91:逆襲のために
「リードいいなー。うらやましいなあー」
「いや、羨ましがられてもなぁ」
口とルーナの通信機から同時に声が出るのを聞きながら、俺は足場になっている機械の塊に触れる。
成層圏に浮かんだ途切れ途切れな巨大なリング。これは先の戦いの後に生まれたモノ。ドクター・ウェイドの成れの果てであるダークドラゴンの残骸と推測されているモノだ。
これがなんなのか。それを調査するためにエキドナと浮上して来た俺たちは取りついているってワケだ。
「だってさあ、リードはそれで体一つじゃん? 痒いところがあるなら気楽に手が出せるじゃん? アタシらパイスーで、おまけに今は宇宙用だから余計に無理じゃん!?」
「気持ちは分からないでもないけどなぁ。俺もブリードの状態ならかゆみとかはまず無いし。じわじわと装甲を削られたりとか、ウイルスで機体そのものがおかしくなってる時くらい?」
「ますます羨ましいじゃんかよー!」
俺の答えにブーたれるルーナの頭は、バイザー付きのフルフェイスヘルメットの中だ。体もまたピッチリと外界をシャットアウトするような全身のスーツになってる。
これが宇宙空間用の装備の基本だ。
身体感覚で動かす操作方式のイクスビークルらのために動きを極力阻害しないように極力軽く、薄く作られている。が、それでも顔を始めとして体を気楽に掻いたり擦ったりは出来ない。まあ、それは俺も生身の方では同じ格好してエキドナに乗ってきたんだから分かってるんだけれども。
「でも今、リードは違うじゃん? ずるいよなー。アタシら作業中ずっと我慢だぜ?」
「いやまあそこに同情はするけれどもさぁ」
「ハイハイ。私語は慎んで、調査調査」
「はーいよっと、ダルいけど仕事仕事ってね」
割って入って促すクリスの声。これをきっかけに作業に戻る。ルーナも返事は渋々ながら通信ウインドウの向こうの手はキビキビと動いてる。
ともあれこのダークドラゴンの残骸らしい先の戦いをきっかけに生まれた装置についてだ。
ひとまず取りつけた事で、接触しても襲いかかって来ないと言うことは分かった。機械の体に変えられていたドクター・ウェイドの意思を打ち倒せた事を補強してくれていると見て良いだろう。
「油断はできないぞリードくん。ヤツらのしぶとさは散々見せつけられてきているんだから」
「ああ。お腹いっぱいにさらに押し込まれるくらいに思い知らされてるもんな。忠告サンキューな」
ガチガチに固まらない程度に警戒して行こうぜって事で、俺は見つけたハッチをこじ開けてみる。
するとそこにはソケットの穴とコンソールが。
「ここから操作出来るかもしれないな……」
「どれどれ……うん、確かに行けるかも。そうでなくても、情報くらいは抜き取れるんじゃあないかな」
俺の見ているものを乗せた通信に同意してくれたファルがエキドナからのツールを運んで来てくれる。
それはコントロール用のツールで、見た目にはブリードサイズのノートパソコンといった代物だ。
ダイレクトに接続した方が中を探るにも何するにも当然スムーズである。が、繋ぐ対象が対象だ。安全に中を探るには中継用のマシンが必要になる。
ベースのマシンが門武守機甲の量産機であるし、ドクター・ウェイドも利便性を重視していたのか、接続用ソケットの規格はバッチリ。
というわけで鉄巨人サイズのノートパソコンを操作して謎のリングマシンの機能やらを探り始める。
「……うわ、自爆装置とヒモづいたパスワードロック!」
「エキドナの側からも解いてくれてるから慌てないで」
「分かっちゃいるが、これで三つ目だぜ?」
と、出だしからこんな調子で物騒なセキュリティを解いていく羽目にはなった。だが、意外な事に戸締まりはこれだけ。逆にツールが乗っ取られたり、暴走を始めたりといったそんなトラップまでは無い。
「なーんか肩すかしじゃね?」
「それはそうだけども、油断せずに行こう」
ルーナの言葉には全面的に同意しつつ、とにかく気を抜かずに装置の詳しい機能やコントロール権限の取り方、それらを平行して探って行く。
そうしてまず最初に分かった事は――。
「これ、ゲートの発生機だ!」
惑星デモドリフトで見たものよりはずっと大規模だが間違いない。このリングが起動すれば、内側に安定したゲートが展開されて別の世界へ、惑星デモドリフトへ通じる門が開かれる事になる。
「じゃあ何か!? これが動いて、向こうからのデカイ要塞が転移してくるってのッ!?」
「いや、それが……これってこっちから、俺たちの側から直接操作しないと起動しないように仕込まれてるみたいで……」
「それは、いったいどういう事?!」
それは俺だって聞きたい。だが実際、直接操作しない場合に対しては、さっきの非じゃないセキュリティがかかってる。そちらのルートで安全にアクセスしようとなると、ユーレカ総掛かりでもどれくらいの時間がかかる事やら。ましてやデモドリフトみたいに世界の壁を隔てた状態でならなおのこと。
これじゃあまるで、ドクター・ウェイドがデモドリフトへの逆侵攻をかけるために遺してくれた遺産みたいじゃあないか。
「イヤーあり得ないでしょ?」
「それはそうか」
事情に通じているが故に、先を見据えて裏切ったフリをして勝利の鍵を用意しておく。物語にはままある献身だ。が、ドクター・ウェイドがそんな事をやるほどに殊勝な人物だとはとても思えない。もちろん他人の内心のすべてが知れるほど俺が敏いとは思わない。だが、ヤツの場合はまずそんな考えは無いだろうという確信がある。
「大方、デモドリフトへの意趣返しのつもりとか、ヤツ独自の反抗作戦の準備が上手いこと噛み合った……そんなとこだろうさ」
「だろうね。彼の欲望と状況が生み出した偶然でしかないのだろう」
ルーナの見立てに、言葉に出したクリスをはじめとして俺たちは揃ってうなずく。
そしてそういうわけならば、遠慮無しにすぐさま利用させてもらおう。と、そう言うことになった。このセキュリティがいつまでデモドリフトを抑えて置けるか分からない。ヤツに向けて門を閉ざしているだけで、デカくて安定したゲートを作れる道が用意されてしまっているのに変わりは無いのだから、早め早めにこちらで抑えてしまうに越したことはない。
「で、大型ポータルのドライブにあと必要になるものは……エネルギーだけか。じゃあドラゴンになって余剰分のエネルギーをチャージしてやれば、すぐにでも……」
「オイオイオイ! そりゃあ行くだけならって話だろ? 行ったっきりにして、また帰り道は向こうで探せば良いだろってのは考えが甘すぎるって!」
それはそうだ。
外付けのコントロールユニットとジェネレータ。エキドナとイクスブリード・ドラゴンを中核とした逆襲部隊の帰還のためにはこれも必要になる。
だがしかし、それは後からでも出来る事。デモドリフトに先制の一発を食らわせてやるのなら、今すぐにでも行ける。
「本気で言ってるのかリードくん?」
「今すぐにって言っても、ここでエキドナと突入出来る船は二隻がせいぜいなのに? 突入部隊を揃えずに?」
「ちぃっと無謀が過ぎやしないか?」
ここでゲートを展開して突っ込む事にこだわる俺に、クリスたち三人は当然揃って難色を示す。
たしかに三人が言う通り、俺自身も無謀な先走りにしか思えない。だが俺の直感がささやくんだ。このタイミングがチャンスなんだと。
「……すまない。俺の勘だけでしか無いんだが、それでも俺はここで仕掛けるべきだって思う」
「冒険が過ぎるって分かっていても?」
「ああ。薄い根拠で悪いが」
「なら信じるしか無いね」
クリスの念押しからのあっさりとした肯定に、俺は思わず取りついた手を離しかけてしまう。
危うく地上に落下するところを堪えた俺の近くに、黄、赤、青のイクスビークルらが寄ってくる。
「他ならぬリードくんが信じるのなら、私も疑いはしないさ」
「向こうに利用されかねないとか、色々あるのも間違いないしね」
「無謀が過ぎるってのが逆に気に入ったしな!」
そんな三人娘らと共にエキドナの通信ウインドウを、そこに映る副長官を見る。
すると狼人の女副長官はキッチリと詰めた襟を緩めて深く息を吐く。
「これよりゲートの稼働実験と転移先の偵察作戦に入る。なお、デモドリフト側の行動は現段階では予測不能であるため、本艦とその乗員は現地の判断を優先して行動するものとする!」
この宣言を受けて、俺たちはまた一つの機体を形作るのであった。




