母と娘
「お母さん、ちょっと話があんねんけど…」
暮れも押し迫った慌ただしい季節。しかし、その一家にとっては、ごくごく普通の例年通りの平和な年末。そんな日常の静寂を打ち破るように、長女は改まって、母親に話し掛ける。
話があるといっておきながら、なかなか話ださない娘に、年末の大掃除の手を止めて、視線を向けた母は、じれったそうに答える。
「なんやの?時間かかるんやったら、後にしとき」
「……うん」
娘は母親の言葉に、小さく頷き、床の拭き掃除を続ける。母親は、気になるのか、時折、娘の方にちらりと視線を向ける。一旦は、掃除に戻りはしたものの、手の止まりがちな娘の様子を、母親は不審げに見やる。
「あんた… なんかあったん?」
「ううん、べつに…」
「ほんなら、いいけど…」
母親は、釈然とせぬまま、ひとまず、掃除の手を動かし続ける。しばらくすると、意を決したのか、娘の手がとまり、ゆっくりとつぶやくように、口を開く。
「お母さん…やっぱり、今、言ってもいい?」
「言いたいんやったら、言ったら?」
投げやりともとれる母の優しい口調に、娘は肯き、そのまま、俯いたまま、ゆっくりと、話し出す。
「うん…わたしな…好きな人ができてん」
「ふーん、それって、男の人?」
「…うん」
母の意味不明なボケにも、娘は、真剣に肯き、静かに答える。
「今度、紹介するから」
「そうなん?」
「うん…ごめん、いままで黙ってて」
「アホやねぇ、あんた、相変わらず。とっくに気ぃついてるよ。そんなん」
「…うん、なんとなく、分かってるかな?って、でも…」
「そうやね。ちゃんと言ってくれて、お母さん、嬉しいわ。ありがとう」
「うん、ありがとう」
互いに、ありがとうと交わしたまま、黙々と掃除を再開する母と娘。
◇ ◇ ◇
年末の大掃除もようやく一段落して、お茶を煎れて、ふたりは居間でくつろぐ。やはり、なにか気まずそうに、俯きかげんでお茶をすする娘を母は不審げに眺めながら、お茶に口をつける。
「あんな、お母さん…」
娘は俯いたまま、呟くように母に話し掛ける。
「今度はなに?」
「うん…31日、大晦日から、その人と遊びに行ってもいいかな?」
「わたしに、それ、聞くん?なんて答えて欲しいん?」
「ううん、ただ、言っとこうと思って…」
「泊りなんやろ?」
「…うん」
「親としては、答えにくいわなぁ…」
「うん。ごめん。でも、新しい年になる瞬間、彼と一緒にいたいねん。そやから…」
「…」
「…」
「ええよ、行っといで」
「…うん」
「…」
「…」
しばし無言で、気まずそうにお茶をすする母と娘。母はひとつため息をついたあと、クスリと笑みをうかべながら娘に話しかける。
「あほやね。ホンマあほやわ」
「うん。そう思う…でも、嘘吐きたなかったから。その人も、そういう人やから」
「ふーん。ええな、楽しそうで」
「うん。むちゃ楽しい人。それでな、その人、親に『なんでアンタは、嘘つかれへんの!』って怒られたことあるねんて。でも、親やから、甘えて本当のこと言っても、バチはあたらへんのちゃうかな?って、言ってた」
「そうやね。ありがとう甘えてくれて。でも、いつまでも、甘えてられへんよ。アンタも、いい大人やねんから」
「分かってるよ。そやから、いつもいつも家でおとなしくしてる良い子を辞めてもいいかな?って」
「悪い子になるん?」
「違うよ。良い子を辞めて、イイオンナになるねん」
「イイオンナねぇ…あんたが?」
「当たり前やん!!まっ、今でも、充分にイイオンナやけどね。彼も、そう言ってくれるし。キャッ、なに言わせんのよ!?」