78:改めての宣戦布告
やられた。
いや、ドラゴンへの合体からは俺たち門武守機甲の勝ちであっさりと決着がついた。ユーレカの町の被害自体も、派手に煙を上げていた割には復旧不可能なダメージは無く、人的被害も避難対応の良さもあってか負傷者まで。仮のじゃなく、市民と密接した拠点が奇襲を受けたにしてはずいぶんとマシな被害と言えるくらいだ。
「そこをおまけ程度、目眩ましくらいにしか考えて無ければ、万々歳だったんだけれどもね」
俺が解体撤去した廃材。それをクリスは資材をおいて空いた愛機に載せながら、通信ウインドウの中で顔を伏せてつぶやく。その通り、敵側が基地へのダメージを二の次にしていたのだから、そこを押さえられたのは手心ありきなのだ。
そうして本命をまんまと達成されてしまっているのだから、とても胸を張って勝ったと言えない。
「まぁそう言うなって。皆が生きてりゃ何とかなる!」
「司令……お仕事してなくて良いんですか?」
「んん? いやーやっているだろう、珍しく? いや自分で言うことではないか! まあ必要な話は通信でもできる。今はこのデカイ体を役立てるのも悪くない!」
こうやって気楽に笑って、大荷物を軽々と担いでいるので、俺たちの大将の具合はご覧の通り。持ってかれたのはそっちじゃない。
「しかし、ヴァンキッシュの強奪。それだけを狙ってまんまとやられるとはなぁ……」
ユーレカ基地で封印・管理していたデモドリフトの剣ヴァンキッシュ。雷雲の晴れたユーレカ市の被害確認をしていたところ、この一品だけが空にされてしまっていたのだ。
散発的なテロ行為。デモドリフトがどう動くかわからないと考えてはいながら、決めつけ油断していたところがあったのは認めるしかない。
しかしあんな、都市全部を覆うような攻撃を仕掛けて、厄介な足止め役も派遣しておいて、やることが強奪だけとは。
いや、それだけヤツらにとっても重要で、危険極まる品であることはブリードの記憶からも分かってはいた。
「アレさえ奪えば後はどうとでもなる。そんな雰囲気でさえあるよな」
他にも封印していたモノには手をつけず、剣だけを持ち去ったデモドリフトの手先。この一点集中ぶりと潔さが、ひどく不気味に思えて仕方がない。
「ソイツはまあ心配になるだろうが、案外ドラゴンの登場が想定以上だっただけかも知れんぞ? つまり、ヤツらにとっても我々が厄介極まるのは変わりないと言うことになるな」
「……司令にそう言われると、そうなんだろうなと思えてきますよ」
「そうだろうそうだろう? まあ楽観ばかりでもダメだが、悲観の材料だけで固めても良くないということだよ」
確かにレグルス司令の言う通りだ。モノの見方は極端ではいけない。そう思い出せた理屈だけでなく、心から信じさせてくれるあたり、ライエ副長官でなく、この人が司令官をやってる理由が良く分かる。
「おとーさーんッ! とぉーッ!!」
「おお? アルテルか。どうしたどうしたー? このお転婆娘めぇ」
「んなぁー! なんでへっちゃらなのさー!」
後ろからの娘の飛び込みタックル。これを長官は荷物片手に受け止めて、そのまま抱っこに。丸太のように太く、しかししなやかなその腕にこねくり回されて、獅子娘がケラケラと笑い声を上げている。
こういう親子の姿が無事に見られていると、ヤバイものを奪われてしまってる事はともかく、と思えてくるな。
「もぉアルテルってば」
「お? リュカくんも遠慮はいらんぞー? おっちゃんに飛び込んでおいで!」
「じゃあ……そりゃあ!」
「おおーこいつはいいタックルだ! これは逞しく育ちそうだぞ!」
「そう? リュカったら毎回帰ってきたライエおばさんに抱きついてるけど?」
「ちょっとアルテル!? い、良いじゃないか! 母さんのこと心配してたってッ!?」
「おーやおや。我が娘ながらまーた手厳しいな」
肩車にアルテル、リュカが腕にという形でじゃれあう子どもたちを乗せながら、レグルス司令はのんびりと。
そこへ俺は片膝をついて目線を落とす。
「俺はそういうリュカくんの優しさは良いと思うよ」
「ええー。リード兄ちゃんまで甘やかすー。リュカのは甘えん坊なだけなんだから」
「そうかい? だとしても俺としてはエキドナで出撃した後の副司令親子の出迎えには誇らしい気持ちにさせてもらってるからありがたいよ」
先のでもそうだ。留守中に攻撃されたユーレカの都市に帰ってきた時にはお母さんのライエ副長官の側も普段よりもずっと安心した顔で息子と抱き合っていて。
そんな親子の繋がりを今度も守れたんだと、リュカのところにお母さんを無事に送り届けられたんだって、そんな成果を感じられていたんだ。もっとも、その手応えを具体的に感じられるようになったのはここ最近の話なんだけれども。
この俺の内心が見えているのか、俺を見上げるレグルス長官の顔はどこか嬉しげに緩んでいる。
こんなことで「成長したじゃあないか」みたいな態度を取られるのもなんだか気恥ずかしいな。ちょくちょく何でもないような事で喜ばれてるような気もするけれど。本当にユーレカの仲間たちはいい人ばかりなんだよな。
俺の事はともかく、リュカは俺のフォローを受けてホッとしたようで、レグルス長官に抱えられたまま笑みで見上げてくる。そこでふと長官の端末に通信が。その通知音を聞いてリュカがポケットから取り出し、アルテルにパス。肩車の娘が通話ポジションに持っていったところで、俺にも通信が。
「ゲート発生の反応を検知! 場所は……いや、この数……この大きさって!?」
「どういう事です?! どうしたんですかアースラさんッ!?」
半ばからこんがらがったオペレートに問い返す俺。それを言い切るが早いか、空に裂け目が。それも大物ただ一つではない。ユーレカ基地の敷地がすっぽり入るかもしれない程の巨大な裂け目が、遠くの山の上や海の上、空のそこかしこに一斉に開いたんだ。
「なにッ!? 何があったのッ!?」
いや、何かが起こるのはこれからだ。
これまでに無い大規模なゲート発生に動転した子どもたち。二人を担いだレグルス司令を庇うように、俺は空に銃を向けて身構える。すると空に開いた裂け目から巨大な機械が飛び出す。
落ちてくる。
凄まじい勢いで迫る機械の塊に、俺は左右を揃えてマグナムショットのモードに。
しかし威力充分の距離にまで引き付けようと構えていた俺を他所に、落ちてきた機械は空へとUターン。別の裂け目へと突っ込む。
他を見ればどこも同じよう、ゲートとゲートを橋渡しするように機械の塊が渡っている。これはまるで、空を鉄の縫い糸で縫われてしまっているように。
そうして陽射しを大きく遮られてしまった空へ警戒の眼を向けていれば、不意に光の板が空のそこかしこに。
「ちっぽけな有機生命体のみなさーん。ご無沙汰ー」
「レイダークロウッ!? 生きていたのかッ!?」
しなを作った低音が降ってくるのに合わせて光の板に映し出されたのは、討ち取っていたはずのデモドリフト四幹部の一、メカオネエのレイダークロウだった。
逃げ延びた可能性はゼロではない。ドクター・ウェイドと共にそう見立てられてはいた。いたがしかし、実際に見せつけられるとなるとショックだ。
当然、俺が動転に眼をチカチカとさせている様など向こうには見えているはずもない。通信ウインドウに映るレイダークロウは悠々と背後のクリスタルにもたれ掛かる。
「今日は改めて、あなたたちに宣戦布告をさせてもらうわ。これまでさんざんに噛みついてきたあなたたちを敵と認めてあげるんだから、感謝なさいな」
「今さら何をほざく……!」
一方的な言い分に誰ともなく溢れた憤りの声が俺の耳に届く。ああ、そうだ。手前勝手に侵略をしてきておいて、何を言う気だ。
「我々デモドリフト改め、レイダークロウ帝国は、これからそちらの時間で、二十四時間後に本腰を入れて侵攻をさせていただくわ。あ、降伏ならいつでも受け付けてるから」




