98:少しは潔くなれっての
「なんだってアイツがッ!?」
「しかし見間違いではなかったッ!」
封じ込めた空間。それをもろともに押し潰して消滅させた鋼鉄暴君。その四つの分身の内の一体を見てしまった事に混乱しながら、彼女らの動きに出遅れはあっても躊躇は無い。
本性であるデモドリフト。その姿を取っていない事の理由はともかくとして、ヤツの一部である存在を野放しにする理由は無い。ましてや俺たちの故郷に続く帰り道の上で。
「最悪アタシらはゲートの中に閉じ込められて、アイツがアタシらの故郷を新しい惑星デモドリフトにしちまうかもだもんな!」
ルーナの口にしたそれは、この状況での最悪の未来予想図だ。閉じ込められたその瞬間に、俺たちが生きていられるのかは分からない。だが故郷の星を、そして別の世界を襲うだろう惨劇については間違いない。
「だがだからと言って、ここからランスカノンで狙撃するわけには行かないぞ!」
「ヤツの取りついてるオルトロス級にはまだ仲間たちが大勢……!」
間違いなくもろともに時空の歪みの中へ葬る事になってしまう。だから俺たちのやることはひとつだ。
強引な追い越しを避けた事で傾いだエキドナを支え、その舵と合わせて俺たちもまた艦全体を引っ張る形で加速。先を行くオルトロスに並びかける。
「あらまあ。お早い立て直しだコト! それにコピーじゃあやっぱり性能で劣るのかしら?」
「あいにく、もう未熟な技術での劣化コピーじゃなくて、エキドナの純正パーツで改修してるんだから格差は無い!」
「意外にも人格……って言って良いのか知らんが、それは暴君じゃなくてオネエの方なんだな、お久しぶり!」
「あーら。再会を喜んでくれてるのかしら? これは意外だわね。どーもおひさしー!」
クリスに訂正されたぼやき。そしてルーナに返した挨拶。そのどちらもが姿のとおりの、しなを作った低音だったのには俺も少し驚いた。そんな気持ちのままに目をチカチカとさせている俺に、オルトロスに手足を沈ませたレイダークロウは弾むようなリズムで目を点滅させて見せる。
「そうそう。アンタたちにはひと言お礼を言っておかなくちゃ。アンタたちがデモドリフト様を討ち取ってくれたお陰で、ワタシはワタシを取り戻せたんだものー感謝感激ー!」
「それでコッソリとそのオルトロスに隠れていたってワケかッ!」
「ご名答ー! あらヤダ、これって感謝の粗品に、正解の景品も添えなきゃってコト!?」
この状況で勝ちを確信してるのか、レイダークロウの声は余裕一色だ。
「それじゃあお前の命を景品に貰おうかね! でなけりゃあオルトロスの中の人間たちを!」
「それはさすがにあげられないわよ、もう! 冗談キツいんだからぁ……出せそうなのはコレくらいよー!」
ルーナの軽口の返事も兼ねて出された返礼ってのは大量のエネルギー弾丸。オルトロスのホーミングレーザー機銃も利用して弾幕だ。
この至近距離から放たれた誘導弾の雨に、俺たちはアンカーを射出。その先端から放出したエネルギーの渦でメカオネエからの返礼品を絡めとる。
盾に出したそれの範囲からはみ出していたモノはバリアでもって受けるに任せて、俺たちはエキドナのペースを緩ませずにオルトロスに寄せる。
「感謝の印って割にはひっでえモンを寄越してくれるじゃあねえかよ!」
「あらヤダ。お気に召さなかったかしら? まあでも、本命のお返しはこれからだわよー」
「それが俺たちの星に寄生して新しい機械惑星にしてやろうって言うんだろ!?」
そんなものいるか!
再度放たれた迎撃の弾幕をバリアでこじ開けて、レイダークロウ狙いのアンカーを。
これはわざとらしい悲鳴を上げたレイダークロウにかわされる。が、それでもいい。メカオネエへの直撃まではあわよくばってところだ。
「コントロール奪取!」
ぶちこんだアンカーによる接続。そこからレイダークロウに奪われているオルトロスのコントロールを取り戻す。
と言っても、全権の奪取にはこだわらない。大事なのは中に取り残されている同僚たちの生命維持。そして脱出ルートの確保だ。
「ヤダもう! せっかく閉じたカタパルトハッチを開けてくれちゃって!」
「お礼なら人質だけでも返してくれって言っただろうに!!」
オルトロスを脱してエキドナへ避難しよう。その動きを阻もうとするレイダークロウに牽制の砲撃を。
「あーらあらあら!? 救出最優先にしたって誤射にビビりすぎじゃなーい? そーんなパワーでワタシを怯ませようだなんて、ナメすぎなんじゃないの?」
だがレイダークロウは牽制目的のために威力を絞ったランスカノンを当たるに任せて無視する。
「だがそれでいい」
「なーにを負け惜しみ言っちゃって……オゴォッ!?」
俺たちを侮ったメカオネエの調子付いたセリフは鈍くひしゃげた音に遮られる。それはヤツのすぐ側にあるオルトロスのホーミングレーザー機銃、それがヤツの顔面にフルスイングを叩き込んだからだ。
火器管制のシステム全てではなく、砲座の根っこの可動部、そこだけを脱出路確保のついでにちょいっとね。
「……よ、よくも! やってくれたな!」
歪んだ顔面から飛び出した、オネエ口調の抜けた低い声。本性を思わせるその声音だが、以前ほどの圧は感じない。
そうしてレイダークロウは憤りに激しく目を瞬かせながら、殴り飛ばしたレーザー機銃座を破壊。しかし俺たちに襲いかかるのでなく、ブリッジ近くから分離する脱出ボートに狙いを。
俺たちへの嫌がらせに重きを、そして救出作戦を台無しにする手を選ぶあたり、さすがとしか言いようが無い。が、その攻撃の発射口の前に俺が割り込む。
「なっ!? 片羽無くしてるダメージで母艦からッ!?」
「フン! やり用はいくらでもあるのさ!」
驚くレイダークロウにルーナが肩を回しながら鼻を鳴らす。
さっきコントロール奪取のために打ち込んだアンカーを使えば、この程度の飛び移りなんて何の不思議も無いだろうに。
ただ、俺たちが甲板上からフォローしていた傷ついた母艦の事は心配だが――
「私たちが仕留めるまでの間は何とかしてくれる!」
クリスの言うとおり、俺たちはエキドナを信じてやるべきをやるしかない。
盾に割り込んだドラゴンの機体に、レイダークロウは急いでそのボディをオルトロスの装甲板に溶け込ませに。が、俺の下半身前から突き出したクローが溶けかかりのメカオネエに食らいつく。
「が、あ……ああッ!?」
「いい加減にしつこい……こっちはもうそっちに飽き飽きしてるんだ」
低く抑えた声音と共に、ファルがスカイ由来の爪でもって悶えるレイダークロウを引っ張り上げる。そして終わったと思ったところに出てきたこのデモドリフトの最後っ屁に、俺たちはうんざりとした気持ちでランスカノンを突き入れた。
「ま、こうなると名残惜しいってか、これまでの暮らしとのお別れ感も感じないでは無いけどな」
ルーナが言う気持ちは俺にもある。だがより強いのはようやく終わって、そして始まるんだって好奇心にも似たワクワク感の方だ。
「私もリードに同感だ。それではこれが本当に平和な時代の始まる号砲になるか」
言いながらクリスが、ファルが、ルーナがトリガー。これを受けて槍に引っ掛かっていたレイダークロウの機体が光に飲まれて消える。
「出口だッ!」
「帰ってきた……来れたんだ!」
そして前方に灯った青い輝きを囲む光の輪。これに沸く声を受けて俺たちもまた揃って安堵の息を。
だがその瞬間、四つの光が俺たちの立つオルトロスを離脱。俺たちの進む時空を越える道へ。そして急激に俺たちを囲む歪みが狭まりだした!




