第1話 幸せな結婚より、叶えたい夢がある!
「魔術学園に通いたい?」
「はい。私、お父様の後を継ぎ、バンクロフト商会をもっと大きくしたいのです!」
「お前は女なのだから、良い婿を迎えてくれればいいのだよ、アリシア」
執務机に置かれたグレンウェルド魔術学院の合格通知書を手にした父は、細い目を見開いた。
白髪交じりの髪がかき乱され、小さなため息がこぼれる。
きっと、私がまたワガママを言っていると思っているに違いない。父は基本的に、女の子は勉強をする必要がないって古い考えの人だもの。容易に想像がつくわ。
「お父様は考えが古いです!」
動揺を誤魔化すように眉を寄せた父を睨み据え、私はきっぱり言った。
ここで引き下がりでもしたら、父に敵わないと負けを認めるのも同じよ。そんなんじゃ、私の夢も叶いっこないわ。
息を深く吸い、思いの丈をぶつけるべく、私は再び口を開いた。
「グレンウェルド国では、女性の魔術師が多く活躍しています。商人も、女だ男だと言わずに商いをすることが出来るはずです。私はより良い商いをするため、学園で学びながら新たな人脈を作り、バンクロフト商会のために成長したいのです!」
流れるように言いきった私は、父の反論に身構えた。さあ、かかってらっしゃい。何を言われようとも、私は諦めないわよ!
「やれやれ、お前の頑固さは誰に似たのか……分かった。入学を認めよう」
ため息交じりに笑った父は、あっさり認めた。
え、こんな簡単に認められちゃって良いの?
もっと難癖付けて反対されると思っていたのに、拍子抜けだわ。
それでも認められたことは嬉しい。だって、今まで入学のためにひたすら学んできたんだもの!
口元をゆるめ、ありがとうございますと感謝を口にしようとした。その時だった。
「だが、条件がある」
笑みを消した父は私を真っすぐ私を見つめた。
「……条件、ですか?」
「まず、学園を卒業するまでに他国の貴族と深い繋がりを作ること。かつ、常に上位の成績を納めてバンクロフトの名を広めること。そして卒業まで、恋愛は禁止だ」
女のお前に出来るわけがないだろう。したり顔の父は、まるでそう言っているようだ。
「お前が国家の認める魔術師となるのは、バンクロフト商会のためだ。婿探しに行くわけではない」
私が学生生活を楽しむために入学の許しを乞うているとでも、思っているのかしら。
笑わせないでほしいわ。
私は余裕の笑みを浮かべて胸を張った。
「そんな心配はいりません。必ず、その条件を達成してみせます!」
「もし叶わなかった時には、卒業後、私がお前の婿を用意する。分かったな」
分かったも何も、元より、恋愛なんて興味ないわ。
私の目的は、商売のためになる人脈を作ることなんだから。まぁ、父がどう思おうとも、私は夢を叶えるために魔術師学院の門をくぐって学ぶまでよ。
「誰もが認める、あきんど魔術師となり、バンクロフト商会をより繁盛させてみせます」
「あきんど魔術師か、悪くないな!」
私の造語に大口を開けて笑った父は、入学に必要な書類へと署名をしてくれた。
こうして私はグレンウェルド魔術学院に入学することを認められた。これからの三年間は首席を貫いて、かつ、商売に有益な貴族の友人を作る。それも、国外にね。必ず、やり遂げて見せるわ。
◇
魔法大国と称されるグレンウェルド国では、秀でた魔術師が厚遇される。そこに出自は関係なく、例え庶民だとしても国営の魔術学院を卒業すれば、魔術研究や政策に携わる重要機関への道が開かれる。
とは言っても、貴族子女の入学も多い。そのため学園内はある種の社交場となっているから、貴族の礼節や各国のパワーバランスをある程度知らないと恥ずかしい思いをする。結局、魔術師は貴族でないとなれない、なんて庶民に揶揄されるくらい、貴族に有利な場所だといえる。
そんな風に、私は微塵も思ってない。
庶民だって、もっと前に出るべきよ。そのチャンスがここにあるって言うなら掴むしかないじゃない。
毎年、庶民からも数名の合格者は出ている。でも、商家の娘が首席合格したことは、歴代初のことらしい。
歴代初。良い響きね!
貴族に遅れを取るまいと幼い頃から勉学に励んできた結果よ。
王都フランディヴィルに建つ堅牢なる学び舎は、バンクロフト商会を継ぐべく学んできたこの私、アリシア・バンクロフトのために用意された舞台よ。ここから私の人生は大きく転換を迎えるんだわ。
──そう意気込んでいた入学当初が懐かしい。
今日の講義を全てを終え、私は小さくため息をついた。
「切磋琢磨して、上り詰める私の計画が……」
「アリシア、何か言った?」
隣の席で帰り支度をしていた幼馴染のパークスは、暢気な顔をして振り返った。
細い目を瞬かせる彼は、焦げ茶色の髪を揺らした。
顔は中の上ってところだけど、そこらのポンコツ子息どもより遥かに良物件だと思う。
今はまだ華のない商人の息子だけど、魔術師として開花すれば、きっと諸国のご息女だって放っておかない存在になるだろうに。そうすれば、バンクロフトとの繋がりだって広がるっていうのに。
「ねぇ、パークスはどうして入学試験を受けたのよ」
「アリシアが受けるって言うから」
「……私のお目付け役のつもり?」
「まぁ、そんなとこかな」
「よくもまあ、あの人が入学金を出したものね」
「旦那様も心配してるんだよ」
嘘か本当かなんて分からない物言いに、不愉快度が増す。
「あの人は私を商売の道具か何かにしか思ってないわ。どうせ、私が失敗するのを待ってるのよ」
「そんなことないと思うけどな」
「そんなことあるわよ。どこぞの田舎貴族との繋がりを持つのに使われるなんて、ごめんだわ」
「田舎貴族って……今日は随分イライラしてるな」
顔を引きつらせるパークスは慌てた様子で、辺りを見渡した。どうせ、田舎貴族と口走ったのを周囲に聞かれたんじゃないかと心配したのだろうけど、無駄な気遣いよ。
教室に残っている学生は、誰も私の話に耳など傾けてはいないわ。お高くとまったお貴族様たちからしたら、私は所詮、どこぞの商家の娘っでしかないんだから。
入学前にある程度は、ここでの生活を想像していた。諸侯の子息、息女が多く入学している環境で闘うため、淑女らしい挨拶や立ち振る舞い、マナーも学んだ。
それでも、現実を目の前にすると顔がひきつりそうになるのよね。食堂や通路、どこででも「ご機嫌よう」と微笑み合うのも首筋がむず痒くなる。
私の横を、バチバチにお洒落をした女の子が「ご機嫌よう」といって通りすぎた。それに受け答えながら、これよこれと内心思う。
そもそも、彼らは商人を下に見るから好きじゃないのよ。ここは魔術を学ぶ学び舎だし、商いに興味がなくても仕方ないって腹をくくっていたつもりだったけど──魔術師らしく切磋琢磨できる子が少ないってどういうこと!?
蓋を開ければ、令嬢の大半は花嫁修業の一環みたいに、お洒落と男の話ばかり。男子には真面目に魔術の高みを目指そうとしている令息も見られるけど、やっぱり花嫁候補探しにきている勘違いが多い。
特に、女の子の胸やおしりを見ている男子には嫌になる。貴族も庶民も変わらないわ。
お父様に恋愛禁止を言い渡されているけど、エッチなことしか考えてないようなお子様は、むしろ願い下げよ!
イライラの原因へと視線を移し、私は盛大にため息をついた。
「……穢れているわ」
「なんだよ、急に」
「ほら、見て」
「ん? あー、あの子、また男子に囲まれてるな」
私が指さした先では、赤いローブを着た少女がクラスの男子たちに囲まれていた。
恋愛よりも、成り上がることが第一目標のヒロインですが……彼女の波乱に満ちた学生生活を、楽しんでいただけたら幸いです!
次回、本日15時頃の更新となります
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