思っていたのだが、まさかこんなことになるとはまるで思わなかったと士門は若干後悔する。

 あの場にいなかったことは考えにくいので、単純に『記憶を失っていると分かっていても警戒せざるを得ない経験をマリンにさせられた』ということなのだろう。


 一体どれだけの大惨事をこの女性にしたのかは気になるところだが、ひとまず置いて。


 問題は、本当に偶然だったヤラとの出会いを、仕組まれたものだったと勘違いされたうえで、返答を一つでも間違えれば殺されてしまうこの状況。

 中身が士門であると言うことがバレるバレない関係ないピンチである。

 既に凶器は士門の首に押し当てられ、気づけば士門に接近していたことを考えれば運動能力も相当に高いはず。身じろぎ一つで押し当てる力を強められる可能性は十二分にある。そうなれば女の柔肌から赤いトマトジュースが噴射されてデッドエンド。

 幸いなのは、この状況に想像以上に士門が適応できていることだろうか。少なくとも刃を首に押し当てられた時点でパニックになり下手に動くようなことが無くてよかったと思う。


「沈黙か。それが貴様の答えなのだな、『魔女』っ! いいだろう、ならばここで死ね!」


 拙い、とそう思った瞬間には、ぷつりと微かな音が聞こえて。

 感じるのは押し当てられていた箇所から溢れたような熱と痛み。

 凶器が止まる気配はない。吐いた言葉に偽りなく、本当に士門の首を落とすつもりなのだと理解できる。


 このままでは死ぬ。呆気なく、それこそ死ぬほど簡単に。

 避けなければならない。まだ殆どのことが分かっていないのだから。自分がどうしてこの世界に来たのかも知らないのだから。


 方法は分からない。出来ることは少ない。

 それでも模索しろ。この状況の打開策を。

 実現しろ。生きる手立てを。


 ――適応しろ。この世界に。


 そう考えた瞬間。

 驚くほどあっさりと、方法は浮かんだ。否、教えられた。


「闇属性轟級魔法『暗灯之――」


「――やめろ、マーム」


 士門が教えられた魔法を完成させるよりほんの僅か早く、凶器の進行を止める声が響いた。

 その声に士門の首を落とさんとしていた女性――マームは動きを止め後ろを見やる。

 ついでに首から凶器が抜かれ、ひとまず目下の脅威が去ったことを士門に伝えた。


 それをきっかけに、士門は完成間近の魔法を霧散させ、首の出血箇所を押さえる。

 出血量は多い。致死量には届いていないが、傷が十秒やそこらで塞がらないことを考慮すれば十分に命の危険を感じるレベルだ。

 生温かい鮮血が、着ている服と褐色の肌を赤く染め、首には先のヤラから受けた鈍痛とは比べ物にならない痛み。

 首から下が湯船につかっているような感覚なのに対して、首から上が痛いと言うのが実に気持ち悪い。


 が、慌てることなく確実に対処していく。

 すべきことは、体が教えてくれた。


「生命属性上級魔法『快治(リカバリー)』、時間属性轟級魔法『遡行(タイムバック)』」


 『快治』で首の傷を治し、『遡行』で服と、首を押さえた手についた血のシミを無かったことにする。

 そこまでして、気持ち悪さも取れたところで視線をヤラとマームたちの方に戻すと、そこには怯えた様子のマームと怒りを表情に滲ませるヤラがいた。


「あんなことをするひつようはなかった。なぜマリンをこうげきした!」


「も、申し訳ございません。しかし、ヤラ様。奴は、マリン・モーガンル・ラドルグホープという『魔女』は、王族にとって害でしかないのです。いずれ貴方様にも及ぶやもしれないその害を、取り除きたいという私の思いはどうか分かって頂きたく!」


「それでも、だめだ。マリンはくびからちをだしていた。しんでしまったらどうするんだ」


「…………」


 その言葉に、マームは沈黙で応じた。

 唇を噛み、何か言いたげに、しかしそれをヤラに伝えたところで意味はないと思っているようで。

 どう見ても納得は出来ていない様子だが、ヤラはそんなマームから視線を外して、士門の方に。

 給仕によって離された距離を駆け足で詰めると、


「すまない。マームをゆるしてやってほしい。いつもはあんなことはしないんだ」


 心の底から申し訳なさそうに、ヤラは謝罪した。

 果たして王族ともあろう者が、王族ではない士門に謝るのはどうかと思ってしまうし、単純に年下に謝られても困るだけなので簡単にこちらの意見を告げる。


「いえ、気にしていません。首の傷も治しましたし。それに……私は記憶を失っていますが、きっと彼女に何か敵意を向けられるだけのことをしてしまったのでしょう。ヤラ様が気に病む必要はありません。大丈夫です。マームさんも、私が気に障ることをしてしまったのなら謝ります。申し訳ありません」


 とりあえずの大人の対応。

 命の危機には陥ったが、ここまで子供に謝られると怒気も失せるというもの。

 新しい魔法の習得も出来たし、今回は結果オーライということで士門の中でひとまずの結論を出す。

 マームがヤラに聞こえないくらいの声量で『私に謝ったところで何も変わらない。その謝罪はあの方にするべきだ』と、何やら意味深なことを言っていたのでどこかでその真意を聞いておきたいが、まあそれはそれ。


「……う、うむ」


 歯切れの悪い返事が返ってきたが、士門は笑って本当に気にしてないよアピールでゴリ押すことにした。

 謝られても困るが、子供に気を遣われるのも大人的には少々困るのだ。


 と、そんな具合にひと段落ついた――正確には士門がつかせた――ところで。


「も、申し訳ありませんでしたマリン様! お出しできるものが見つからず、作っていたら遅れまして――って、ヤラ殿下!?」


 騒がしい声がようやく戻ってきた。


 声のした方に視線を向ければ、そこには大き目のバスケットを持つサヴァ―リの姿があった。

 士門がヤラと接触しているとは考えていなかったようで、その状況を目の前に驚きを隠せずにいる。

 こんな給仕寄越してよかったのか第二皇子、と心の中で思いながら、ひとまず事態は収束したわけだしと、士門は声をかける。


「サヴァ―リさん、遅かったので心配しました」


「あ、それは本当に申し訳ありませんでした……ではなく、どうしてマリン様がヤラ殿下と?」


「先程偶然居合わせまして」


「そう、だったのですか……えぇと、何か困ったことには?」


「大丈夫ですよ」


 無表情ではあるが気持ち笑うと、サヴァ―リはどこか安心した様子で近づいてきた。


 と、そのサヴァ―リの反応を見て、マガセルからの命令には他の皇子との接触も極力避けろ、と言ったようなものもあったのかと士門は考える。

 まあ、突き詰めれば情報の制限に繋がるのかもしれないが、何か各々の皇子にしか出来ない唯一無二のものがあるといったこともあるかもしれない。

 第十皇子ヤラ・ラドグラーゼは、特に警戒しなければいけない何かが――


「――マーム、あれはだれだ?」


「第二皇子、マガセル殿下の給仕であるサヴァ―リでございます」


「おぉ、マガセルにいさまの! ……なぜマガセルにいさまのきゅうじがマリンのせわをしているのだ?」


「えぇと……それは、ヤラ様が眠られていた間に行われた第五皇子カイセルト殿下と皇帝陛下のお話でそう決まりまして」


「む、そうだったのか」


 ――まぁ、ないかな。


 明らかに年相応の精神性を持った子供が、ちょっと偉そうな口調を取っている以上の感想を得ることが出来ない。

 よしんばその力を士門に使おうとしても、使う前に一言ありそうな感じだ。

 カイセルトも第六より下の皇子への警戒について特に何も言っていなかった。とりあえずボロを出さない以上に警戒する必要はないと判断した。


「サヴァ―リさん、昼食頂いてもいいですか?」


 折角景色も良いのだし、と近づいてきたサヴァ―リに問うと、


「は、はい、勿論です」


 了承の意がすぐに伝えられ、サヴァ―リは素早く昼食の準備を始めた。

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