77:答えはただただシンプル
「なんだ……あれは」
俺が今いるのはエキドナの格納庫。イクスブリード・ランドのケンタウロス形態を解かずに座した俺は、クリスと共に艦橋から伝わってきた声を聞いていた。
足留め役のしぶといのを倒し、急ぎ撤収した俺達は、ユーレカから上がる黒煙を確認してさらに限界まで母艦を加速させていた。
そうして程なく。より鮮明な情報が望遠のレンズに飛び込んできた事で、観測したブリッジからかすれ声が洩れる事に。
いや、それはブリッジに限らない。俺の内部にいるクリスも、共有されている望遠の映像に絶句してしまっている。
侵略に抗う戦士である皆から力を奪う映像というのは、あちこちから火の手の上がる都市……だけでは無い。町を燃やす炎の生み出す煙。それを固めて作った都市に被さる黒雲だ。
黒々とユーレカの上だけで渦を巻くそれはの内には洩れ出る程の稲光が迸り続け、稲妻を雨のように都市へと降らせる。そうして上がった炎がさらに黒雲を大きく育てていっているんだ。
その異常な雷雲の中には、稲光の他にも奔るモノが見える。あれはイクスビークルだ!
「ブリッジ! カタパルトを!」
「イクスブリード・ランドは発射直前でスタンバイ! 本艦の一斉砲撃に加わった後に射出を!」
今すぐ飛び出そうというクリスの出撃要請な被さるようにライエ副長官からの指示が。
たしかに、秒単位でも補給と休息をとポッドで飛ぶのを止められていたのだから、連携して突っ込まないとだよな。
「……了解!」
息子が留守をするユーレカの惨状を目にしても冷静な判断に努める副長官に、クリスもまた焦れる思いを踏み潰して承知の返事を。
「ユーレカの設備、味方には当てるなよ!? 三、二、一……テェーッ!」
そして配置に着くなりといったタイミングで、一斉射の合図が。それに合わせて俺達も両腕のランスカノンを黒雲へ。
光信号と通信も併用した一方的な連携指示の直後に放たれた砲撃は、観測できた限りでは友軍機への誤射は無く黒雲だけを穿った。
それを認めるや否や、俺の機体を加速が襲う。打ち合わせ通りにカタパルトで打ち出された俺の中で、クリスはもう穴を埋めつつある黒雲へ、一呼吸のチャージを置いたランスカノンを浴びせかける。
短い溜めながら充分な威力を持つ二条の光。しかしそれは黒雲の表面に溢れた稲光とぶつかり弾けて散らされてしまった。
「まさかッ!?」
先の奇襲で覚えた。そう言わんばかりの結果に驚きながら、クリスは着地の衝撃吸収も程々に前へ踏み込む。
その直後に着地点を雷撃が穿つ。それを囮に踏み込んだ先へ撃ち込まれたモノを結晶質の槍で弾いて前進!
近づけさせまいと言うのか、絶え間無く放たれる雷撃。これをジグザクのステップと槍で防ぎつつ、こちらからも隙間を縫う形で砲撃を返す。
エキドナとその直掩機からの援護も添えたランスカノンだが、その結果は先のと変わらず。黒雲表面に奔る稲妻に弾かれてしまう。それどころかホーミングレーザーらには雷と相殺されて空中で散らされてしまうものすらも。
「なんという守りだ!」
サテライト要塞と同格か、凌ぐような守りの堅さに、俺とクリスは揃って舌を巻く。だが怯んでなどいられない。クリスの躊躇い無い踏み込みに尻を叩かれたように、俺は雷雲に覆われたユーレカへ加速する。
そんな俺達の横を通りすぎるモノが。
赤と青のそれらを見間違えるはずが無い。
「ファル!? ルーナッ!?」
「グ、ウ……ゴメン、二人とも……」
「留守を任されてたってのに、ざまあ無いさね」
こっちの呼び掛けに答えられるのはいい。だが二人のイクスビークルの上には、それぞれ地面へと押さえ付けるナニモノかが食いついている。
クリスの脚さばきで百八十度ターンした俺は、二人をその愛機もろともに押し潰そうとするモノへ狙撃を。が、その次の瞬間には脚を取られてしまった。
「な、あッ!?」
ついさっきなにも無しに駆け抜けた場所だぞ?
なんて疑問が頭をよぎるが、大事なのはクリスだ。コックピット無いの防護システムを全開に、安定を奪われて暴走する推進力から彼女を守る。
上から下から、右に左。そこかしこを殴り付けてくる衝撃を、俺はただ機体を丸めてやり過ごす。
「クリス! 脚はッ!?」
「だ、大事無い! 駆け足特化の一族なら危うかったかもだがッ!!」
ケンタウロス族にとって心臓の片割れとも言える脚。その無事を知らせてくれる返事に安堵したのも束の間、クリスの操作で立ち上がりかけた俺に衝撃が打ち付けてくる。
このダメ押しに堪らず揃って声を上げながらも、俺たちは四つの脚を折らずに耐える。そんな俺たちへ容赦なく攻撃が降り注ぐ。
黒雲からの雷撃。それはもちろんのこと、それらよりもより近くから発生するビーム砲撃。空中に浮いた砲台からも俺たちを叩き伏せようと攻撃が放たれていたのだ。
「……これは、さっきのッ!!」
そうだ。俺たちはこの敵を知っている。つい先ほど俺たちの足止めをしてくれたのとまったく同じやり口だ。こうなるとさっき脚を払ってきたヤツの正体も自ずと割れてくるってものだ!
だから俺とクリスは全身を防御するエネルギーを全開。逆サイドから攻めようと現れた砲台を弾き飛ばす。そこからすかさずにクリスタルの槍からの砲撃でもって、俺たちを襲う雷撃らを打ち払う。
「二人とも無事!?」
「な、なんとか……助かったよ……」
「すまないね。手間をかけた」
そうして作った隙に、俺たちは二人が立て直す間の盾として仁王立ちに。
それを受けて浮かび上がる赤と青の機体に、クリスは何のと返して黒雲への応射を。
しかし相手があの粉の様にバラけられるヤツに加えて、都市を覆う雷雲もとは……チーム・イクスブリードは揃ったとはいえ、楽な状況じゃあ無いぞ。とにかく、町に残っている人達をすぐにでも助けなくては。
「チーム・イクスブリード、聞こえるか?」
「ライエ副長官ッ!?」
「これより本艦はユーレカに突入。逃げ遅れの人々の救出を行う」
勝ち筋を探っている間に、母艦は行動を宣言して動き出している。
巨大な飛行空母はホーミングレーザーを連射しながら、その弾幕を上回る量の雷撃に打たれて火花を。しかし装甲が焼かれているにも構わず、その速度は緩まない。
「副長官、無茶です! 突入するなら我々が援護を……!」
「援護は不要! それよりもそちらは敵の撃破を優先してくれ!」
クリスからの申し出を振り払い、エキドナは黒雲を目掛けて突き進む。その姿はまるで俺たちチームならばなんとかするというのを毛の先程にも疑っていないようで。
だが任された俺たちは、母艦突撃に雷撃の比重が傾いてなお、四方からの攻撃に苛まれて立ち直れていない有り様だ。
こんなざまでいいはずが無い。
仲間の信頼に応えられないで、良いわけがあるか!
仲間を失う悲しみなんかまっぴらなんだ!
そんな思いの丈を支えに立ち上がる俺たちの中に響くモノが。
熱く、激しい響き。叫ぶようなこれは俺たちを奮い起たせる思いと重なって、さらに大きく、強く!
ああ、そうだ。これはクリスの、ファルの、ルーナの思いだ。俺たちは今同じ悔しさで心を燃やしているんだ。
「……これは!?」
「私たちのコックピットが、連なってる?」
「ならドラゴンになれた……ってコトかッ!?」
そう気づいた瞬間、俺の機体はあの時の、赤い翼と爪を下半身に、青い鎧を上半身に加えた、すべてを束ねた姿に。
ああ、そうか。分かってみればそんなシンプルな事だったんだ。俺たち四人が心を重ねて立ち向かう。それが龍を呼ぶために必要な事だったんだ。
「さあ、お返しといこうじゃあないか!」
「散々好きにしてくれたからね!」
「これ以上はやらせん!!」
俺の中の三人が燃やす闘志のままに、俺は両の砲撃を揃えて一発。これが黒雲を軽々と吹き飛ばし、ユーレカを覆っていた嵐を払ったのであった。




