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第7話 物静かなお嬢様と何も知らなすぎるお付きの少年

 一日目は特に問題が起きることもなく、街道を進んだ。二日目は宿を出て指定されたルートの森を進むことになった。


 天候は良好。特に危ない魔物が現れる気配もなく、これでは本当にただの物見遊山といった感じだ。ただ、全く声を発することのないお嬢様は、風景を楽しんでいる様子もない。表情も伺えないし、何だかちょっと不気味な感じさえするわね。


「ねぇ、パークス」

「なんだい?」

「……あのお嬢様、何だか違和感、感じない?」

「そうかい?」

「うーん。なんて言うか、お嬢様らしくないと言うか……」

「それを言ったら、ミシェルもじゃない?」

「ミシェルとはまた違って……」


 二人でこそこそ話していると前方を進んでいたミシェルが声を上げた。


「ねぇ! そろそろ、野営が出来るポイントを探そうよ」


 このまま走り通しても、夜遅くにはリーヴの神殿に着けそうなところまで来ていた。しかし、馬が疲れている所を襲われでもしたら大変だ。

 まだ追っ手がいるとは限らないけど、もしもの時は、馬に全速力で駆け抜けてもらわなければ困る。


「……夜の間、走り続ける訳にもいかないし、馬も休めたいわね」


 考える私に、四人の視線が向けられるのを感じた。


「まずは水場を探しましょう!」

「近くに川か泉があると良いんだけど……」


 馬の歩みを止め、森をぐるりと見渡したパークスは目を閉ざすと耳に手を当てて音を探り始めた。すると、すぐに水音を聞き取ったようで森の中を指さした。


 それからややあって、馬を休めながら野営が出来そうな場所を見つけることも出来た。おそらく、旅の冒険者や商人たちも使ったことのある場所なのだろう、燃え残った薪や灰が見られた。


「馬に水を飲ませてくるけど、誰か一緒に来てくれるかな? さすがに三頭を連れて行くのは無理だからさ」


 パークスの提案にミシェルはすぐ立ち上がって、木に結んでいた手綱を解いた。そうなると、お嬢様を護衛するのは私ということになるのね。


「それじゃ、お嬢様と私が」


 ここに残って荷物を見ていると答えようとすると、無口なお嬢様は馬を引いてさっさと歩き出していた。


「パ、パークス! さっさと追いなさい!」

「あ、あーうん……じゃぁ、行ってくる」


 声が裏返るほど驚きながらパークスに言うと、さほど驚いた様子もない彼はミシェルと二人、お嬢様の後をついて行った。

 何なのかしら、あのお嬢様は。

 どっと疲れを感じてため息をつくと、すぐ横にいたお付きの少年が「大丈夫ですよ」と言った。


 意外に高い声に驚いて振り返ると、少年は帽子を目深く被って俯いてしまう。どれだけ恥ずかしがり屋なのかしら。


「お、お嬢様は乗馬にも長けていますから」

「そのようね。あなたを乗せても全く疲れを見せないし、日頃から訓練をされてる騎士みたいね」

「そ、そうでしょうか……」

「騎士団を抱える貴族様のご令嬢なのかしら?」


 つついてみたけど、少年は口を固く引き結んでしまった。

 そう簡単に口を割るわけないわよね。それにしても、お嬢様についていかなくて良かったのかしら?

 まあ、この数日みていても、本当に何も出来ないお付きだから、ついていったところで足で惑いだろうけど。


「さて、用意しちゃおうか」


 ただぼうっと突っ立ている訳にもいかないし、私は周囲の石を拾い始めた。休む場所の確保をするためでもあるのだけど。


「何を、されているのですか?」

「薪を組む場所を確保するのよ。少し土を掘り下げて石で囲んでおくと、火をつけた時、風よけになるの」

「魔術師さんは、博識ですね」


「まぁ、お屋敷で働く人には必要ない知識ね」


 魔術師というよりは、野営をする可能性も考慮して身につけた知識だけどね。褒められて悪い気はしないわ。


「あ、あの……ぼっ、僕もお手伝いします」


 もじもじとした聞き取りにくい声に首を傾げると、少年はきょろきょろと辺りを見回していた。そして、随分小さな石を拾おうとする。本当に、何も知らないみたいね。


「なるべく大きい石が良いわ。持てる程度で良いけど」

「は、はい」


 どもりながら返事をした少年は、小さな石を手放すとすぐ傍にある石を指さした。


「それくらいが丁度良いわね」

「わっ、分かりました」


 しゃがんだ少年は、両手で抱えられる石を持ち上げる。すると、その石の下からぞわぞわと虫が大量に現れた。こればっかりは、私も好きになれないのよね。


「ひっ」

「あぁ、森だから」

「ひっ……ひやぁあああああっ!」


 虫くらいいるわよと笑い飛ばそうとすると同時に、まるで女の子の様な甲高い悲鳴が、少年の口から発せられた。

 放り出された石がゴトンっと音を立てて転がり、少年は私の背にしがみついた。


「私も虫は嫌いだけど。そこまで驚かなくても……」

「あ、あ、あ、あんなに、い、いっ、いっぱいの虫は、見たことがな、ない、です」

「庭いじりとかしないの?」

「……庭、いじり?」

「あぁ、あなた、お嬢様のお世話係だったわね。そんなことしないか」


 庭の石の下にだって虫はいるわよと言えば、少年は震えあがって頭を激しく振った。何だか、小動物みたいでミシェルに見えてきたわ。

 これじゃ、薪の用意を手伝わせるのも難しそう。本当に、お嬢様のお手伝いをするためだけの子みたいね。


 ふと、私のローブを掴む指を見て違和感を感じた。


 ずいぶんしなやかで綺麗な指先だ。お世話係と言っても、あまり苦労してなさそうね。まぁ、男の子がお嬢様のお着替えを手伝ったりするとは思えないし、話し相手や荷物持ちとか、お飾りみたいなものなのかもしれない。

 そんなことを考えながらまじまじと見ていると、後方の草むらがガサガサっと激しく揺れた。

 パークスたちが戻ったのかしら。


「パークス? 早かったわね」


 声をかけながら振り返ると、そこにはお嬢様が立っていた。

 深く被るフードの下からも分かる威圧感が、私に向けられている。まるで、今にも剣を抜きそうな空気を醸し出していた。


「あ、あの! だ、大丈夫です……む、虫を見て、驚いてしまって」


 少年が慌てて声を上げ、石を指さした。すると、お嬢様はほっと肩の力を抜いて頷いた。

 この二人、何なの。

 唖然としていると、苦闘しながら馬二頭を引っ張るパークスが戻ってきた。


「……ミシェル、ここは任せて良いかな? 私とパークスで薪を拾ってくるわ」

「いいよ。疲れたら交代するからね」

「ありがとう」


 馬を木に繋いでいたミシェルにそう言い、私はパークスの腕を引っ張った。


「え、俺も少し休みたいんだけど」

「薪がないと、休めないでしょ」

「……左様ですね」


 がっくしと肩を落とすパークスを連れ、茂みに踏み込む。そのまま、無言で野営の場所から少し距離を取った。

 私の様子にパークスは何かを感じたのだろう。声を潜めるように私を呼んだ。


「アリシア、何かあったのかい?」

「……やっぱり、変よ」

「変って何が?」

「あのお世話係の子、ちっとも手が荒れてないの。まったく水仕事なんてしてませんって感じの手よ。まるで」

「アリシア、依頼者のことを詮索するのは良くないよ」


 私が持論を展開しようとすると、パークスはぴしゃりと言った。


「そうだけど……何よ、優等生みたいなこと言って。パークスらしくないわ」

「そうじゃなくて。事情があるから司祭に相談したお嬢様だよ。お付きにも事情があってもおかしくないだろ?」

「事情って?」

「んー、例えば、駆け落ちとか?」

「それはないんじゃない? あのお嬢様、顔は見えないけど雰囲気は私たちよりも年上よ。行き遅れのお嬢様とあんな少年が……」


 言いかけて、はとと気付いた。

 世の中には幼児愛主義者というものが存在すると聞いたことがある。もしかしたら、あのお嬢様がそうなんじゃないかしら。それなら、あの少年の悲鳴に血相を変えて──実際、顔は見えなかったけど──戻ってきたのも頷ける。


「アリシア……なんか、変なこと考えてるだろう?」


 黙り込んだ私を見て、パークスが深々とため息をついた。


「失礼ね。私は色々なケースを考えているだけよ」

「考えても仕方ないと思うけどね。俺たちは、無事にお嬢様を送り届ければ良いだけだよ」


 そう言ったパークスは、黙々と薪拾いを始めた。

 言っていることは分かるんだけど、どうしても、あの二人の関係が気になるのよね。

次回、明日8時頃の更新となります


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