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1.楽園


 漠然とした違和感があった。

何に対してなのか、何を疑問に思うことがあるのか、俺はあまりわかってなかった。でも、ふとした時に『ああ、嫌だな』と感じるのだ。






その違和感の正体に気づいてから、俺は、あの子のことが嫌いになった。






 中学受験で失敗した時から、この日のために勉強してきた。失敗と言っても、別に第一希望に落ちたわけじゃない。選んだ学校が近すぎたのだ。自分の家に。小学校に。あの子に。


 だから、『高校からは遠く離れた場所で、一人暮らしをしてやる』と、中学入学式の校長の長い挨拶の間で決めていた。


 中学に上がった時、バドミントンを始めた。

 ラケットが空を切る音が心地よかった。シングルスで負けた時より、ダブルスで負けた時のほうが悔しかった。相手コートにシャトルを叩き落とした時、爽快だった。俺はますますバドミントンにのめり込んで、勉強と両立させて、充実な中学校生活を送っていた。


 俺は鬱屈していたココロがウソのように晴れていくのを感じた。



   解放された。



ずっと待ち望んでいたことだった。





 それなのに、あの子は俺の隣に我が物顔でやって来た。学校が違っても、登下校の時間をわざわざ合わせようとしてきた。気分が悪かった。


 楽しいと全力ではしゃぐときの表情も、困ったように助けを求める視線も、不気味にこちらを見下ろすその目も口も、


全部、俺は、忘れたいのに。見たくなんかないのに。



俺の満たされた生活を壊していく。



 ずっと俺についてくるつもりだろうか。

そんなこと、絶対に許さない。


おまえは友達なんかじゃないから。もう友達だなんて思ってないから。



***


 高校の入学式。

 念願通り、実家を離れ、関東きっての大きな学校に入学した。スポーツの強い学校で、バレーボールや卓球などが強豪として知られている。なんなら文化部も一部が強豪である。バドミントンはそこそこの強豪だった。あの子から解放されて、バドミントンに思いきり打ち込めて、そして学習面も充実させてくれるこの学校は俺にとって天国のようだった。


「な、な、俺、佐伯さえき佐伯さえきとおる。よろしくな!」


 隣の椅子に座っていた男子生徒から声をかけられた。出席番号で順に座っているため、番号が俺と前後のやつだ。筋肉がかなりついていることからスポーツをしているのだろう。制服の上からもわかる。うらやましい限りだ。溌溂とした笑顔が照明に負けないくらい輝いている。


「俺は桜庭さくらば悠然ゆうぜん。よろしく。あと今、式の途中だから前向こう」

「お? おう!」


 佐伯は素直に前を向いて、新入生の名前が呼ばれるのを眺め始める。俺たちは1年E組だから、かなり後だ。眠ってしまわないように気を付けないと。なんせこの学校は生徒数が多いことでも有名なのだ。高等部の新入生だけで240名、一クラス40名。A組からD組まで160名もいる。そんなの眠くてかなわない。


「なあなあ! 聞いたか、今の名前! 『イスルギリュウヤ』だって!カッケーよなー!」

「ああうん。そーだね」

「お! またすげー名前!」

「はいはい」


 本当に元気だ。小声のつもりなのだろうが叫んでいることに変わりはない。その興奮を抑えてくれ。周りの生徒が少し迷惑そうに顔をしかめる。


「そこ。元気なのは良いが、入学式の途中だということを忘れていないかね? 高校生としての自覚が足りんのじゃないか?」


「「スミマセン」」


なぜ俺まで怒られるんだ。

恨めし気に佐伯を睨んでやると、彼は眉を八の字に曲げて『ごめんよぉ』と言ってきた。ちょっと面食らった。




「ねえ、君さっき怒られてた子でしょ?」


 教室に移動してすぐ、ニヤニヤ笑いながら声をかけてきたのは、隣の席の男子生徒だった。今日はよく隣から声を掛けられる日だ。


「俺、小倉おぐらよう。バレー部に入るつもり。そっちは?」

「俺は桜庭悠然。バドミントン部に入るつもり」

「ユウゼン? 泰然自若的なアレ?」

「そう」

「たしかにー。落ち着いてるもんね、桜庭。なんか納得」


 ニヤニヤ笑っていたから、てっきり性根の腐った野郎なのかと思っていたがそうでもないらしい。感心したように『悠然、悠然』とブツブツ唱えている。


「そういう小倉は? ヨウってどんな漢字?」

「俺のはね。聞いて驚け。日に華だ!」

「はぁ」


 小倉の名前を聞くとすぐパッと顔を上げて、『これは輝いてるって意味があるんだぞー』と自慢げに語ってきた。自分の名前をそうとう気に入っているらしい。小倉に名前の話をすると面倒かもしれない。覚えておこう。


 俺は入学式中の失態から学んでいたので、小倉の話を流しつつ前に向き直る。一つ目の席の佐伯がピクピクと反応している。どうやら話に混ざりたいらしい。勝手にやってくれ。俺は知らん。

 ついに我慢できなくなった佐伯が後ろを向いて小倉と話しはじめた。意気投合して仲良くジャンケンを始める。本当に意味が分からん。


 案の定、担任に目をつけられ、『いい度胸だ』とアイアンクローをかけられそうになっている。それやったら体罰ですよね。俺は別にいいと思うけど。世の中は厳しい。世知辛い。


 俺? 俺は担任の顔を瞬きせずガン見してたから、2人の仲間と思われなかったようで怒られなかった。まあ俺の視線がうるさすぎて佐伯と小倉がバレたんだろうが、俺は知らん。


 こうして、俺の楽しい高校生活がスタートした。ワクワクとドキドキに胸を膨らませる。あの子と関わることなく、好きなことに打ち込める。いいこと尽くしだ。


自然に口角が上がるというものだ。





小倉「桜庭ってさ、ワクワクとドキドキに胸を膨らませるタイプじゃないよね」

佐伯「あ、わかる。どちらかといえば俺の役割」

桜庭「......」

佐伯「うわぁぁぁん! 桜庭君が盗った!」

小倉「ちょっと男子ぃ! 佐伯ちゃん泣いてるじゃない! 謝んなさいよぉ!」

桜庭「......」

佐伯「......」

小倉「......」

桜庭「......」


小倉・佐伯「スミマセンデシタ」

桜庭「わかればよろしい」



3人の関係が明らかになった瞬間である。


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