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11話

 空を見上げてみれば、なるほど、陽が高く昇っている。士門の丁度真上辺りか。

 気づかなかったが、サヴァ―リの話を聞いているうちに昼になってしまったらしい。

 とはいえ、その時間はそれほど長くない。恐らくアレーナで目覚めた時間が既に十時くらいだったのだろうと思いながら、士門は返事する。


「はい、是非」


「では、お食事を持ってきますね。この吹き抜けからあちらに真っ直ぐ進むとお庭がございますのでそこでお待ちください」


 サヴァ―リは透明感ある藍色の髪を揺らし、士門に方向を指でさして示した後に、城の内部に入っていった。


 一人残された士門は、近くに誰もいないことを確認して、聞こえないほどに小声で呟いた。


「城ともなれば、中で食べられる場所もあるだろうに。まあ、王族側の都合かな」


 とりあえずサヴァ―リに示された方向に歩みを進めようと、その音を吹き抜けに置き、士門は足を動かすのだった。


 ◇


 歩くこと数分。

 サヴァ―リの言った通り、庭に到着することに成功した。


 が、しかし。

 士門の『疑似視覚』に映った景色は庭、というよりは原っぱと形容した方が伝わりそうな規模のものであった。


 少なくとも数百メートルは続いていそうな草地は、今士門がいる位置から少しずつ下がる様に、僅かに傾斜が付いており見晴らしと言う面では最高と言えた。

 庭の端には壁のようなものが設置されており、高さで言えば二メートル以上はありそうなのだが、坂になっているため、開放感を大して阻害しない。


 或いは青空を見た時よりも感動して――否、青空と緑の草との相性が素晴らしすぎて、思わず何秒も立ち尽くしてしまった。

 ハッと我に返ると、庭の壁の先の景色にようやく目が行く。


 士門の予想通りと言うべきか、この城は高原にあるらしい。

 自然と下に落ちた視線の先には、この場所よりさらに低く、遠い位置に立ち並ぶ建物が映った。

 実際に行ったことこそないものの、少なくとも写真では見たことのある高原のそれが、確かに広がっていた。

 勿論、そこまで緑は続いており、大自然をただひたすらに士門に叩きつけてくる。


 自分でも驚くほどに軽いが、この世界に来れて良かった、なんて思ってしまうほどに、士門にとっては絶景だった。


 ――ただし。


「…………」


 後ろに聳える巨大な城内部で勃発している何らかのいざこざに、士門が巻き込まれていなければ、ではあるが。

 なんなら当事者である。にも拘らず、あんまりカイセルトから情報を貰えていなかったりする。特にマリンに関する情報を。


 愚痴を言っても仕方ないのは分かってはいるが、もう少し満喫させてくれたっていいじゃないかと思ってしまう。

 折角これだけの自然があるのだから、と。

 まあ、カイセルトにとってはこれは見慣れた光景だし、言ったところで一言多いあの口が、士門には勝ち目のない言葉を発することになるのは火を見るよりも明らかだ。

 あくまでも胸の内に留めておく。


 さて、そんな思考で時間を潰したところだが、しかしサヴァ―リがまだ来る様子はない。

 食事の準備に手間取っているのか、はたまた主たるマガセルに更なる指示を受けているのか。

 どちらにしろ、もう少し昼食まで時間がかかりそうだ。

 暇つぶしに探検でもしてみようか。いや、それをして姿が見えないとなれば間違いなく大捜索が始まるだろう。それが原因で死にたくない士門は軽率にそんな行動を取るのをやめる。


 というか、よく考えれば士門が一人でここにいるこの状況、結構拙いのでは。

 ともすればサヴァ―リの立場も士門の立場も危なくなるのでは。


 と、そんな嫌な予感が頭を過った時だった。


「――そこのきさま」


 不意に、子供の声色でそんな言葉を投げかけられる。

 位置的には士門の右、それなりに離れた位置――だいたい五百メートルほどの場所からか。


 声を聞いただけでおおよその位置が分かってしまう、中々おかしな聴力を発揮しつつ、とりあえず声をかけられた方向を向けば、そこには。


「ちょっとこい」


 どう見ても幼稚園児くらいの子供が、美女の給仕を三人引き連れていた。


 肌はやはり褐色。

 角と髪の色は黒。つまりは王族の血を引く者であると推測できる。

 子供らしい幼い顔立ちではあるが、目は切れ長で、どこかカイセルトを思わせる。

 服装はやはり威厳あるそれ。しかし体が小さく幼い顔つきのためか、どうにも可愛らしい印象がついてくる。まあ、将来的に見れば間違いなくイケメンだ。


 そんな少年を前に、士門はどうしたものかと頭を悩ませる。

 恐らく、目の前の少年は第四か、それ以上の王位継承権を持つ皇子ではないだろう。明らかにカイセルトより年齢が低い。

 手を出すかもしれないとカイセルトの言っていた第七皇子である可能性も否定できないが、曰く、することのたかは知れている。

 とくれば、必要以上の警戒は必要ないように思えるが、しかし。

 王族と関わることが得策ではないことも事実だ。


 下手を打って儀式の真実をバラしたくないこの状況、果たしてどうするべきか――


「――おい、ぼくのいうことがわからないのか」


 と、そう聞こえると同時に露出した脛に小さな鈍痛。

 何事かと思考を中断して下を見れば、メロン二つのさらに下にかろうじて先程の少年の姿が確認できた。

 士門が思考を続ける間にこちらまで移動してきたらしい。視線を前に戻せば、給仕三人もいる。


 とりあえず状況の把握を済ませた士門の足を、もう一度鈍痛が走った。

 今度は逆の脛である。

 別段表情を変えるほどの痛みではないのだが、とはいえ王族だろうと年下に脛を蹴られ続けるのは避けたい士門は、ちょっと沸いてきた殴ってやろうか、という意思を腹の奥底に封じ込めて応じた。


 しゃがみ込み、少年と視線の高さを合わせて。


「申し訳ございません。どういたしました?」


 無表情のまま、声色は努めて明るく、丁寧にそう言った。


 が、少年はむすっとした表情を変えず、チラリと後ろにいる給仕たちを見た後に突然大きな声で。


「だ、だまってぼくにしたがえ!」


「………………?」


 思わず士門は首を傾げた。

 従え、と言われても、従うべき命令があるとしたらそれは先程の『ちょっとこい』であり、けれど既に少年の方がこちらへ近づいてしまった以上、来るも何もあったものではない。

 半ばやけくそ気味に放ったその言葉の真意を汲み取り切れず、士門は脳内で疑問符を浮かべる他なかった。


 それ以降少年の方から何かを言うことも無く。

 かと言って、給仕が助けに来るわけでも無く。

 ただただよく分からない時間が続くこと数秒。


 未だ状況を呑み込み切れない士門は、それでもとりあえずと行動を起こした。

 少年のしたいことがいまいち見えてこないので、先程の状況のやり直しでもするかと、安直に考えて。

 とりあえず、涙を微かに溜め込んだ目で士門を見る少年を自身の細腕で抱き上げて、給仕たちのいるところまで運ぶと、少年を降ろし、自分は元居た位置に戻る。


 そして、今度は士門が少年の方に向かい、しゃがんでもう一度視線の高さを合わせてみた。


 すると涙を溜めていた少年が、ふにゃりと破顔して、


「あははは、おもしろいなきさま」


 と、そんなお褒めの言葉をくれたのだった。


「ありがとうございます」


 士門はこの訳の分からない状況を訳の分からない方法で何故か解決できてしまったことが心底不思議ではあったが。


 ともあれ、とりあえず事態はこれで一旦収まった。

 少年のしたいことが何であったのかを聞かねばともう一言続ける。


「それで、なんの御用だったのですか?」


「とくにない」


「え」


「とくにないからみつけたきさまをよんだのだ」


「そう……ですか」


「ぼくはヤラ・ラドグラーゼ。ラドルグていこくのだいじゅうおうじだ。きさまは?」


 幼い声色で、貴様、という言葉を使うアンバランスさに内心苦笑しつつ、士門は自己紹介に応じた。


「私はマリン・モーガンル・ラドル――」


 ――グホープと、そう言いかけて。


 突然刃を突きつけられた。

 三人いる給仕のうちの二人が一瞬にして士門に迫り、残った一人がヤラを後ろに引き寄せる、まさにあっという間の出来事。


 しかし、はて。

 士門は今の名乗りに、一体どれほどの失態があったのかが分からない。

 確かに第十だろうと皇子を抱き上げたのは拙かったかもしれないが、それ以上にあの場でヤラが泣いてしまう方が拙かったと考えられるし、他に何かあるとしたらマリンの身体的な特徴だろう。だが、『魔人族』にとって恐怖の象徴である赤の瞳は現在布で覆われ、見ることが出来ないようになっている。

 特にこれと言った失敗は無いように見えるが。


 思考しつつ、とりあえず無表情のまま為されるがままに刃を突きつけられた状態が続くこと数秒。

 士門が考えを纏めるよりも先に給仕の一人が口を開いた。

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