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9:力を背負ったからには

 我が名はクリスエスポワール。勇猛なるケンタウロス、ランス氏族長の娘の一人である。

 武門の一族たるランス氏族の誉に相応しく、門武守機甲は陸戦隊に所属。その旗機たるランドイクスの操縦席を預かる身だ。

 空も白み始めた今、私は基地に併設されたトレーニングコースの砂地に蹄を踏み込む。

 体にかけたウェイトを押し返しての加速に風が叩きつけてきて体の火照りをさらっていく。


「クリス、もう訓練中なの?」


「ああすまないコットン。アップ程度のつもりだったのだが、ついつい熱が入ってしまった!」


 そうして走り込んでいたところに聞こえた声に振り返れば、白く長い耳を靡かせ、広い足で跳ねるように駆けてくる兎人ラビタン族の友人が。荷物を抱えて急ぐ彼女に、私は片手の長い重りを振り返す。

 タイムやコンディションの管理を頼んでいたと言うのに、またやってしまったな。

 彼女も「またなの」と苦笑するばかりで、半ば諦められている風があるな。これはいい加減正さなくては……正そうとしている努力を見せなければ、良くないな。


「まあ気持ちは分かるけどね。見たよ昨日の交戦記録。合体してドドーンって、ランドイクスが変形してあんなパワーが出せるなんて分かったら、いつでも引き出せなきゃってなるもんね」


 跳びはね、小柄な身体をめいっぱいに広げる彼女の愛らしさに頬が緩む。

 コットンが言うとおり、先日の力は凄まじかった。

 腕と絡ませた操縦桿から、それどころか蹄を乗せた走行シートからも私を持ち上げるようなパワーを感じた。そして漲るそれを振るったならば、まるで私自身が巨大化したかのような自在さで敵を軽々と蹴散らして見せた。


「ああ。あれがランドイクスの秘めたる力だと言うなら、これまでのパイロットの誰もが引き出せた記録は無い。私を含めて、だがな。使いこなせなくてはと、熱も入る」


 こうは言ったが、私の鍛練で、それだけで出来るのはあのパワーに振り回されなくなること位だろう。

 あの力を引き出す鍵。それはあのブリードという車両から変形したマシン……つまりはリードくんだ。

 戦いの後の事情聴取で、彼があのマシンと、そして私の乗るランドイクスの変形モード――イクスブリード・ランドとデータベースにあった――と一体化していたらしいということは分かった。

 事実ランドイクス、そして基地のデータベースの中には、車両型のブリードがランドイクス砲塔部に内蔵されて、ケンタウロスの上体を形成している状態だったとあった。

 しかしリードくん自身には、何がどうしてああなったのかははっきりとは分からないと。


「それにしても、あの車も不思議よね。走らせるだけなら他の人にも出来たけど、変形用のボタンとかそれっぽいのは全然無いんだもの」


「らしいね。というか変形した後のボディにそんな隙間は無いように見えたけれどもね」


 一度腕の重りを外して呼吸を整える私に、コットンはタオルとドリンクを手渡してくれる。それを受け取りながら、私は戦闘中に見たブリードのファイターモードの姿を思い出す。

 一般車両が変形しただけあってコンパクトな。しかし強力な拳銃を扱う戦士だった。その引き締まった細身のボディに、いくら小柄なタイプとはいえ、人が収まっていられる余裕などどこにもなかったはず。


「じゃあホントに一体化して動かしてたってコト? でもあの彼ってどう見ても……」


「まあ、そうだね。身体が機械であるようには見えなかった」


 たしかにリードくんにはそれらしい特徴は、それどころか見た目にどの種族か分かるような特徴は何もない。

 分別も思慮も無い連中からは「空白ブランク」と蔑称されるタイプのヒト種だ。これまで、ひどい苦労を背負わされて生きてきたのだろう事は想像に難くない。


「……自信の無い態度も、その辺りに由来しているのかも知れないな」


 私たちの危機を助け、ユーレカ基地を救う活躍。これだけのコトを成して、長官から感謝を伝えられても恐縮していた彼の顔が胸に過る。


「仲間にはなってくれるのよね? あんなに自信無い風で大丈夫かな?」


「長い目で見守る事にはなるだろうね。信頼とは一朝一夕に築かれるものではないよ。それが自分に対するモノでもね」


「まあ分かる話だけど。クリスがそう言うのはちょっと意外かも?」


「なにをぉ? 私とて、鍛練と実積の積み重ねを自信に変えてきているのだぞ。それを生まれついて騎士の自負を持ち合わせているかのように」


「アッハハハ! ごめんごめんてクリスが頑張ってるのはわたしもよく知ってるから!」


 腹を立てたフリをして耳をくすぐってやれば、コットンはキャタキャタと笑いながら許してくれと願う。

 手を止めて、荒くなった呼吸を落ち着かせようとする彼女にやり過ぎてしまったなと一言詫びる。

 しかしこうは言ったが、私が本当に欲しかったのは戦う力に対する自信ではない。

 ふと目を上げた視線の先で、風を切り裂く者がある。

 それは私と同じケンタウロスの娘。いや私よりもいくらか小柄で、ほっそりと鋭い脚をした見るからにスピードに秀でた子だ。

 偵察機の乗り手としてその鋭い足運びを活かしてくれている彼女だが、レーサーとしても大成したに違いない。

 私も幼い頃はコースを駆けるそのスピードに魅せられ、レースに出ることを夢見たものだ。

 だが程なく、体の作りから高速のレースには向かないのだと思い知らされた。だからせめてレースを楽しめる平穏を守ろうと、戦士として戦うと決めたのだ。

 幸い、預かったランドイクスは巨体に反して快速で、襲歩でのスピードは気持ちが良い。

 もちろん、私自身がレースで走る事を諦めているワケではない。なんなら重い防具付きのやら荷牽きやらのレースでもいい。


「……夢も何も、平和があってこそだからね」


「そうだよね。ゲート展開と、機械暴走の頻度がどんどん上がってる今の状態じゃ、戦いに集中しなきゃだしね」


 うなずくコットン。

 まあデモドリフト……だったか? 副長官がリードくんから聞いたと言うゲート向こうの侵略者たちを退けたとして、それだけで平和がくるとも限らないのだが。

 研究解析された技術が都市間、種族間の闘争に用いられた例もあるのだから。むしろゲートと暴走機械の発生が起こるまでは、そうした争いばかりだったというのが歴史だ。

 しかし、共通の敵を相手取った連合が組まれ、門武守機甲が結成されたのも私の曾祖父以前の世代だ。その間に出来た繋がりもある事だし、悲観ばかりすることもあるまい。


「さて、そろそろ訓練の再開と行こうかな」


「オッケー。あ、でも待って、アップのつもりでやり過ぎた分は調整しないとだから……」


「すまない。手間をかけるな」


「なんのなんの。こうなってるだろうとは思ってたけどね」


 外した操縦桿を模した重りを拾いクールタイムを終えようとする私に、コットンもまた軽口まじりにトレーニング補助に入ってくれる。

 とにかく今は訓練を積まなくては。

 夢を語るにも、まず自分が生き残って平和な時代にたどり着かなくては、だからね。

 そうしていざ走り出そうと砂コースを踏み込もうとしたところで、こちらに歩いてくる人の姿が見えた。


「……いや、いったいどうしてその組み合わせになったのだ?」


「や、分かんない」


 首を傾げる私とコットンの見つめる先。そこにはリードくんと、両脇を固める形で並ぶファルとルーナがいた。

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