83:耐え忍んできたのはすべてこの瞬間のために
「ギョギョギョッ!? ほ、崩壊が……ダメージコントロールッ!?」
惑星デモドリフトの中枢。この私ドクター・ウェイドは真っ赤な光とアラートの喧しい中、その原因を取り除くべく手を動かし続ける。
レイダークロウを取り込み、復活した我が同盟相手の首魁デモドリフト。
それを契機に、私の居るこの機械惑星もまたにわかにその力を取り戻し、我が故郷に展開したこの星の一部から完全化した四幹部のコピーを放出し始めていた。
こうなればもはやこれまで。忌々しい記憶に染まったあの青い星も、間も無くデモドリフトの手に墜ちる事になる。
しかしこの予想を覆したのがイクスブリード……その総合体形態であるドラゴンだ。
計算上ではデモドリフトを相手にしては食い下がれなくも無い。その程度のはずの相手。であるがしかしどういうわけか、イクスブリードの放った一撃は軍団と呼べる程に揃ったデモドリフトを打ち破り、我が機械惑星にもこうして甚大な被害を及ぼしたのだ。あの威力、あれはさすがにアブソーバーのキャパを超越していたからな。
「……しかし、しかしだ……イクスブリードには良くやってくれた、と感謝をするべきか?」
どうにかこうにか、こちらの操作で自己修復による復旧に向かいだした星の状況を眺めて、私は転がり込んできた幸運に笑みを禁じ得なくなっていた。
四幹部に分かれて、青い星に侵攻していたらしいその頃から目の上のたんこぶであった。が、理由はどうあれもういなくなった。そして、機械惑星はこの通り、私のコントロール下にある。つまりは労せずして私はデモドリフトの出生地を手にする事が出来たと言うことだ。
星一つが私の思うがまま。それも私ですら未だにすべてを解き明かせてはいない超文明の宝庫である大地がだ。
まずはすべてを掌握するとして、閃きを形にしてもいい。あるいは私に従順な機械生命体の帝国を築いてしまってもいい。そうして故郷に凱旋するのも悪くはない。それが闘争と支配という形になってしまってもまた一興。すべてが私の自由、胸先三寸で決まる。決めてしまっても良いのだ。
この状況、夢が広がるというものじゃあないかね。
そんなウキウキと弾む心をステップに表しつつ、私は早速星の制御に取りかかりに。とその瞬間、唐突な衝撃が襲いかかる。これに私の体はふわりと無重力に投げ出されてしまう。
「な、何事だッ!?」
ジタバタと命綱を頼りに空を泳ぎながら、何が襲って来たのかと状況の確認を。まさか、もう門武守機甲が突入をしてきたとでも言うのか?
しかしそんな私の心配は的外れに終わる。何故ならば揺れの正体は、この部屋を区切るクリスタルの壁だったからだ。宇宙服姿の私を映したそれを見上げれば、エネルギー光に照らされた機械部位がある。これは、まさかデモドリフトの……!
「随分と楽しげだったじゃあ無いか?」
この私の考えを肯定するかのように、ヘルメットのスピーカーから流れてきたのは「あの」声。かつて遺物を通じて私に取引を持ちかけてきたあの声だ。
ズシン……と命綱から伝わってきた部屋の揺らぎ。これにとにかく地に足をと急いだ私だが、逆に吸い上げられるかのように高くへ。そうして空を転がり昇る私を包んだのは金属の壁。前後左右、上下もすべてを取り囲むゴツゴツと硬い牢獄だ。
圧迫してくるそれらを押し戻そうと手足を突っ張るも、宇宙服に仕込んだアシスト込みでも全方位の壁はびくともしない。そんな抵抗を続けていると、程なくわずかに赤い光が射し込んでくる。荒々しいその輝きの注がれる方を見やれば、そこには赤く輝く壁に変わっていた。
「直に対面するのははじめてだな? ドクター・ウェイドよ」
「で、デモドリフト……様、ご御無事でッ!?」
ついつい上擦った声で返してしまったが、仕方ないだろう。アレでまさか……この機械惑星デモドリフトにまで届いたイクスブリード・ドラゴンの砲撃の直撃を受けて、健在であるだなどと誰が思うか!
「ほう? 我輩を心配していたような口ぶりの割には、随分とご機嫌だったようだがな?」
スピーカーに加えて接触点から直に伝わってくる音声の振動。これが生み出す縦横無尽の圧力に、私は脳細胞が掻き乱されるような不快感に胃の中身をぶちまけてしまう。
これは……まずい。汚れたキャノピー越しに向けられた赤い光の点滅はまさに警告灯だ。私の企みを見通していて、答え次第ではすぐにでもおしまいにしてやるぞと、そういう結末を予告する光だ。
だがここまできて、コイツに屈するか? まさかそんなわけがあるまい。これまでのいつでもがそうだ。私を取るに足らぬと、醜い魚男だと見下してきているヤツにこそつけ入る隙があり、そこを突いて私はのし上がって来たのだ。
だからここで私の返す言葉はこうだ。
「バレてしまっていては仕方がない。これで私の天下、いくつもの世界に跨がった幾重にも重なった天下だと思っておったというのに……」
「ほう? 存外あっさりと認めるモノだな。この状況で、我輩の気分次第での死に取り囲まれていて」
案の定だ。私を照らす赤い光は興味深そうにリズムを刻む。その帝王ぶった余裕が命取りなのだと、私はスイッチを入れる。
「ガッ!? グアッ?!」
瞬間、私を捕らえた檻が痙攣し、自ずから開き始める。
再び閉じない内に私は隙間をスルリと。そうして無重力の中でワイヤーガンを発射。苦しみ悶えるデモドリフトの体に取りつく。
「お、ごご……これ、は……ウイルスッ!?」
「ギョフフ……機械生命体用の特性ウイルスは良く効くだろう? というわけでおかわりを食らえ!」
「グオオッ!?!」
開いたハッチから差し込んだメモリから追加のウイルスを送り込んでやれば、全身のフレームを反らして悶える。
レイダークロウども。奴ら居候どもめらをいつか出し抜いてやろうと仕上げて仕込んできたこのウイルス。使いどころは近いと、惑星のレイダークロウスペアボディ生産施設を経由して潜伏させていた甲斐があったと言うもの。ここまで上手く行くとは、正直期待以上であったがね。
「さあーて、このボディの秘めたエネルギーが暴走されては危ない。そのまま停止してもらうとしようか。安心したまえよ、この星は私がせいぜい有効利用させてもらうからな。ギョフフフフフフ」
動きの鈍っていく暴君に、ダメ押しにもう一つウイルス入りのメモリをプレゼントしてやって、私はその機体から離脱。
やはり勝利の瞬間は気分がいい。吐瀉物にメットの視界が遮られていることと、追加を促すような臭いが充満している事を除けば最高だ!
「ああ、思えばあのドラゴン、超文明に産み出されて暴君と対立したブリードにも成し得なかった勝利を私が掴んだ事になる! デモドリフトに通じていた、故郷にとっては裏切り者だろう私がだ! これは痛快、なんとも皮肉で痛快な話だ!」
拳を突き上げた私を、巨体が倒れこんだ振動が襲う。が、これもまた勝利が故にと思えば愉快なものよ。
思いがけない邪魔に入られたが、改めてお楽しみに入っていこう。
そうして浮わついた気持ちでコンソールへと向かう……のだが、そんな私の足を不意に動いた床にさらわれる。
そして無重力に捕らわれた私の体に、金属の破片や機械の部品が貼り付き縛りつけてくる。
「んなぁッ!?」
「なかなか面白いものを見せてくれたな。それなりに楽しませてもらったぞ」
「バカな、デモドリフトッ!? どこからッ!?」
またもスピーカーに、絡みつくマシンからも振動になって伝わってくる暴君の声に、私はその出どころを探す。だが鉄巨人の姿は倒れたもの一つだけしかない。
「何故この星がデモドリフトと名乗っているのか……その理由を考えた事はあるか?」
その言葉に続いて壁に、モニターに現れたのはデモドリフトの顔、顔、顔!
惑星デモドリフトがデモドリフト……それは、まさか……ッ!?




