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「……なれるんじゃないの?ボーカル」
「え…?」
「え、じゃないでしょ。わるくないわよ。あんたのうた」
アクア素直じゃないわ。
こういう時は、悪くない、じゃなくて、すてきな声ねって言ってあげればいいのよ。この子が、アクアの夢をすてきだねって言ってくれたみたいに。
「…ありがとう。でもね、先生に言われた事があるんだ。もっと、元気良く歌いましょうねって…」
「なにそれ?」
「僕は、一所懸命歌ってるんだけど…声が小さいから、もっと出しましょうねって」
そういえば、何かっていうと、元気よくとか、大きな声でって言われるんだったわ。アクア、もともと元気だから、気にしたことなかったけど。
「そーね。おべんとうのときの、いただきますも、みんなさけんじゃってるわよね。アーメンまででっかいわよね。バカなおとこのこが、ラーメンっていっててせんせいにおこられてるわよね」
「あはは、そうだね」
「でも、ラーメンはどーでもいーわ。アクアは、あんたのこえ、……けっこう、すきよ」
「…………」
「す、すきなのは、あんたのことじゃないからね!!あんたのこえ!こえよっ!うたよっ!!」
アクアは、ラーメンよりもでっかく叫んじゃって、すぐに後悔した。
好きなのは、あんたじゃないって、言っちゃったこと…
でも、その子は、笑ってくれた。
「ありがとう。初めて褒めてもらったよ」
「ふぅん…そう。あんたのゆめ、きっとかなうわよ。アクアは、あんたのかんきゃくだい1ごうなのよ。ちゃんとしんじてよね!」
「……うん」
そこで、鐘が鳴った。
もう、午前中のお遊びタイムはおしまいっていうお知らせ。これからお弁当。
「あ…時間だね。じゃあね」
「ちょっと!」
むんずと未来のボーカルの襟首をつかまえた。
「なまえくらい、おしえなさいよっ!」
「え…?知ってると思ってた」
「なんでよ。あんた、デビューまえなのに、もうゆうめいじんなの?」
「名札に書いてあるから……」
「…………………………………」
アクア、元気だからよく叫ぶのよ。
「アクアはね!ねんしょうさんなのよっ!ひらがなは、しょうがっこうでならうのよ───っ!!」
「ご、ごめんね。僕は、山積里玖」
「読めるみたいだけど、アクアマリンよ。アクアでいいわ。おぼえておきなさいっ!」
……負けた悪役みたいなこと言っちゃったわ。
その日、ブルーベルはおうちに帰って、お兄ちゃんに頼んでみた。
「やまつみりく、ってかいてみて?」
おにいちゃんは、にっこにこに笑った。
「ボーイフレンド?」
「ち、ちちちちがうわよっ!ゆりぐみのボーカルよっ!!」
「ボーカル?」
「アクアが、かんきゃくだい1ごうになってあげただけよ」
「ファン第1号になってあげたら?」
「プロデビューしたらかんがえてあげるわっ!!」
お兄ちゃんは、紙にきれいなひらがなで書いてくれた。
やまつみ りく
アクアは、何度もそのお名前を書いてみた。
「むぅ~…みみずだわ」
でも、「アクアマリン」っていう名前だって、何回も練習したら、みみずじゃなくなったんだもの。「やまつみりく」も頑張ればそうなるわ。
次の日、また何か歌ってもらおうって思ってたら、ちょうどリクの園バスが来て、登園してきたところだった。先生が、バスを降りてきた子たちに声をかける。
「おはよう、りく君」
「…おはようございます」
「もっと元気を出そうね!」
「…………」
何も答えないリク。
反抗してるんじゃないわ。リクは、元気にとか、大きな声でって言われると傷付いて、フリーズしてしまうんだわ。
「ちょっとっ!せんせいっ!!!」
アクアは、選手宣誓みたいな声で言ってやった。
「なんで、げんきいっぱいなこえじゃないとダメなのっ!?ホントにげんきじゃなかったら、リクはおうちのベッドでねてるわよっ!!アクアのところからだって、リクのこえはちゃんときこえたわ!せんせいは、えんちょうせんせいにあいさつするとき、せんしゅせんせいみたいなでっかいこえでいってるのっ?ちがうでしょ!!リクのあいさつは、おとなっぽくて、ただしいのよっ!!」
先生も、リクも、びっくりした顔してたけど、アクアは構わずにリクの手首を引っ掴んで、ぐいぐい園舎の裏に引っ張ってった。