97:無事に帰還するまでが作戦だってね
「やっとこさ終わったかぁ……」
エキドナの甲板。所々の穴を補修材で埋めたその上で、疲労と解放感の乗った声を上げるのは俺の中にいるルーナだ。
メットも放り出すように外した彼女は、連結したコックピットの中でストレッチを。
「まだ一歩外れたら宇宙空間なんだから、ヘルメットは着けていた方がいいと思うけど?」
「そんなん言ったって、もういい加減かぶってらんないっての。だいたい、トラブルのひとつやふたつ、リードが何とかしてくれるっしょ?」
それはそのつもりだが。
警告に対しての信頼を盾にした言葉に、俺はクリスとファルに助けを求める……のだが彼女らもまたヘルメットは外していて、クリスに至ってはパイロットスーツの前を全開にして、インナースーツに包まれた豊満な上体をさらけ出してしまっていた。
「……外しちゃったなら予備の酸素やらの補充しといたら?」
「そうさせてもらおうかな」
帰るまでが作戦です。そんな思いで備えを促したなら、苦笑するクリスをはじめとして三人娘がスーツの生命維持系と自分たちの水分の補給を。
ブリード、さらにイクスブリードと一体化してる俺と違って、三人は生身の体であの激戦を戦い抜いたんだ。そりゃあバテもするよな。頭が下がるよ。
「殊勝なこと考えてるっぽい顔見せてるけども、クリスに見惚れてたのはバレバレだぜ?」
「な、何言ってるんだッ!? 俺はそんな……」
「いやーいまさらじゃん? リードも男だからなあ」
「わ、私は一向に構わないぞッ!? リードくんは直に、痛みに耐えて戦っているんだ。これくらいは……いや、時と場所さえ整っているのならもうひと声!」
「待って待って待って! 前のめりすぎ! いや俺が見ちゃってたのは認めるけども前のめりすぎだから!」
「リードのご褒美って話ならそれ、私たちも入った方がいいよね? リードがガン見してるのルーナのや私のもだし」
「良いじゃん良いじゃん。パイスーのインナー姿で三方同時にって? いや、見るだけなら今ここでやっちゃろか?」
「ちょちょちょ、待って、だから待って!? そんな軽々しく……」
「オーイオイオイ。アタシらがそんな尻軽だってか? ん?」
いや、そんな事は無い。あり得ないんだ。ドラゴンになって三人の心と繋がっているってのもあって、俺に向けられている好意ってのも感じ取れてる。戦友として、信じあってこの決戦まで戦い抜いてきた積み重ねがあったらそうもなるよな。
だが、それは俺にとっても同じことで。自分以上に大切に、端的に言えば好きだと思ってる彼女らに対して誠実に、しかし傷つけるような事が無いようにいたい。そう願っている。
けれども現状はもう、どれだけみんなの傷を浅くできるかって段階だ。ここまで先延ばしにしてきた俺のせいなんだが、それでも責任の重さと俺のあるべきとしてる理想との断絶に腹の中に鉛が溜まっていくような気分になってくる。
「……浮わついているところ悪いが、無事に帰還をすませてからにしてくれないか?」
そうして俺が現状に重みを感じている一方で、母艦のブリッジから通信が。戦いのダメージもあって、帰還のゲートを潜るのに俺達の補助があった方が確実という状況では、俺たち四人の集中力が心配になるってもんだろう。
「了解です。まだ任務中の所を申し訳ありません」
「無事に帰らない事には先の事も何もありませんからね」
「しゃーなしッスね。後回しにさせてもらいますよ」
崩していたパイロットスーツを直しながら、気を入れ直す三人娘。
そしてメットも被り直す直前に揃って俺に視線を向けてくる。
「焦ることはないよリードくん。私たちだって、もし同じような状況になったら迷ってしまうだろうからね」
「結論を急いで迷いを残されても気分悪いしな」
「リードならきっとしっかりと結論を出してくれるだろうって信じてるよ」
「ありがとう、クリス、ファル、ルーナ。しかし……これはこれでプレッシャーだあ」
「こんな良い女三人を待たせといてそんなぼやきをするとは贅沢な」
「勘弁してくれって。だからこそってトコもあるだろ?」
締めの軽口をルーナと交わして、俺もまた意識を目の前の仕事に向け直す。
そうして俺たちが正面の空間にエネルギーを注げば、時空間に歪みが。
「……ゲート展開を確認。続けて拡張と安定を」
「元の世界、ホーム時空側からのアクセス。波長を合わせます」
俺たちのこじ開けた歪みをエキドナが門として整えていく。おそらくはレグルス長官からのサポートなんだろう、向こう側からの手もあって帰り道の用意は順調だ。
「必要な事とはいえしかし、こうして私たちでゲートを展開しているとなると……うすら寒い気持ちになってこないか?」
「たしかに……今は展開するのに色々と必要な手順やエネルギーもあって気楽に展開出来るものじゃ無いけれど……」
「どんな反対があったって無くしちまうべきだよ。こんな……アタシらをデモドリフトにしてしまうような技術は」
まったくの同感だ。どんな技術だって使いようだとは言う。言うがしかし、だからこそ他所の世界へ侵略の架け橋を作れてしまう技術何てものを後世の良心に委ねてしまうわけにはいかない。
「まずゲートを潜り終えたら成層圏のゲートリングは消し飛ばしてしまおう」
「全員が潜った直後に?」
「もちろん。行きと帰りのための稼働はさせてしまったけれど、これ以上のデータをほんの少しでも残さないためにも」
「良いじゃないか。あんなもん用済みになった瞬間に片付けちまった方がいいしな」
完成するゲートを前にしての俺の提案に、ルーナがサムズアップに賛成を。そしてクリスもファルも続いて同意を示してくれる。
と、そこへブリッジのライエ副長官の顔を映した通信ウインドウが。
「……そういう計画を立てるのは船全体に繋がった状態でやるのは止めてもらえまいか?」
「全体に先に知らせておいた方が立ち回り安いのではないかと思って」
「一理あると言えばあるが……私が密命を与えていたという“てい”にするためにも広められてしまうのはな……」
帰還後に待ち受ける後始末を思ってか、ライエ副長官は包帯を巻いた頭が痛みに傾ぐのを支えるように手を添える。まあ長官もさりげなく動きやすくはしてくれるとは思う。けれどもだいたいユーレカの代表として先頭に立つのは副長官だもんな。先に控えている気苦労を思うと同情してしまう。一部でも預かれるものなら請け負いたいものなんだが。
「……責任は全て私と長官で負う。君たちは君たちが信じる良き未来のためにやるべき事をやってくれたまえ。ゲートの発生も無くなれば門武守機甲も現状で存続とは行くまい。若者に重荷を増やすべきではない」
「分かりました……ありがとうございます」
こう言われちゃったらな。覚悟を無碍にするワケにも行かないじゃないか。
「その分、長官と副長官の平穏な暮らしが守られるように努めなくてはな」
「カッタイねえクリスは。まあでも同感だ。副長官らがそっち取るならこっちはアタシらの領分さね」
「じゃあゲートを抜けた先はそういうことで。行くよ」
ファルが言いつつ羽ばたいて促して、俺たちは特設の帰り道へ。
ダメージに少々ガタついた動きのエキドナだが、甲板の俺たちがフォローすることで歪みの作る道に乗る事ができた。
それに安堵したのもつかの間、後からゲートに乗ったオルトロス級の一隻が後方から急加速。エキドナに突っ込んできた。
「何をッ!?」
「回避ぃいーッ!!」
混乱するブリッジの様子からこの乱心を察した俺たちはエキドナ全体に巡らせたバリアを強化。回避機動にも手助けを。
これがあってもなお後方からのオルトロスの突撃はエキドナの船体をかすめ、激しく火花を散らして削りながら前へ。
そうして破片を散らして無理矢理に追い抜いていく僚艦に、俺たちはレイダークロウが取りついているのを見た。




