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「リク」
「…なに?」
「おはよ」
「…おはよう」
「おっきいこえじゃなくても、ちゃんときこえるわ。リクのうたも、おっきいこえじゃなくても、きれいだわ。どうしてもおっきくしなきゃいけないなら、マイクのボリュームあげればいーのよ」
「……うん」
リクの、おろおろした声がきこえた。
「アクア…泣かないで」
「ないてなにがわるいのっ!?くやしいときには、ないてもいいっておにいちゃんがいってたもんっ!」
…あれ?悔しいのはリクだと思うのに、どうしてアクアが泣いてるのよ。
「にんげんはね!くやしさをバネにがんばるいきものなのよっ!」
「……うん。頑張ってみる」
リクが、ふんわり笑ってくれたから、アクアはまたほっぺたあかくなっちゃったかもしれない。
「アクアが悔しくなくなるように、僕もマイクのボリューム上げて頑張って歌ってみるよ」
「……リクがうたってくれたら、なくのやめてあげるわ」
リクは、歌ってくれた。
アクアの、めそめそが終わるまで。
それから、アクアはやっぱり元気な子で、いっぱい外遊びをしていたけど、時々里玖を捕まえて、園舎の裏にひっぱってった。
「コンサートタイムよ」
「うん」
そうして、歌ってもらった。
何度も、何度も。
ブルーベルは、その時間が、里玖の歌が、とても好きだった。
でも、桜の花が咲く頃に、コンサートタイムは終わりになった。
里玖は年長さんだから、卒園していなくなって、ピカピカの1年生になるんだもの。
アクアは、さよならも言えなかったし、おめでとうも言えなかった。
お兄ちゃんは悲しい時には泣いていいんだよっていったけど、アクアがよくないのよ。
せっかく美少女なのに、里玖の最後の思い出のアクアが、泣いてる変顔のだなんて許せないわ。
里玖がいつか、幼稚園にいた生意気な小さな女の子なんて、忘れてしまうのだとしても。
「アクア、ファンレターだよ」
「お兄ちゃんってば、使いっ走り?そういうのは事務所に任せてあるのに」
16歳になったアクアは、世界中の大会で金メダルを取って、オリンピックの表彰台にも上って《マーメイド・アクアマリン》なんてちょっと素敵な異名で報道されるようになっていた。
「ふふ、このファンレターは特別だから、僕が直接アクアに持って来たかったんだよ。…それと、僕からもおめでとうのプレゼントだよ」
お兄ちゃんが、いたずらっぽく笑ってCDをくれた。
「デビューアルバム。ロックミュージシャンじゃなくて、シンガーソングライターだけどね」
「え…?」
お兄ちゃんは、ひらっと片手を振ると部屋を出て行ってしまった。
特別って何だろう?って思って手紙を見たら、差出人は、
「Riku Yamatumi......」
アルバムのミュージシャンの名前も"Riku Yamatumi"で、アルバムの名前は
Aquamarine......
CDの説明文は全部英語表記だけど、もう世界の人魚姫なんだから英語くらい読めて当たり前よ。
里玖は、日本じゃなくて、アメリカで音楽活動をしていたんだわ。
マーメイド・アクアマリンへ
君はもう覚えていないと思うけれど、君に励ましてもらったから、僕は夢を諦めずに歌手になる事ができました。
夢は小さい頃と少し変わって、シンガーソングライターになりました。今は、自分で作った曲を自分の声で歌えることが嬉しくて、君にありがとうと伝えたいと思いました。
もし、僕を覚えていたら、僕の初めてのコンサートでも、第1号のお客さんになってくれますか?
それから、小さかった頃には言えなかったことがあります。僕は、君のことが――――
「ばか…。覚えてるわよ。何度、名前を練習したと思ってるの?」
山積里玖って、漢字で書けるくらい練習したのよ。
里玖、どうしてくれるの。アクアは人魚姫で美少女なのに、ぽろぽろ涙が止まらないわ。
「……行ってあげる。コンサートでもアクアが観客第1号よ」
アクアは、最前列の席のコンサートチケットを見て、泣きながら、笑った。
だって、そのファンレターは、初恋のひとからの、初めてのラブレターだったんだもの。
End.