86:悪い勝ち方には反省を
ユーレカ基地、エキドナをはじめとした艦船ドックと隣接したブリーフィングルーム。その床に俺は正座させられていた。そんな俺の首に「私は時間稼ぎで良いところで、自爆同然の攻撃をやらかしましたと書かれた」は大きめの札が。
「ええっと……その、到着したことだし、これってもう外しても?」
「いいと思ってんのか? ん?」
「あー……いや、すまん……まだダメだよな」
おずおずと確認したところへのルーナの、その他クリスとファルからもかけられた圧に、俺は札を持った手を膝の上に。
戦いの後、駆けつけてくれた高速艦に合流してブリードと分離してからこうやって反省のポーズを求められてきてるが、俺をここへ移動させる時もクリスの牽引する台車に乗せて運んだりと、行き過ぎて変な方向に行ってる気がする。
まあでも、まーた性懲りもなくって感じで心配させちまった分は仕方ないよな。調子に乗ってしなくていい無茶したのはマジだし。
そうやって状況を受け入れると、ブリーフィングルームのドアが滑って司令官たちが到着する。
「みな、楽にしてくれ……っと、リードは反省中か。そこはまだそのままで」
「おーいおい、良いじゃあないか副長官殿。今は話に集中出来ない方が問題だろう」
「それもそうですね。では一時中断ということで。改めてみな、楽にしてくれ」
ただしお前はダメだーとか勘弁してくれって。レグルス長官がフォローしてくれて良かったけれども。と言うわけで、俺は逞しい獅子人の上司に頭を下げてから手近な椅子を貰う。まあ首から下げた札はそのままにしてるけれども。
俺のせいでもあるけども、このどこか抜けた空気の中、ライエ副長官は咳ばらいを一つ。雰囲気を切り替えてから話に入る。
「まずチーム・イクスブリードは休暇中に災難であった。そして同時に、デモドリフトの侵略が継続中であることの確認、その先遣の迅速な撃破。共に目覚ましい活躍だった」
「ちょいと張り切り過ぎたのはいますがね」
俺たちチームの功績を称える言葉に対するルーナの返しに、長官たちはそれは横に置いといて、とまた緩みかけた空気を元に。
「ともかくこれで我らの備えが過敏では無いと言うことは証明された。後は逆侵攻作戦の発動と完遂を行うのみである!」
副長官がその狼耳を立てて主張する通り、敵の攻撃で門武守機甲全体の方針はまたすぐにまとまるだろう。デモドリフトがまた本格的に俺たちの世界を荒らしに来るのを待つ必要はどこにも無いんだ。
この流れで注目が集まったのは室内の一角。アザレアたち機械人の代表のいるところだ。
水を向けられた彼女たちは立ち上がると、楚々とした一礼を挟んで解説を始める。
「……あちらからのゲートの展開もあって、こちらから接続、展開する目処は立ちました。しかし、現在は再びデモドリフト世界をサーチする事ができない状態で、展開するゲートの安定性にも不安が残ります」
「これは、やはり向こうから何らかの妨害がなされているとみて間違いないのだろうか」
「……現状からするにその通りかと」
「では確実を期すのなら、向こうが開いたのにカウンターでこちらの戦力を送り込むしかないのか……展開されたゲートの乗っ取りは?」
「……コントロールを一時的に奪う程度であれば……それでも閉じかけるのを数秒留めておく以上になると……」
「それでは防衛にも問題が、こちらの攻め手を送っている間、こちらはヤツらの攻撃を受けてしまっている最中に……」
「いや、どちらにせよこっちから攻めこんだところで、向こうから別動隊が差し向けられない保証はない。むしろ来るのが自然なのだから、最初から備えの戦力も整える予定で……」
「だとしてもわずかな間に向こうに送る戦力はどうなる。イクスブリード・ドラゴンの単独にしてしまうのか?」
「……最優先に送るべきは最大戦力であるべきです。その後にエキドナ、及び艦載機の支援部隊を可能な限り……となるでしょうが」
「艦一つ分の戦力を付けてやれるほど、コントロール奪取していられる保証はない、ということだね」
使える手札の確認に続いて、方々から意見が上がる。が、あまり弾んだ調子にはならない。そりゃあ戦いに行く段階で分が悪いって、そんな現状ばかりが突きつけられてくるんだからそうもなるさ。
「こうなると、送り出したメンバーの帰還にも不安が残りますよ。仮に無事デモドリフトに勝てたとして、我々が帰還のためにゲートを開けるのでしょうか? チーム・イクスブリードが私たちの最大戦力だとはいえ、そのメンバーを行ったっきりにしてしまうようでは……」
「キッカ先生の心配はどーもだけど、アタシら行って帰ってきた実績はあるけれど?」
「同じ手が使える保証が無いこと、それに代替手段も確実で無い事が問題なんだ。つけ加えるなら、チームの三人を生かして帰すためなら捨て身の無茶をしそうなのがメンバーにいることもだな」
おおっと、俺は何も言って無いのにじっとりした目が集まってくるぞぉ?
まあしょうがないよなぁ。ほんのついさっきにやらかしたばっかなんだし。
だから俺はそんな反省の気持ちを表すために口ごたえせずに不安の視線を受け止める。
「まあまあ……それくらいで良いじゃあないか。リードも反省してはいるようだから。実際の動きは、その場その瞬間にならないとどうくるか分からないがね」
「それが問題なのでしょうに……」
長官のフォローに対して、副長官がこの場の全員を代表した拭えぬ不安を口に出す。
申し訳ない。しかし、俺としても体が勝手に動いてしまうのがなあ。前よりは安直に安売りしなくはなったと思うんだけど、こればっかりはレグルス長官の言った通り、その場面にならなきゃなトコがあるよなぁ。
なんて、頭の中で言い訳がましく転がしていた俺の耳に甲高い警報が突き刺さる。
「何事かッ!?」
「ブリードが! 格納庫に納めたブリードが、無人で動き出しています! 警備部隊がホールドをかけていますが、止まりませんッ!!」
いやどういうことッ!?
いきなりにもいきなりすぎる報告に、俺の頭は疑問一色だ。みんなも俺がここにいることを何度見されたって、意味不明な事は変わらんぞ?
「原因はともかく、止めに向かいます!」
「だよね、ほったらかしになんて出来ない!」
「そのままアタシらの愛機まで勝手に動きかね無いしね」
「分かった。頼めるか!」
いち早く混乱から立ち直ったクリスたちは、ライエ副長官からの了解を得るや動き出す。もちろん俺の事は、クリスの二の背に乗っけて忘れずに。
廊下に蹄を響かせるクリスの背で俺は体勢を整えて彼女のリズムに合わせる。襲撃前から着けたままだった鞍のおかげでスムーズに持っていけた。
「リードくん、ここからコントロールは、行けないか?」
「ああ、いや……ダメだ、押さえられない! なんか、強引に動かされてるっていうか……」
言われて俺自身のもう一つの体の状況を見つめなおして見たが、何かしら入りこまれてコントロールをぶんどられたって感じじゃない。例えるなら、コントローラーを握ったラジコンが別人に抱えられてるって言うのか。とにかく俺の意思に反して動かされてしまってるって事しか分からん!
「とにかく現場に行かなきゃどうにもならんって事かい!」
「情けない話だがそうなる!」
「言いっこ無し! 少しでも分かっただけ上等!」
ブリードを奪われっぱなしの俺を責める事無く、チーム・イクスブリードは問題の格納庫へ急行する。
そこで俺たちを迎えたのは魚の顔を胸に着けて立ち上がったブリードの姿だった。




