第4話 私の大切な友達は問題児ばかり?
絵本で見ていた魔法使いが、夢を叶えてくれるって本当に信じていた。冒険譚にワクワクして、魔法が使えたらきっと素敵なことが起きるって。
だから、「魔術師になるにはたくさん勉強しないとダメだ」と父に言われた通り、ひたすら学んだ。
諦めない私に、貴族子女に負けないくらいの家庭教師がつけられた。歴史や算術、魔法学だけじゃなくて淑女のマナーまでみっちりと。
厳しくすれば私が音を上げると、父は思ったんでしょうね。
当然、そこに多額の費用がかった訳だけど、そうだと知ったのはずいぶん大きくなってからよ。今思えば、金で貴族の仲間入りをしているって言われるのは、あながち嘘じゃないわけだ。
嘘じゃないけど、買えるのは環境まで。
人脈作りは私の手でやらないと意味がない。それに、友達は金で買えるものじゃないって、最近、つくづく思うのよ。
問題児二人を前にして、私はため息をつかざるを得なかった。
「ミシェル、どうしたら火の基本文に大地の文字が混ざり込むのよ」
「え、間違えてた?」
「ほら、ここの単語、直して。それとパークス! あなたはまず提出物を溜めないこと!」
「いや、ほら、やることがあって──」
「口ごたえしない! どうしたらこんなに溜められるのよ」
宿題を見てほしいと言われるのは、提出期限ぎりぎりと決まっている二人を前にして、私は頭が痛くなった。
ミシェルは基本的なことを分かっているんだけど、単語の記述ミスが多く見られるのよね。テスト用紙を見せてもらったら、記入欄を間違えるなんてヘマまでやる始末。意外と落ち着きがなくて、おっちょこちょいな子だ。
「そもそも、二人して休みがちなのが問題よ」
「そ、それはいろいろ事情があってだな……」
「どんな事情よ」
「それは……」
「どうせ寝坊した、気が向かなかったとかでしょ」
「まぁ、それもある」
目を逸らすパークスにため息をついていると、ミシェルが私の肩を叩いた。
「アリシア、出来たよ。これで良い?」
「見せて。どれどれ──」
肩を寄せ合いながら教本に書き込まれた解答をチェックし、私はまた単語のミスを発見する。
自信満々な顔を見て、頭が痛くなった。
「ミシェル。綺麗な文を作れるのに、どうしてこう単語を間違えるの?」
「うぅ……詠唱はぱっと頭に浮かぶんだよ」
「それをきちんと説明できないと。それに、単語の間違いは減点対象よ」
定型文とは少し違う綺麗な言葉の並びを見て、私はため息をつく。これがぱっと思い浮かぶだなんて、天性のものよね。
なのに、スペルミスとかもったいなさすぎるじゃない!
「ううー、筆記苦手ー」
「苦手とか言わないの。進級のためよ!」
ほらほらと急かしながら、もう一人の問題児を見る。
「そう言えば、明日は初めての攻撃系魔法の演習があったわね。パークス、詠唱は大丈夫?」
「あー、魔法弾の基礎演習だったね。基本形は問題ないかな」
「実践なら私に任せて!」
「うん、ミシェルのことは心配してないよ」
両手を合わせて笑うミシェルは、ふわふわの赤毛を揺らした。明日が楽しみで仕方ないといった表情だ。
筆記は苦手のミシェルだけど、実技演習では常に成績優秀だ。先生に呼ばれてお手本を見せることもあるくらいだから、全く心配していない。
パークスだって、本気を出したらそこそこいけると思う。だけど彼は、すぐ手を抜くのよね。まるで、目立とうとしない。
「ほら、さっさと続きやるわよ!」
あくびをするパークスの頬を引っ張った私は、教本を叩いた。
◇
翌日、演習場で待機していると、定刻通りに実技担当のアデル先生が姿を現した。
艶やかな金髪は川の流れのようにさらりと揺れた。切れ長の瞳は美しい濃紺の宝石のようで、視線を向けられた男子たちが明らかに色めきだつ。彼らの中には、本気で恋心を抱いてる子もいるらしい。全く、何のために入学したんだか、呆れるわね。
でも、体の線が分かるロングスカートも着こなす、お世辞抜きの美女だ。まるで美の女神のようだと、お化粧やお洒落のお手本にする子もいるって聞いたことがあるわ。
演習場がそわそわとした空気に包まれているのも、仕方のないことなのだろう。ただ、アデル先生って、その見た目に反して凄く厳しいのよね。
私はパークスとミシェルをちらり盗み見た。
「先日の座学で、魔法弾は無詠唱で連続発動が出来るようになることを目標とするよう説明したこと、皆さん、覚えていますね」
演習が始まると、先生は案の定ミシェルを手招く。きっと、今日もやって御覧なさいと言うのだろう。
「あなたたちは、様々な魔法、魔術を実践で使うことになります。その基本となる魔力のコントロールに、魔法弾の練習は最適です」
アデル先生が指さした先に、二つの石柱が現れた。
「ミシェル・マザー、一つは複数の魔法弾、もう一つは単体の魔法弾で砕いてみせなさい」
石柱は大人の男ほどの大きさがある。あれを砕くには、相当の魔力が必要だろう。私の今の魔力だと、一つを砕くのも精一杯、下手したら魔力切れで倒れるんじゃないかしら。
「どちらも、同量の魔力でね」
「はい!……えっと、右が複数で、左が単体。同量の魔力で複数と単体……」
「それと、あなたの筆記試験、あまりにも酷かったわよ。これは追試験です。この場で、きちんと詠唱を唱えてごらんなさい」
「うぅっ、分かりました」
手厳しい一言に、クラスメイトからくすくすと笑い声が上がった。だけど、ミシェルはそんなことを一切気にした様子もなく、石柱に集中していた。
杖が構えられ、青い瞳が真っすぐに的へ向けられる。
ひそひそと話し声が上がると、そこにアデル先生の冷ややかな視線が向けられた。あの子たち、きっと減点ね。
辺りがしんっと静まり返った。
小さな両手で持たれた杖が地面と平行に構えられ、ぴくりとも動かなくなる。
ミシェルがすうっと息を深く吸い込む音が届いてきた。直後だ。
「深淵に眠る赤き血潮、輝く命の光。この手に集まりて我が声に応えよ!」
凛とした声が響き、ぐるりと杖が一回転し、二つの魔法陣が彼女の前方に展開した。
「……まさか同時に発動するつもり?」
思わず私が声に出すと、周囲の学生たちがざわつき出した。
おそらく、私も含めて魔法陣の同時展開が出来る学生は、この学年にいない。そんなこと、まだ誰も教わっていないもの。
驚愕に口を開けていると、魔法陣が眩い輝きを放った。
「我が敵を貫き、砕け!」
ミシェルの詠唱が終わると同時に、二種類の魔力の塊が出現した。
右の魔法陣では、クルミの殻ほどの無数の小さな塊が、まるで星のきらめきのように輝いている。左に浮かぶのは人の頭頂部ほどの大きさのものだ。
「いっけー!」
可愛らしい号令が発せられた直後、魔法陣が輝きを増し、魔法弾は二つの石柱に向かって発射された。
激しい粉砕音が響き渡り、土埃が巻き上がる。
ミシェルが杖をくるりと回して、ふうっと息を吐くと、こちらを振り返って「どうですか、先生」と尋ねた。
アデル先生は目を見開き、私とクラスメイトも一同に言葉を失っていた。
今までも、ミシェルの演習の場で見せる魔法のセンスは凄かったけど、攻撃魔法の威力はケタ違いだわ。きっと、上級生にも負けていない。
「……ミシェル・マザー、少々威力が強すぎですよ。もう少し魔力のコントロールを学ぶ必要がありますね」
一つ咳払いをしたアデル先生は、新たにクラスメイト分の石柱を呼び出すと、まずは一点集中で的に当てる訓練から始めるよう告げ、この日の実習が始まった。
この日を境に、ミシェルに絡む男子がいなくなったのは言うこともないだろう。
パークスはといえば、可もなく不可もなく。
派手な攻撃魔法こそ見せなかったけど、正確に一点を続けて撃つことで、綺麗に的へとヒビを入れた。その丁寧かつ正確な攻撃は彼らしいわね。魔力をセーブして、ヒビを入れるに留まるのも、怠惰な彼らしいわ。
私はといえば……一点を撃つことは可能なんだけど、魔力不足で、パークスと大差ないヒビ入れしか出来ずだった。こればっかりは、どうしようもないのよね。
「本日の授業は以上です。皆さん、学期末に報告する実践報告に取り組んでいるかと思います」
授業の最後、アデル先生が試験の話に触れた。
「窓口の掲示板に貼り出された依頼リストを確認し、自身の魔力量、技量などをよく考えて引き受けるように」
就業の鐘が鳴り、アデル先生は演習場を去っていった。
教室に戻る道すがら、クラスメイトは実践報告について話しあっていた。
「どんな依頼受けた?」
「薬草の採取と、お届け物、失せ物探し」
「私もそんな感じ」
私の前を歩く女子たちは、指折り数えながらはなしている。どうやら、小さな依頼を重ねて点数を押さえるつもりらしい。
実践依頼は、学園できちんと管理されて点数がつけられている。自分の実力を過信しなければ失敗することはない。一年生は、日頃から小さな依頼を引き受けって点数を重ねるのが基本パターンだ。
ただ、私は店の手伝いもあるため数をこなせずにいるのよね。一応、合格ラインを越えているけど、これでは上位に食い込むのが難しいかもしれない。
さて、どうしたものか。
「ねえ、パークス。後で掲示板を見に行きましょ」
「俺、合格点分は終わってるけど」
「私もよ」
「じゃあ……」
「上位を狙うには足らないの」
嫌そうな顔をしたパークスだけど、分かったよとため息をつくように頷いた。
次回、明日8時頃の更新となります
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