87:趣味が悪い! 色々と!
「趣味悪ッ!」
魚顔を胸に付けたブリードの姿を見た俺たちの第一声がこれだった。
「魚なのは良い! でもサメとかそういう厳つくてイケてるのじゃなくて、なんでよりにもよってカエルっぽくもある間の抜けたツラを付けたッ!?」
そういう問題じゃあ無い。
それは言ってるルーナにだって分かってる。だけれども俺だって同じ気持ちになるしかなかった。
しかも俺にとってはブリードはもう一つの自分の体なんだぞ? それを不恰好に飾られたら内心で悲鳴の一つや二つくらい上がるさ。
「フン! 所詮貴様らも見てくれで決めつける愚か者だということかッ!?」
「しゃ、しゃべったぁあああッ!?」
ルーナの文句に銃を抜いたブリード。その胸で苛立った声を上げる魚の顔に、俺たちは反射的に驚きの声を上げていた。
まさか不細工って言われた不細工な飾りが返事するだなんて思わないだろ?
そんな驚きに目を白黒とさせながら、狙いを散らすように素早く散開して見せるあたり、さすがはチームイクスブリードの三人娘ってところか。
「しかし、あの声はどこかで……」
「……ドクター・ウェイドだ! 世界の裏切り者のッ!!」
確かに。サイズと機械の体であるからか微妙に響きは違う。だけれどもこの声は間違い無く裏切り魚人博士のものだ!
「オイオイオイ!? 身も心もデモドリフトの手先になっての里帰りってかッ!? せめて生身で自首しに帰ってこいってのッ!!」
「やられたフリして細かいパーツになってブリードの機体に隠れて潜入してきたって……やることもあの四幹部にそっくりじゃないか!!」
「ええい! 黙れ黙れッ! 私の研究成果のおかげで戦えておる分際でッ!!」
状況をまとめたルーナとファルに、魚顔を胸に付けたブリードが銃を放つが、彼女たちは素早く壁やイクスビークルの陰に潜ってこれをやり過ごす。
しかしファル。やられたフリをしてたってのは俺にも刺さってくるんだけども?
俺はヤツらの常套手段を見抜けず、倒したつもりで浮かれてたって事じゃないか。
「それはリードくん一人の責任じゃあない。輸送機に迎えて、基地に入って、その段階で抜けられる程度のスキャンで済ませた私たち全員の落ち度だ」
「フォローありがとうな。だとしても、自分自身の機体の異常にまったく気づかなかったのは俺なんだから」
クリスの優しさに感謝をしつつ、俺は彼女と共に拾ったライフルを連射。ルーナとファルばかりを追いかけさせるわけにはいかないからな。
ブリードの装甲にとっては豆鉄砲にもならないだろうに、それを操る魚顔はまんまと挑発に乗って俺たちの軌道をギョロリと追いかけてくる。
しかしビーム弾が当たるのは床や壁ばかり。やはりただ正確で、ターゲットの軌道だけしか見えてない射撃だ。しかも俺たちが盾にした遺物や格納庫の壁や床を焼いて終わるだけのこの威力は――。
「ヘーイヘイヘイ! 全然パワー引き出せて無いじゃんよー! 間抜けな外付けパーツの効果は、見た目も機能もマイナスしかないってか?」
「おのれぇえーッ!! この、シャチ娘がぁあッ!!」
「え? それってアタシが海で一番賢くて強くてイケてるって事? でもゴメン……裏切るような誠実さが無いのは嫌……」
「うぬがぁああああッ!!」
うーん、効いてる効いてる。ルーナのキレッキレの挑発に釣られて、ブリードを乗っ取った魚顔は弾切れ後に無駄にトリガーを引いては、空のカートリッジを苛立ち任せに投げつけている。
そうしてもたついている間に俺とクリスはランドイクスに取りつき、騎乗したまま二人でコックピットへ。
「みんな隠れてッ!!」
俺とクリスは異口同音に警告を全開のスピーカーに乗せて、機銃を発射。
サブウェポンである細かなエネルギー弾の雨あられは慌てて振り返ったブリードの前胸、そこにへばりついた魚顔に注がれる。
「ギョババババババッ!?」
真正面からの弾丸連打。これに金属の魚顔から濁った悲鳴が。たまらず機体を丸めたブリードへ、俺とクリスは構わず弾丸の雨を浴びせ続ける。
「リードくんのブリードを傷つけるのは気が引けるが……!」
「まあ融合状態の俺を撃ってるみたいだもんな……だが、修復可能なら構うものか!」
機銃を浴びせるのにも遠慮を見せるクリスに、俺の側からやってしまえと背を押す。
ブリードガンのパワーダウン。そこから機体そのものを支えるエネルギーも大幅に弱っているのだろう。そう判断するクリスは正しいし、実際に外部から測定できるエネルギー量は通常時の……俺が融合してのバトルモードの時には遠く及ばない。
だが今俺は乗っ取りをかけているメカウェイドに覆われている。それが増加装甲になってる以上は、内部へのダメージも計算よりは軽くなるはず。それよりも、ヤツに基地の中で好き放題にさせる方が問題だ。
「リード、クリス、待たせた!」
「乗り込みついでに良いもの持ってきたぜ!」
「ようし! 遠慮無しにやってくれ!!」
強引な接近による破壊音。それを伴った増援の報せに俺はGOサインを。
するとモニターの中で、守りに固まったブリードへ巨大な水風船が叩きつけられる。
エネルギー弾と機体への接触によって弾けたその中身は強い粘りのままにブリードに絡みつく。
「ぬぅあッ!? 硬化トリモチ弾ッ!?」
急速硬化する拘束具に絡まれてながら、ブリードにへばりついた魚顔がもがいて叫ぶ。
応急補修材にも使われるその強度は、開発に絡んでいる博士自身が一番よく知っている事だろう。そのまま遅れて振りほどこうとした姿勢のまま壁の一部となった。
これで何を企んでいようがどうすることも出来ないだろう。
「お手柄だがルーナ、これはブリードを解放するのも手間になるぞ?」
「その辺はリードが何とかしてくれるっしょ? とにかくあの裏切り魚面を何とかしないとだったしさぁ」
「それはそう……なんだが、信頼が重たいなぁ」
ランドイクスから降りた俺は、大戦車の機体を伝ってブリードの元へ。壁から逃げようとするオブジェになってしまった俺のもう一つの体であるが、その胸にくっついた異物の迫真の表情のせいで別方向の悪趣味さが強調されてしまっている。
それはいい。とにかく俺がやることは、裏切り博士に盗まれたこの俺を取り返して、今度こそヤツを捕まえておくことだ。
そう思って接触しに手を伸ばした俺の前で、ピシリと微かな音が。まさかと思いブリードの全体を確認すれば、またひときわ大きな音を立てて硬化トリモチに亀裂が入る。
「リードくん!!」
クリスの呼んだ名に引っ張られるようにして俺はランドイクスの側に体を引く。
が、無限軌道がクリスの足運びに従って 後退を始めるよりも早く、硬化トリモチを砕いて伸びてきたモノが俺を捕らえる。
「ギョフッギョフッ! さんざんに撃ってくれてからに! もう勘弁ならんぞ!?」
俺を掴んだのはブリードの手……いや、機械化した魚人博士の操る鋼の手だ。
見える限り、ブリードを覆い隠すパーツは増えていて、たぶん中から膨張する事で拘束をこじ開けたんだろう。
そんな仕掛けを紐解く俺を掴む握力は強すぎで、もうちょっとばかり強めの加減だったら折れるか破裂するかしてたかもな。
「ギョフフ……動くなよ? 動けばこのブランクの若造がどうなるか……分かるよなぁ?」
そんな俺を見せびらかすように前にして、ブリードを操る魚顔が勝ち誇る。まあ実際、それでイクスビークルの動きが固まったんだから勘違いするのも無理は無いよな。
「よぉしよし。聞き分けが良いことだ。ではこのまま合体をしてくれようか……」
そんな風にランドイクスに毒牙を伸ばそうとする魚顔の手の内から俺は姿を消す。
「ギョッ!? ど、どこへ……ッ!?」
そして俺に覆い被さった邪魔物を内側から引き裂いてやるのだ!




