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9話

 そして残された二人。

 士門が顔をサヴァ―リの方に向け、『疑似視覚』で確保された視界で見ると、そのことに気づいたサヴァ―リは一瞬びくりと肩を跳ねさせてから、けれど瞳が隠れているだけ幾分かマシなようで、すぐに平静を取り戻して、髪色に少し黒を混ぜた暗めの藍色の瞳で士門――マリンの服装を観察し、一言。


「とりあえず着替えましょうか」


「……お願いします」


 ◇


 さて。

 そんな会話があった後。

 サヴァ―リによって、マリンの部屋に仕舞われていた衣服はマリン――士門に纏われた。

 既に羞恥心の欠陥に残念ながら成功してしまった士門にとって、その一連の出来事は大したことではなかった。決して、『あぁ、俺もう戻れないな……』なんて思ってはいない。ほんと、マジで。

 とはいえ、漫画などで見るような貴族然としたドレスではなく、あくまでも動きやすさを重視した服装であったことは救いと言えた。スカートだから下半身に違和感があるが。ちなみに上はブラウスに分類されるだろうものだった。


 そこからどうするのかという話をサヴァ―リから持ち出され、自由行動をしても大丈夫そうだと悟った士門はとりあえず、


「この部屋から出たいです」


 即答でそう告げた。

 今いる部屋は光源が少ないために薄暗く、その上でどこかじめついている。

 さすがにこんなところに留まることを選択する気にはなれない非快適感だ。


 そんな申し出は、果たしてサヴァ―リに快く承諾され、今度は自身の足でまたも薄暗い階段を上がり切り、カイセルトに抱かれた状態で微かに見ることのできた城の北に位置する吹き抜けに到着した。


「…………」


 とりあえず空を確認。

 まだ効果の残る『疑似視覚』によって脳へ送られた情報を噛み砕いてみれば、頭上に広がるのは何処までも広がる青空だった。

 地球と共通した自然を前に、士門は感動を覚える。

 しかし、心なしか空との距離が近い気がしないでもない。気のせいと言われればそれまでではあるが、もしかしたらこの城は比較的標高の高い位置に存在しているのかもしれない。

 そう考えると、確かに若干気温が低い気もする。

 気候的な要因は地球にいた頃と変わっていないのだろうか、いやしかしまだここが高い位置にあるのかどうかは定かではない。断定するのは早計か。


 と、改めてアレーナ、及びラドルグ帝国の情報を自身の目で見て吟味していると、


「あの……マリン様。どうかいたしましたか? 今日の空に、特段変わったものはございませんが……」


 延々と空を眺め続けていた士門を心配しサヴァ―リが声をかける。

 が、その言葉が士門に新たな疑問を生んだ。


 ――ので。


「今日の……ということは、別の日には空に何かがあるということですか?」


 とりあえず聞いてみた。

 口ぶりからして、間違いなく空に何かがある日があるということだ。

 是非とも聞いておきたい。

 カイセルトから、質問はサヴァ―リにしろと言われたのだ。その言葉に甘えるとする。

 間違っても士門は悪くない。そう心の中で呟いて。

 ボロを出さないように、という拘束具が嵌められてはいるものの、設定的には士門、もとい今のマリンは記憶喪失。気になることを聞いても何の違和感もないとも呟いて。


「はい、そうですね。直近ですと……確かここら一帯の空が血で赤く染まりました」


「…………」


「最近はどうも王族に楯突く輩が多く。手を組んで『反乱軍』などと銘打ってはおりますが、所詮は弱肉強食を唯一不変の掟とする『魔人族』において、王族に勝てなかった弱者に過ぎません」


 何やら地球で育った士門の価値観とは相容れ無さそうな思想が、ドジっ子メイドのサヴァ―リちゃんの口から飛び出し、士門は思わず固まった。


 まさか美少女であり、愛らしい容姿とドジっ子と言うキャラクター性を持ったサヴァ―リからそんな言葉が紡がれるとはさすがに想像が出来ない。

 仮に出来たら士門の感性も中々に危険だ。


 そんなことを考えながら、硬直を続ける士門を前に、サヴァ―リは一息を置いてからさらに続けた。


「……ここ二年ほど、高い頻度で王城を、というよりも皇帝陛下の首を狙って攻撃を仕掛けておりまして。業を煮やした皇帝陛下に殲滅されていましたが。空が赤く染まったのはその影響です。マリン様も念のためお気を付けください。いつやってくるか、分かりませんので。中級魔法が行使できたとはいえ、マリン様はまだ魔力を完璧に扱えるわけではございません」


「は、はい」


「あっ、申し訳ございません長々と」


「いえ……ただ少し、驚きまして。まさか、そんなことが起きているとは思っていなかったものですから」


 困ったような声色で言葉を紡いではいるものの、正直内心驚いたじゃ済まないくらいには動揺があった。

 これで士門がマリンの体を使っているのだとバレてしまったら、一体どんな残酷な殺され方をするのか、とか。


 しかし、こんな少女にすらあるこの価値観こそが、恐らくは『魔人族』にとっての普通で、ともすればアレーナにおいても共通のものなのかもしれない。

 相当に物騒な世界に来てしまったなと身震いしながら、それでも士門は死ぬわけにはいかないと必死に頭を巡らせる。


 現状分かっていることを頭の中で整理してみる。

 まずここは異世界であり、名をアレーナということ。

 士門がいるのはアレーナの北東に位置するラドルグ帝国、その城であること。

 今士門が動かしている体はマリン・モーガンル・ラドルグホープと言う名の少女であること。

 マリンは『魔女』、或いは『ラドルグ帝国の希望』と呼ばれていること。

 そんな少女の体をどういうわけか士門に渡したのは、この国の皇子、カイセルト・ラドグラーゼであること。

 そのための儀式の全容を、カイセルトは皇帝であり父でもあるハイレナス・ラドグラーゼにすら明かしていないこと。

 儀式後のマリンは記憶喪失であり、魔法と呼ばれる超常もそれを行使するための魔力の扱いすらも困難な状態である、という設定であること。

 国家体制に、何かしらの違和感を感じること。

 それと関係しているかは不明だが、カイセルトの立場は良いものではなく、口ぶりからしてカイセルトは皇帝及び第一から第四皇子を敵対視していること。

 士門の給仕となったサヴァ―リは本来、第二皇子マガセル・ラドグラーゼに仕える給仕であること。

 マリンの赤い瞳は『魔人族』にとって恐怖の象徴であること。

 何故か魔力を使うことも出来なかった状態から、魔法名を聞いただけで中級魔法を行使できたこと。

 『魔人族』は弱肉強食を至上主義としていること。

 この城は『反乱軍』と呼ばれる徒党を組んだ『魔人族』による襲撃にそれなりの頻度で晒されること。

 それを城の住人は意に介していないこと。

 マリンの中身が士門であることが露見すれば、死ぬこと。

 それ以外のほとんどが分からないこと。


「…………」


 文字に起こしてみればそれなりの量ではあるが、これを繋ぎ合わせたところで何か、核心的なことが分かるわけでもなし。

 しかし、こうして整理してみれば、次に何をすべきなのかが、うっすらと見えてくることもある。


 現に今の士門がそれである。


「サヴァ―リさん」


「はい。どういたしましたか?」


「このお城に、書物を集めた場所はありませんか? いつまでも記憶喪失のままというのは忍びありませんので、出来れば一般常識を身に着けたいのですが」

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