79:復活
レイダークロウの宣戦布告と降伏勧告。
一方的に突きつけられたこの宣言からおよそ一日。ヤツらが攻撃を開始するという時間が迫りつつある。
上空を縫うようにゲートを渡って張り巡らされた機械の塊たち。明らかに敵の仕込みで、攻撃の起点になるだろうこれを警戒して、今も哨戒飛行機が眼を光らせている。
その敵の動き出しに真っ先に対応できるポジションに、俺に乗ったファルもいた。
「……まだ何の動きも無し、か」
「まだ時間には早いからね。本気で宣言した時間は守るつもりなのか……」
余裕のつもりだとしたら不愉快な話だ。
だけれどもこちらとしても先手必勝とはいかない。
いや、試しはしてみたんだ。もちろんね。向こうからの一方的な宣言やリミットに付き合う必要なんか無いって、ミサイルやら超大型砲やら、ドラゴンのランスカノンやら。それこそ世界各地からの大火力が、空の蓋を吹き飛ばしに撃ち上がった。
しかしそれは暖簾に腕押しな結果に終わってしまった。
星を塞ぐものを焼き払いに登ったものは、直撃する直前に開いたゲートに吸い込まれて消えてしまった。それに続いて上空の機械の塊をエネルギーが走る事に。その後も何度か繰り返したものの、結果は同じ。太陽を遮ったモノが光るだけ。
それがどうやらゲートを経由してこちらの攻撃を吸収しているらしいのだと予測できてしまってからは、こうして向こうからの予告破りに備えて哨戒し、戦力を整えるのに集中することに。その他には別の企みが無いかと偵察するくらいしかさせてもらえない状況になっていたというのもあるのだが。
そうして状況は膠着したまま、宣告されたリミットを迎えつつあると言うわけだ。
「時間です」
レイダークロウの予告した攻撃開始の時間。その訪れをアラームとアースラさんのオペレートが告げてくる。
それに続いて空に光の板が、レイダークロウからのホログラフ通信ウインドウが現れる。
「ハローちっぽけな有機生命体、およびレジスタンスの生き残りたちー」
大写しになったバイザーマスクのメタルフェイス。そこに向けてビーム砲やホーミングエネルギー弾が殺到する。が、当然実態は無いのですり抜けて、その奥のゲートを潜って敵のエネルギーに変換されてしまう。
「あーら野蛮なご挨拶だ事ぉ怖い怖い。まあせっかく上げた猶予の間にだーれも降参しなかったくらいに戦意が高いんだもの。そんなものかしらねぇ」
ことさらにしなを作った口ぶりで、こちらを挑発するメカオネエ。そして次の瞬間、通信ウインドウの向こうで輝く無機質なバイザーアイに剣呑な閃きが。
「じゃあ予告したとおりに、このレイダークロウ帝国からの攻撃を開始させてもらうわね」
もう後悔したところで遅い。
眼の光でそう語ったメカオネエはもたれ掛かったクリスタルの板に手をかける。持ち主の殺意に呼応するように輝いたそれはヴァンキッシュ。こっちで見つけて封じてたヤツらの主君の剣だ。
その妖しく冷たい輝きが脈打つと、俺たちの上空を塞ぐものにもエネルギーの輝きが走る。息継ぎするような僅かな間。続いて空のあちこちに空間の裂け目が。
そうして空を蜂の巣のようにした穴からはイクスブリードのコピーたちがぞろぞろと、それこそ巣をつつかれた蜂のように。
「またコピー商品で!!」
オリジナルである俺に殺到する空戦型イクスブリードコピーたち。俺はファルの羽ばたきに従って、それらを引き付けて空を走る。
エネルギーのバルカンや誘導弾。後方から追い立てるばかりか、行く手を塞ぐように前方を横切る破壊の光の雨。
しかしファルは翼や足を巧みに操り、この隙間を縫うように俺を進ませる。
そうしてすれ違うコピーにはこちらからも爪とバルカンのお返しを丁寧に。
そうして俺たちに注目を集めさせた上で、空にある空戦隊の僚機たちも偽イクスブリード・スカイを討ち取っていく。
地上からのオペレートを聞く限り、ユーレカ基地を取り囲むように現れたランドとシーのコピーも空と同じような流れで打ち倒されているようだ。まあ、向こうのは手応えからするに性能のアップデートも無し、こっちはオリジナルイクスビークルばかりでなく性能の底上げがされているのだから、無理もない。
だが問題はこれがユーレカだけを襲ってるものでは無いって事だ。
「ホウライ、大群のシーコピーの攻撃でオルトロス級が轟沈!」
「ロンテアの対空砲、守備隊の三十パーセントが消失!」
「クゥッ!! 手が広すぎるッ!!」
世界全土と真っ向からぶつかれる程の物量相手ではいくらなんでも分が悪い。開始直後の時点で、単独でまともに撃退ができているのがユーレカのみというのは恐ろしいぞ。
「あらあらあら。思ってたより粘るわね。ちょっとドクター、アンタの作品ってば期待してたほどじゃないわね」
「何をッ!? とにかく数を揃えるようにと生産性に偏らされればこうもなる! だが物量作戦としては充分な成果は出ておるだろう!?」
通信ウインドウの中で、ドクター・ウェイドらしいずんぐりむっくりな宇宙服が宙を泳いでレイダークロウの手元に。
こっちに姿をみせる堂々とした裏切りっぷりに、俺はもう脱帽。ファルや通信の繋がった皆は苛立ちを隠す事無く、各々に舌打ちなり罵倒なりを吐き出す。
「そうね。まあまあ働けてはいるものね。じゃあ次の段階に行きましょうかぁ!」
そんなこちら側の憤りは通じていないのだろう。レイダークロウはまったくにそしらぬ風な態度でデモドリフトの剣を輝かせる。
それに応じてまた開いたゲートからは細かな部品が飛び出してくる。
「デモドリフトパーツの封印設備からアラート! 内部が破損ッ!? そんな、何も近づいては……」
「ほーらほらおいでませー散らばったデモドリフト様の一部たちー。アナタの剣が読んでるわー」
歌うようなレイダークロウの言葉どおりなら、あの細かなパーツは全部こっちで集めてた、あるいはまだ埋まったままだった敵のオリジナルパーツって事になる。アレを放ったらかしにしていいはずが無い!
「ファル!」
「分かってる!」
俺の呼び掛けに被せ気味に返しつつ羽ばたくファル。これに倣った俺の翼が炎を上げる!
前方に放出したエネルギーを纏い、炎を尾と引いて青白く染まった俺たちは一気にレイダークロウの作り上げているものに突撃!
「あらま、早ぁッ!?」
感嘆の声が出た時には、すでに俺たちはエネルギーの爆発で飛び散った標的を背後にしていた。
だが次の瞬間、俺がとっさに機体をひねったところを背後からの鋭いエネルギーが。
掠めた。そう思った瞬間には渦巻く余波に俺はきりもみに吹き飛ばされていた。
その間に俺は内部のファルを全力で保護しながら羽と足を振り回してどうにかバランスを。
そうして振り向いた瞬間にまた後ろからの危険信号をキャッチ。急上昇に鋭利なエネルギーとそれに伴う渦から逃れる。
「やるやるー。全合体やってからまーたパワーを上げてるんじゃ無いのぉ? ズルいったら無いわー」
「レイダークロウッ! いつの間にッ!」
眼下に確認できた攻撃の主。かつての主君の剣を足場に浮かぶ飛行型メカオネエの姿に、ファルが眼を剥いて羽ばたきを。
敵の新たな首魁を名乗る者。その出現に燃え上がった戦意を乗せての急降下、からのキック!
必殺のこの一撃はしかし、ぐるりと翻ったヴァンキッシュの刃に遮られて、標的に届かない。ならばと加速して押し込もうとするファルに対して、俺は触れた足から感じた気配に従い間合いをあける。
「リード!? どうしてッ!?」
「あーらあら。ブリードの意識がやらせたのかしらー? 大した直感じゃないの」
反発を露にするファルに対して、それが正解だと余裕たっぷりに俺を讃えるレイダークロウ。そうしてデモドリフトの剣にメカオネエが手をかけた瞬間、ヤツの上下に三つの機械の塊が生じる。
「は? これは、なに?」
これまでの態度から一変。上下を見比べたレイダークロウからは間の抜けた声が。そうして呆けている間にヤツの機体が変形、上下のマシン三つと重なった。この接触が強烈な光と大気の流れを生じる。
「うっわぁッ!?」
強烈な暴風にあおられ空にひっくり返る俺たち。この爆風に逆らってどうにかバランスを取った俺たちの正面には、鋼の巨影が一つ。
角張り、分厚い二足双腕。見るからに重々しい機体を悠々と空に持ち上げる巨大な翼。
禍々しく、威風を漂わせるこのシルエットに俺は覚えがある。
「……ようやくの復活だ……まったく待たせおる」
低く太い声を響かせた鉄巨人は、傍らに浮かぶ暴君の剣を我が物顔で手に取る。
そうだ。コイツが……コイツこそが、異界への侵略に邁進した鋼鉄の暴君、デモドリフトだ!




