80:束ねた力に克つのなら
「レイダークロウ? ヤツが合体して、デモドリフトが……!?」
思いもよらずに現れた敵の大将。その威圧感と、ヤツが現れるまで存在していたはずの新しい帝王を自称していたメカオネエの事で、俺は頭の整理がつかずにいた。
だって、アイツは今デモドリフトの一部になっていて……と言うことは、俺たちはこれまでずっとデモドリフトそのものと戦っていたって事になる。
「ああ。そうだとも反逆者よ。おっと、今はもうかつての事は他人事になっていたのだったか?」
そんな俺が思わずこぼした呟きに、黒地に四つの色を備えた鋼の暴君は想像していたよりもずっとフレンドリーに応答してくれる。
「お前の推察した通り、スクリーマー、レイダークロウ、レッドプール、クラッシュゲイトの四名は我輩の一部だ。かつての戦いで体の多くを異界に喪失した我輩が活動を続けるため、心臓部を分割、別の器に移植して作り上げて分身たちだ」
だから惑星デモドリフトにあったあの脱け殻は放置されてたって事ッ!? 復活に必要な、合体機構持ちの分身体が用意出来たから、もう本当に脱け殻でしかなくなっててって――。
「もっともヤツらはそれを知らず、我輩の信頼篤い部下であると思いこんでいたようだがな。そもそもが我輩が教えずにいたのではあるが……しかしまさかその思い込み故に我輩に成り代わろうとまで企むとは……結果は変わらぬが、思いがけぬ事であったな。滑稽ですらあった」
こちらへのタネ明かしをしつつ、レイダークロウを行動させた野心を面白がってみせる。コイツにとっては多少の脇道程度でしかなかったってのか。大元はコイツ自身だったとして、自分から生まれた存在が、自分を越えようとしての行動を、バカげたトラブル程度だと?
その物言いが俺の心に煮えるものを沸き上がらせる。アイツらは敵だった。だがだからって、ムダな空回りだなんて笑われる筋合いは無いだろうが! それも身内からッ!!
だから俺はファルの操作に逆らう事なく、ヤツに向かって全力全開の蹴りをかましてやった。
マイクロスラスターの塊である俺の翼。それが燃え上がる加速からの突撃はキレイにヤツの頭を捉えた。この無防備ぶりはデモドリフトが完全にこちらのスピードに反応する事も出来なかった……からではない。
「……ふむ。確かにかつてより大幅に出力を上げたな。これでは我輩とて四つに分かれていては破壊されるのも無理もない……だがそれまでだ」
防ぐまでも無いのだと。悠々に受け止めて結果として突きつけられる力の差は、やはり険しい!
だがこれでいい。ヤツが余裕ぶって受け止めるところまでは予測の範囲だ!
「後退!! 近くの空戦隊は距離を開けろ!!」
ここの俺たちの狙いは、ほんのわずかな時間稼ぎだけ。ファルの指揮を受けるが早いか、デモドリフトから距離を取ろうと空戦隊が動き出すまでの間を稼げればよかっただけだ!
そうして味方が下がってくれたなら、俺たちも切り札のために動くことが出来る。
と思って、敵の大将に打ち込んだ蹴り足を羽ばたきを合わせて伸ばしたところ、全身を逆のベクトルが。ブレーキの正体は探すまでもなく目の前に、爪を掴んだデモドリフトの手だ。
「そう急ぐな。もう少しばかり試してみても意味があるかも知れんぞ?」
「せっかくのお誘いだけれども、お断りだ!」
俺たちの全開推力を片腕で引き留めるデモドリフトに、ファルは至近距離からのヘッドバルカンで返事を。ここへさらに後退した味方機が置き土産に残した誘導弾が。
これらの直撃が巻き起こす光の嵐に、暴君の巨体が飲み込まれる。だが――
「それは残念……だ!」
「うわああッ!?」
急激に襲いかかってきた横ベクトルのG。これに俺とファルは揃って声をあげさせられてしまう。
空戦隊の集中砲火があって、なお微塵も揺るがぬ握力に捕らわれた俺たちの機体が、無造作に振り回されてしまっている!
当然翼と足、そしてスラスターも振り回してもがく俺たち。だがその抵抗をまるで先読みしているかのようにデモドリフトは腕を振るう方向を切り返してくる。
四幹部のを束ねるばかりか、掛け合わせにしたかのようなパワー。それに付け加えてのテクニック。これは、ブリードの記憶の中にあるのよりも間違いなく強い!
「……いつまでも、遊んでいるなぁッ!!」
一か八か。オーバードライブさせたバリアを放出。掴む手を直に吹き飛ばすこの爆発には、鋼鉄暴君も短くうめいてその握力を緩める。
このわずかな隙にファルの操作で俺は敵の手からスルリと。これだけ振り回されていて正確に身体操作が出来るファルはやはりさすがだ。
そうしてせっかく得た好機を逃すまいと、俺たちは体勢を整える間も省いて急降下を。
だが落ちるように地上を目指す俺たちを追いかけて来た熱量に弾き飛ばされてしまう。
とっさにバリアを全開にしたおかげで背中が焼けた程度ですんだ。が、この威力に弾かれ空を流れた俺の首が何者かに引っかけられてファル共々にうめき声が。
「そう急くな。もっと打ち合っていっても良いではないか?」
「そんな……! スカイより、私たちよりも速い……ッ!?」
首を掴まれ吊るされた姿勢から、抵抗の蹴りを繰り出すファル。それをデモドリフトはそよ風を浴びるように受けながら鋼鉄の暴君は含み笑いをこぼす。
いや、単純な速さ勝負ならこんなにあっさりと掴まるほどに差は無いはず。問題はヤツとのスピード差よりもパワーの差、俺たちが方向転換なり回避なりをしている間に、ヤツは何もかもを無視して最短距離を突っ切って来ている。そういう差だ。
「そういうからくりで……って、それが分かっても!」
ファルが悲鳴じみた声を上げるとおり。わかったところで振り切り、仲間と合流できなければ勝ち目は無い。だが正直、イクスブリード・ドラゴンであっても必勝を保証できるかどうかは怪しい……いや! 弱気になるな!
たとえこちらの最大の力を上回られているとして、ヤツはかつてドラゴン無しでブリードたちに負けているんだ!
「パワーの、能力の差だけが!」
「勝敗の決定事項では無いッ!!」
「……ほう! これだけ力量の差を見ておきながら、まだ折れないか……やはりな。我輩に逆らうだけの事はある」
心と声を重ねた俺とファルの放つエネルギーが、再び俺たちを捕える暴君の指をこじ開けていく。
だがこの抵抗に、デモドリフトは愉快げに目を瞬かせて見せる。
そうしてヤツは俺たちを掴まえた左手はそのまま、右の大剣の柄を俺の頭に突きつける。
「ならばせめてもの手向けとして、我が敵としてここで確実に葬ってやろう」
向けられた柄頭に迸るスパーク。バリア越しにも当たればただではすまないだろうと予測出来るそのエネルギーに、俺たちの生きる意思も掛け合わせに高まる。だがこうして跳ね上がった力でもっても、振り払うよりも放たれる方が早い!
そう悟った刹那、デモドリフトは剣に帯びたエネルギーを唐突に刃の側へ。そして流れるままに放たれたエネルギーは空を駆け上がって来た破壊光線とぶつかり合う。
膨大な力と力の衝突。空間を歪める程に注がれたエネルギー同士の殴り合いは、当然俺たちにも殴り付けるような衝撃波として襲いかかる。
だがそれがいい。
この翼が根元からへし折れてしまいそうな暴風をあえて翼を全開に広げて受け止める。そうして流れに乗って離脱した俺たちは未だに破壊光線の放たれ続けている地上方向へ。
俺の機首が向いたその先には、エキドナと、その甲板からランドイクスを中心にフルパワーの砲撃を放つ仲間たちの姿が!
「やっぱり、来てくれていた!」
「あったり前よ! ほれ、さっさと来なッ!!」
軽い調子で急かすルーナに呼ばれるまま、俺たちは激突しに行く勢いで母艦へ。しかし当然エキドナが揺らぐ事はない。俺たちの直撃したそのポイントには、我々門武守機甲の単体最大戦力、イクスブリード・ドラゴンが完成していたのだから。




