帰りたい想い
お得意様との飲み会は基本全員参加が原則である。パワハラ、アルハラ禁止!と張り紙で言及されているが銀行の利益になることには無力である。
「ほら、飲めよオメェらみたいなぺーぺーが場を盛り上げんだよ」「ハハハ上野さんキビシっ!でもそのとおりだからほらお前ら行け行け」 上司の助け舟も期待出来ない、お得意様の機嫌を損ねてしまうとどうなるかをその身で知っているのであろう、仕方なく我々新入社員はどんどん酒を飲みながらヨイショし機嫌を取る。
「不味い……」田中康平はそう思う、まだ22歳の若造だが酒を美味いと思えたことがないのだ。ただその事実を言うと子供舌とナメられるので口には出さないのだが、笑顔を作りながらオラオラと注がれるウイスキーを飲んでいるとどんどん顔が紅潮していき頭がフラフラしてくる。
もう酔った?よわっ俺が若い頃は~いやいやいや上野さんがウワバミすぎるんですよ~声が遠く聞こえてくるようなだんだん眠たく全てがどうでもよくなってくるここで寝たら駄目だ何されるかわからない嫌われたらおしまいだ。と思うももう限界、でゴスと思ったより強い勢いでテーブルに突っ伏してしまった。
その音に大丈夫?と一瞬空気が固まった後
あ~あ~一番先に落ちちゃったよ罰ゲーム決定だなという鶴の一声でまた喧騒を取り戻しとりとめのない話で場が温まっていく、そんなこんなで3時間ぐらい経った頃寝ていた田中がいびきを欠き始めた。
熟睡じゃん誰が運ぶんだよお前がやれよなどと話しつつふざけて調子乗りの山田が小突いて見るとん?なんでこんな体がびしょびしょなんだ?汗?にしちゃ量が多いなまさか……
山田は小声で佐々木を呼び出し報告しておくことにした。
「佐々木さん不味いです田中の様子がおかしいです。急性アルコール中毒かもしれません」「えー?泥酔してるだけだろそれにな山田しけるだろうが」「え?」「え?じゃねぇよ社会人なら頭に叩き込んどけお得意様の機嫌を損ねると出世が出来ねぇんだよ出世が」「いやでも」「ここで急性アルコール中毒なんて言葉出してみろ上野が嫌がるだろうがいつも使ってるこの店にも迷惑が掛かる無視しとけ」「はぁ……まぁわかりました」「よしよしわかりゃあいいんださっさと戻るぞあの馬鹿怒らせたら何しでかすかわかんねーからな」
田中は夢を見ていた。自分の背を見る夢だ、どうやら騒動が起きているようであたふたと人が出入りしている。どうすんだよ!という怒号ややべぇ炎上するぞという声も聞こえてくる。
そんな中自分の背はピクリとも動かない、段々と状況が掴めてきたがまさか…こんな事?走馬灯?受け入れ難い受け入れ難くてかなわんが、これ 「アルコール中毒で死んだな俺」
思えばつまらない人生であった。残された家族は悲しむであろうか?友に彼女も居ない孤独な生涯であったので思い残す事は少ないがせめて何かを成し遂げる人物でありたかったなぁこの後どうなるのだろう?死後の世界はあるのだろうか?と思考を展開している内に意識がプツンと途切れた。